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わたしの愉快な旦那さん 作者:yuma

本編

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クール便の中身に困ることってありませんか?

 今、とても困っている。

 確かに昨日、おじさんにお米を送ってもらうよう頼んだ。おじさんはとても張り切っていたようで、今日の午後にはお米が届いた。それはいい。私が頼んだことだからね。お米代が浮いたからね。

 さっそく研いで炊飯器にセットした。夕飯は久々の炊き立てご飯だ。これはうれしい。日本人のソウルフードを私はこよなく愛している。ビンの海苔のりをかけて食べると美味しいよね。

 そして、ご飯と切っても切り離せないのがお味噌汁。私はあらかじめスーパー「ひらなみ」で赤味噌を購入しておいた。八丁みそは慣れ親しんだ地元の味。具はシンプルに油揚げとわかめを入れておく。余ったら明日の朝ごはんに回しておこう。ちょびっと味見してみて、料亭の大将みたく、うむと偉そうに頷いた。

 おかずは賞味期限が切れそうなウインナーを茹でて、ついでにゆで卵も茹でた。半熟卵をいかにうまく作れるのか考えてしまうけれど、あんまりよくできないんだよねえ。付け合わせには、昨夜のトマト鍋で使いきれなかった野菜のいためもの。きゅうりも切ってつけておいた。

 私の夕食は大体こんな感じだ。……朝食っぽいけど。

 問題は、と私はクール便で運ばれてきた大きな段ボールの半分、つまりお米が入っていなかった方の半分にようやく目を向けた。なんと厄介なと私の顔には書いてあることだろう。

 トマトが入っていた。ご丁寧にタッパーに入れたものが十個も。しかもトマトはトマトでもフルーツトマト。どうタッパーを眺めても、ぎっちりであるとしか表現できないなんて! 昨日はトマト鍋だったのに、またトマト。

 ああ、でもそうだ。おじさんって家庭菜園レベルだけど、トマトも作ってたんだっけ。去年の今頃もトマトを送りつけられてきたような気がする。しまった、うっかり忘れてた。去年は朝、昼、晩、おやつにとトマト週間と題して、ちまちま食べて消費したんだっけ。あれも大変だった。

 ……いや、トマト自体が嫌いと言うわけじゃないんだけれども。生鮮食品であるだけに扱いが困る。食べきれるかしら、私。一つ摘まみながら考える。トマトそのものは大変瑞々しくて美味です、はい。

 フルーツトマト、フルーツトマト……。
 去年と違って、今年の私は考えた。そうだ、届いた量の半分を水分抜いて、ドライトマトにすればいいんだ。フルーツなどもうまく水分を抜けば、甘味が凝縮されて美味しいドライフルーツになるし、そもそもトマトだって、某百均チェーンの商品になっているじゃないか。私ならできる。

 とはいえ、ドライフルーツのように乾燥させることは初めてだから勝手がわからない……。うーん。
 スマホで検索をかけて、見よう見真似で作ってみることにした。






「ということで、完成品がこちらです」

 昼休みの研究室で、家から持ってきたタッパーを開けた。
 以前よりもっとぎっちり入ったドライトマト。水分が飛んだから嵩も減りました。

 見てください、こちらのタッパーに入った元のトマトとだいぶ違いません?

 話を聞いていた神坂さんは感心しながらも笑ってる。

「まるでお料理番組の前振りみたい。それとも衝撃的なビフォーアフター?」

 いえ、ただのおすそ分けです。ぜひとも消費にご協力を。

「こんなに早く乾燥させられるんだ」
「今回は天日干しじゃなくてオーブンで作ったんです」

 調べたら天日干しだと三日ぐらいかかりそうだったので却下させてもらった。天気予報も見ればちょうど今日から二日間雨。今も外では小雨が降っている。とてもじゃないけど、天日干しは無理でした。
 ふうん、と神坂さんは私が差し出したタッパーを興味深そうに眺めていた。動いたときに眼鏡がきらっと光っていると、まるで研究中の学者みたいに見えた。きっちりひっつめた髪といい、才女っぽい。

「いただきます。……うーん」

 オーブンに入れる前に半分に切っておいたドライトマトを口にした神坂さんはトマトを噛みしめるたびになんともいいがたい顔になった。

「これ……食べられなくないし、美味しいとは思うけど。大量に食べると飽きてこない?」
「おっしゃる通りです」

 もちろん自分の舌で実証済みです。素人が付け焼刃の知識でやろうとしたらこうなりました。それだけじゃなくて、トマトの品種の問題もあるかもしれないけれど。
 神坂さんは別のタッパー……比較用にと持ってきた乾燥させていない、そのままのフルーツトマトを摘まんで、こっちの方が美味しいかも、と忌憚なきご意見を述べてくださった。私もそう思います。

「でも家で消費しきれるとは思えなくて。神坂さんにも協力していただければと……」
「私は構わないよ。……あ、そんなに困っているなら、他の子たちにも食べてもらったら? 他に当ては?」
「……ないですね」

 私はそっと視線を逸らす。そう、今の私には神坂さん一択なんですよ。寂しいやつとか言わないで。
 同じ学年の子たちとはすでに距離ができてしまっているから、今更関わりづらい。ここにいればさりげなく差し出すこともできるだろうけれど、折悪くここには私を含め二人しかいない。気軽に差し出すって案外難しいんだなあ、と普段差し入れする機会がない私はしみじみと実感した。

 神坂さんは気にしたふうもなく、院生の方には? と言われた。なるほど、それは考えてなかった。たいてい廊下向かい側の院生室には院生さんがいるんだった。入ったことなかったから、その選択肢はなかったな。

「そうですね」

 自家製だから少しばかり不恰好で素朴な味がしていても許してもらえると思う。思いたい。
 神坂さんにお礼を言って、立ち上がった。

「ではさっそく行ってきます」

 二つのタッパーを持ち、いざ出陣。

 扉を開けたところで、神坂さんが思いだしたように声をかけてきた。

「あ。そうだ。せっかく作ったんだから、女子力アピールついでに渡してみた?」

 その言葉の意味って? 振り返ると、神坂さんが含みのある笑顔をしていた。
 え、えーと。

「……だ、誰に女子力アピールしなければならないんですか」

 別に「あの人」とは限らないじゃないか。よくわからないけど、どこかの誰かかもしれないし。
 ……そういう逃げ道を考えている時点ですでに十分意図がわかっているってことじゃないか。

「それは梢ちゃんが一番わかっているんじゃないの。現役の恋する乙女さんだからね」
「……人を食ったような答えですね」

 からかわれば、声音だって少し低くなるというものだ。
 神坂さんは、ごめんね、と軽く謝った。

「やっぱり人の恋バナって気になってついつい詮索しちゃうというか。恋愛に縁のない先輩がちょっと野次馬になっているということで、大目に見てよ。梢ちゃんの反応もいちいち面白いし、つい」

 ほら、今も顔が真っ赤。
 告げられた言葉に慌てて自分の頬を押さえた私は案の定の熱の伝わりに、ああっ、といたたまれなくなった。

「……っ、神坂さん!」

 一瞬で顔が赤くなるとか、どれだけ敏感に気持ちを察する肌なのか。自分の顔なのに恨めしく思えそうだ。


 大丈夫だって、と神坂さんはひらひらと手を振る。

「ちょっと暑さにのぼせてるんですー、って誤魔化せるよ! ノープロブレム!」
「えー……」

 誤魔化せるのかな。

「それで渡す予定はあるの」
「ない、ですけど」
「えー、もったいない。せっかく頑張って作ったんならいろんな人に成果見せてもいいじゃないのーって私は思うよ。多少失敗したって、努力したことが大事なんだからさ。そのドライトマトだって、初めて作った出来栄えもそうだけど、それよりも「作ろう」としたことが大事じゃない。私なら、どれだけトマトがあったって、ドライトマトにするまでの手順を面倒がって、ひたすら生で食べることを選択しただろうし」
「……だから、下手でも渡したほうがいいと」

 考えていなかったわけじゃない。神坂さんの他にも選択肢はもう一つあった。でもドライトマトあんまりうまくできなかったし、約束はまだ先だし、そもそも菱川さんはトマト嫌いかもしれない、迷惑がられるかも、と色々と理由をつけて、避けていた。



「さすがに嫌いな食べ物だったら悪いかなって思うけど、文明の機器は確かめるのも簡単」

 神坂さんはちゃきっと自分のスマホを取り出してみせた。

「『おすそ分けしていいですか』、『いいよ』。ほら、これだけでコミュニケーションが成立するんだから、連絡する建前は作れるよ。むしろ、世の男女はこうやって距離を縮めていくものだと私は思っている。男をゲッツするには女の方からも少しは積極的に行かないと! 向こうも満更でもないなら、まずい食べ物だとわかっていてもほいほい釣れるから」

 彼氏いない歴=年齢の先輩はそう断言した。根拠はわからないけれど、すごい説得力だ。

 受け身ばかりじゃダメなんだよ、と突きつけられた気がした。胸にぐさりと刺さる。
 確かに現状としては菱川さんの方から歩み寄ってきてもらっている。
 約束をもちかけるのは菱川さんの方で、私はそれに返事をするだけでよかったのだ。

 私に今できることはなんだろう。自分の手元を見る。ドライトマトのタッパー……。
 いや、ドライトマトはどうなんだろう。そのチョイスは微妙なんじゃ。

「量が気になるんなら、少しだけ渡して、味見してくださいって頼るのもアリだと思うなあ。そこから会話の糸口を切ってみたら?」
「なるほど」

 それぐらいならできる気がした。今度会うとき、一緒に持っていこうかな。
 女子力アピールってわけじゃないけれど、自分が作ったものを菱川さんに食べてもらえたら嬉しいもの。

「そうしてみます。アドバイス、ありがとうございます」

 いいの、いいの、と神坂さんは軽い調子で言うけれど、心もちがだいぶ楽になったから私はとても感謝している。

「伊達に恋愛小説や恋愛マンガを読んできたわけじゃないから!」

 神坂さん、その発言は余計です。ありがたみが薄れます。力一杯言う場面ではありません。

「ま、だから何か不安になったら相談に乗ることぐらいはできるから。安心して私を頼って」

 不意の言葉に私は少し驚いてしまった。神坂さんにとっては何気なく言ったことかもしれない。でも日々大体ボッチの私にとっては……。

「は、はい。ありがとうございます……」

 ちょっと嬉しく思ったりする。

「どういたしまして。……あ、あとね。おすそ分け持ってきたなら、絶対に院生の方には声をかけておいて。実はこの研究室の暗黙の了解になっているからねー」
「え、何ですか、それ。初めて知ったんですが」
「なにせ、暗黙だからねー。というわけで一応院生室に声かけてきてね」

 なんということだ。私はお弁当を広げる神坂さんを背にして院生室へと走った。距離にして二メートル。気持ちとしては十分に走っていたと思うの。

 だが院生室は誰もいなかった。やる気がちょっとそがれた。







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