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わたしの愉快な旦那さん 作者:yuma

本編

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ドライトマトは新展開への序章ですか?

ブクマ、評価等ありがとうございます
今後もよろしくお願いします
 授業の合間にトークアプリで菱川さんにこっそりとメッセージを送った。

『ドライトマトを作ってみたのですが、少し味見をしていただけませんか』

 するとすぐに既読がついて、

『へえ、そんなの作ったんだね。食べてみたいな。今週は大体店にいるから帰りにでも寄ってくれると嬉しい』

 シンプルな文面が返ってくる。
 心臓に悪いほどの迅速さだったよ……。
 おっかなびっくりしながらも、はい、こちらこそお願いします、と送信してからスマホを閉じた。


 ミッションコンプリート。私はやり遂げた。





 その後も私はトマト消費に勤しみ、生トマトとドライトマトをおすそ分けしまくった。
 主に研究室にいりびたって、その場にいる人にことあるごとに手持ちの生トマトとドライトマトをおすすめしていたら、三日目には私こと、三木梢みきこずえはトマト大使になっていた。なんでやねん。

 院生の人には「ああ、あのドライトマトの子ね」と認識されるように。なんでやねん。

 ちなみに「大使」の名付け親は神坂さんだった。彼女には私がトマトの国からやってきた宣伝大使に見えているらしい。そうですね、これでも研究室とトマト国の友好関係が続くことを願っているので、トマト国の外務省で働いていることにしても構わない気がしてきましたよ。ただの学生からの華麗なる転身。トマトのおいしさをもっと日本国民に広げよう。

 だがその直後、トマト大使三木梢は思いもよらない事態に直面した。
 なんと、ドライフルーツがにわかに流行り始めたのである。
 ドライトマトだけではなく、ドライバナナ、ドライアップル、ドライプルーンやドライベリー。
 研究室のお土産スペースに「ドライもの」が集まった。

 これを見て、確信した。
 とうとう私はトレンドを創り出した。これからはファッションリーダーのごとく、ドライトマトをさらなる高みへと押し上げるべく精進していくと。そう、私はトマト大使梢だ!


 まさに意気揚々と流行の海に船出しようとしている私を乗せたトマト船は順風満帆に見えた。
 しかしながら、驕れる者久しからず。本格的にボンボヤージュしようとしていた矢先に心が折れた。

 それは、スイーツ男子の襲来である。

 我が研究室は極端に男子が少ない。学部全体を見ても男子は少ないのだけれども、うちの研究室になると、一学年十人以上いたとしても男子が一人しかいないという感じだ。極端な女系社会なのだ。だがその中でも悠々自適に過ごす我が同級生田沼(男)は、同学年どころか研究室の誰よりも女子力が高かった。

「今度両親がマンションに来るので、そのためにケーキを試作してきたんですよ」

 何のケーキを持ってきたと思ったら、それは中にチョコクリームを挟んだザッハトルテもどき。
 ザッハトルテのその特徴は、鏡面と思えるほどなめらかなチョコレートのコーティング。
 その場にいた先輩たちが「おお」と感嘆の声をあげている! カットされていく端から皆手を伸ばして、ケーキはあっという間になくなった。

 一切れ口にしながら、私は負けたと思った。私のドライトマト、大したことないじゃん……。
 私はつつしんで「トマト大使」の称号を返上することにした。努力の甲斐もあって、送られてきたトマトはだいぶ量が減っていたしね。く、悔しくなんかないからね。

 研究室のお土産スペースは、すぐに元に戻ることになった。
 天下は三日ももたなかった。






 そんなことがあったので、今日の私の足取りは重かった。
 もちろん、自分の作ったドライトマトに自信を失ったからである。女子としてのプライドもすでに木っ端微塵、跡形もない。

 ごめんなさい、菱川さん。変なもの食べさせちゃうかも。

 今日は菱川さんと約束した日だった。菱川さんと会えること自体は嬉しい。でも……なんだか落ち込んでしまう。手提げに入れてあるタッパーの中身はドライトマトだけど、それが気になって仕方がない。

 店の前に行くと、能面の横で菱川さんが微笑みながら私を待っていてくれた。昼下がりは過ぎても、まだまだ暑いのに爽やかな顔だなぁ。あ、能面との組み合わせがシュール……。

「こんにちは」
「こ、こんにちは」

 店内に山田の姿はなく、代わりに気の弱そうな若い店員が棚にはたきをかけていた。
 平日だからか、休日と違ってほとんど客がいない。

「じゃ、上に行こうか」

 手を繋いで上の階に上る。菱川さんの手は私のものをすっぽり覆ってしまうほど大きくて、何度手を繋がれてもどきどきしてしまうのだけれど、これから試食してもらうこともあるから違う意味でもどきどきしている。

 休憩室に入ると、菱川さんがどうぞ、と冷たい麦茶を差し出してくれた。いただきます。
 ガラスのコップの中には氷が浮いていて、カラカラと音を立てているのがとても夏らしく感じる。

 なるようになってしまえ。私は思い切ってタッパーを取り出した。

「これ……以前、お知らせしたものです」

 菱川さんの顔を見られずに、蓋を開けたタッパーだけをそっと差し出した。
 菱川さんの、ほんの少し筋張ったような手が伸びるのだけをじっと見つめる。

「ちょ、ちょっと、失敗してしまったかもしれませんが……。初めて作ったもので、慣れていなくて……」

 言い訳じみた弁解を口にしていると。

「大丈夫、美味しいよ。上手くできてると思う」

 私は勢いよく顔を上げた。聖母マリア様が微笑んでいらっしゃる。

「ほ、本当ですか!」
「うん。こういうの食べるの初めてだけど、失敗したなんてことはないよ。お酒のつまみにいいんじゃないかな」

 菱川さんは一つ、もう一つとドライトマトを口にしていく。嘘じゃない、本当に褒めてくれているんだ!
 私の気分はぐんと上昇した。ついでに女子のプライドもちょっぴり回復した。

「これ、全部もらってもいい?」
「はい、ぜひ!」

 私、笑顔の大盤振る舞い。
 ありがとうございます、菱川さん。あなたのおかげで私は気持ちよく一日を終えられそうです。

 ドライトマトをもらったお礼にと、菱川さんは冷蔵庫からシュークリームを出してくれた。シュークリーム……好きなんだよね。

 こちらもにこにこしながら食べていた。

「梢さんは料理できる人?」
「えーと、人並みにそこそこ、というところです。一応、一人暮らしをしていますから」
「そうなんだ。僕も少しはできるけれど。……結婚したら、どちらが料理しようか」

 ふおっ。
 ぐしゃっと手に持っていたシュークリームが潰れた。ちょうどカスタードクリームが詰まっている部分を食べていたものだから思いっきり手についてしまう。もったいない。

「ひ、菱川さん……」
「ごめんね、つい。梢さんが作ったものを食べられたから浮かれているみたいだ」

 そこにさらなる追い打ちが。
 神坂さんと言い、菱川さんと言い、私は人にからかわれっぱなしな気がしてきた。
 菱川さんがすばやく出してくれたウエットティッシュで拭いた。その前に、クリームが惜しくてちょっとだけ舐めてしまったけれど、これは不可抗力だと思いたい。

「今までも見ていたけれど、梢さんは食べるのが好きなんだね」

 そんなことを言われたのは初めてだったので軽く驚いてしまった。そうだったのかな? 思いかえしてみると、美味しく食べられるようになったのは最近の話だ。正確に言うと、自分でご飯を作るようになってから? あれ、少し違うかも。あのバイトを始める前の自炊はそこまで感じることもなかったし、指摘されることもなかったから……それ以外の変化というと。

 菱川さんを見る。私の愉快な旦那さん。

 ……私はこの人にどれだけ救われているのか。自分の中でもこの人がどんどん特別になっていく。
 好きです、とまだおおっぴらに言えるわけではないけれど、それは時間の問題である気もして、どうしても意識してしまう。前より重症化だ。

「あ、えーと。そうですね、そうだと思います」
「和食、中華、洋食だとどれが好き?」
「洋食、でしょうか」
「じゃ、今一番食べたいものは?」

 今一番食べたいもの。それはトマト以外だ。そして具体的な料理名だと。

「……ハンバーガーですね」

 アメリカンなジャンクフード、比較的安価で買える庶民の味方。
 熱々パテから流れる肉汁がたまらない。チーズがあるとなおいいよね。
 ああ、考えただけでよだれが……いかんいかん。

 この日本にはいくつかの大型ハンバーガーチェーンが存在するけれども、我が家は断然アメリカ出身の世界最大ファーストフードチェーン派だった。実家から一番近かったし、わりと量もあったからね。しかし、今のところ家や大学の近くには食べられるところがなかったから、最近はとんとご無沙汰だ。せっかくクーポンもらえるアプリ入れたのに。

「いいね。僕も好きだよ、ハンバーガー。たまにCMでやってた期間限定バーガーを食べに行くよ」
「あ、私も食べに行きます。期間限定って言われるとなんだか今のうちに食べておかないと、って気になってしまって」

 スーパーだとポイント五倍デーに惹かれます。カード会員様限定商品で値引きもあるよ。

「……だったら、食べに行く?」

 タッパーはいつの間にかからになっていた。
 菱川さんは例の瞳で私を見ている。私が特別なのだと思わせてくれるような、きれいな目だ。


 菱川さんが改まったように切り出した。


「美味しいハンバーガーショップを知っているんだ。行ってみる? もちろん、二人で」


 そ……それは、デートのお誘いでしょうか?

 私は頬を染めたまま、こくりと頷いた。





 
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