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レゾナンス   作者: AQUINAS
第二章 ハンザ王国~冒険者~
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第五十三話 遊撃隊と予備隊

 ドドドドーン!ドドッドーン!


「な、なんだこの音は!?」


「おそらくシハス戦闘統括者が準備していた魔道具による攻撃かと。」


「この音を合図に騎士団500が後方に回り込むことになっています。」


 第四波襲来に合わせて爆破させた魔石爆弾の音は戦場から2キロ近く離れた砦の南に布陣するグラート王子率いる予備隊にも良く聞こえていた。そして音だけではなく振動も。


 ドドドドッドーン!


「2回目か。今度は馬上にいても振動が感じ取れる程の規模か。」


 グラート王子の呟きにアーガスとアリスが視線を交わす。


「王子。申し上げてもよろしいでしょうか?」


「私も。」


 側近である兄妹揃っての具申はグラート王子に取って大きな意味を持つ。


「意見があるなら言ってくれ。」


「では。この地まで振動が届くほどの魔道具での攻撃となりますと、魔獣の撃退はほぼ確実に成されるでしょう。」


「うむ。これほどの衝撃を与える魔道具など聞いたことはないが、撃退出来るならそれは喜ばしいことだ。」


「確かに大規模な『山崩し』を退けられることはハンザ王国に取って喜ばしいことは事実ですが、北方騎士団、ひいてはグラート王子に取っては喜ばしいというだけでは済まされません。」


「どういうことだ?詳しく説明してくれ。」


「まず、グラート王子に忠誠を誓っているグーゼル団長の問題です。彼は今回の『山崩し』において非協力的な対応を行い、アッシュ公の機嫌を損ねると同時に北方騎士団の名誉を傷つけました。」


「それはわかっている。だから私が騎士団の派遣を認めさせ、12年前を越える数の派遣をした上で私が予備隊を率いているのだからな。」


「はい。王子のご決断は称賛されるべきものでしたが、それでは足りません。」


「足りないとは?」


「北方騎士団が功を上げなければ周囲は納得致しません。」 


「アリスの言う通りです。王子のご決断で北方騎士団の名誉は守られましたが、このままではグーゼル団長の失脚は避けられません。」


「アーガス、アリス。そうは言ってもグーゼルは砦の守護に回っていて魔獣討伐には行かせられないぞ。」


「はい。今回の経緯を考えればグーゼル団長を『山崩し』戦に出す訳には行きませんでした。しかし、我々予備隊が活躍すれば騎士団の功となり、グーゼル団長の更迭を回避出来るかと思います。」


「我らはあくまで予備隊だ。帝国に隙を見せないためにもアッシュ公たちが劣勢でない限りは動くべきではない。それに戦場にはマインツ副団長がいる。彼が北方騎士団を代表して活躍してくれるだろう。」


「マインツ副団長が活躍すれば彼が団長に昇格することになります。そして彼のことはルード王子が高く評価していると聞いています。」


 左右から交互に双子の兄妹に話をされて困惑するグラート王子。


 ドドドドーン!


 3回目の魔石爆弾が爆破された音が聞こえて来る。


「ここは我々が参戦すべきです。」


 王位に就く上での対抗馬であるルード王子の名前を出されて言葉に詰まるグラート王子にアリスが畳みかける。


「し、しかし、アッシュ公との約束ではシハスからの援軍要請があってから動くことになっている。」


「その点は問題ありません。2キロ近く離れている我々の元まで響くこの轟音と震動を理由にすればよろしいのです。」


「異様な出来事を心配した王子が駆けつけたとしてもおかしくありません。」


「「 ご決断を! 」」








 100個の魔石爆弾の戦果は凄まじかった。押し寄せたⅮランク魔獣800の内およそ半数を仕留めていたのだ。そして残りの400との戦闘が始まっていた。


 地上では防護柵に取り付いたロックボアへは槍などの長物で応戦し、後方からは弓や魔法で攻撃を行っている。一部の柵はロックボアの突進によって打ち破られたが、士気の高い各隊は即座に近接戦闘の得意な者がその穴を防ぎに向かって耐えていた。


 また、高台での起爆役を担っていた魔法士や弓術士たちは後方に控えるロックアイベックスへ向けて遠距離攻撃を始めている。Ⅾランク魔獣だけあって一撃で倒すことは出来ないが、少しでも手傷を負わせようと雨のように弓矢と魔法を降らせている。


 一方、右翼の冒険者隊を支援していた遊撃隊の3チームと大輝たち4チームは高台で静かに戦況を見守っていた。まもなくやってくるだろう高ランク魔獣を仕留める事が彼らの役目だからだ。


「後方にて騎士団の展開を確認。15分後には群れの後方にいるロックアイベックスへ接敵。」


 視覚を強化している見張りから報告が入る。


「まずいな・・・」


 報告を聞いたシハスだけではなく、司令部にいる全員の顔が曇る。


「ロックアイベックスの残り200と高ランク魔獣より先に騎士団が姿を現すとは・・・」


 アッシュ公の言う通りである。挟撃したはずの騎士団の背後を魔獣に襲われる可能性がある。


「騎士団に伝令を送りましょう。背後に魔獣の群れ、しかも高ランク魔獣がいる可能性が高いことを伝えさせます。」


 即座にシハスが伝令を出す。しかしそれだけでは足りないとばかりにルビーとリルが意見を出す。


「ここはもう私たちには出番がないんでしょ?」


「戦場を回り込んで騎士団の後方を警戒した方が良いと思います。」


 遊撃隊の標的である高ランク魔獣が姿を現さない以上ここではやることがない。


「確かに騎士団との挟撃をしなくともここは持ち堪えられるか・・・」


「ならば後方の騎士団500にロックアイベックス200を相手してもらい、遊撃隊が高ランク魔獣を狩るというのも1つの案だな。」


 シハスとアッシュ公が検討に入り、代表してアッシュ公が答える。


「騎士団500ではロックアイベックス200は厳しいか。相性が悪すぎる。それに遊撃隊との連携は望めまい。」


「確かに騎士団には重荷だろうけど、連携は不要じゃないですか?」


「言い方が悪かったか。共闘という意味での連携ではない。彼らがロックアイベックスをしっかり引きつけて遊撃隊が高ランク魔獣を相手とすることを認めさせるのが難しいだろうということだ。」


「あぁ。騎士団のプライドが私たちに高ランク魔獣を倒させる手伝いをすることを拒むということですね。」


「そう言うことだ。だが、このままでは彼らが危険だ。」


 アッシュ公の言う通り、後方の騎士団は自分たちが危険に瀕していることを知らない。伝令は出したとはいえ、危険を回避したわけではないのだから。そこにシハスが作戦変更を提案する。


「では、遊撃隊全員で戦場を回り込んで後方の騎士団へと伝令を兼ねて行ってもらいましょう。伝令の内容は、後方から高ランク魔獣が襲ってくる可能性が高い。後方に魔獣の群れを確認次第隊を二分割して東西に離脱後、再度後方に回り込むように。それに合わせてこちらも防護柵から打って出よう。」


「つまり、再度挟撃の形を作って乱戦の中で高ランク魔獣を討って来いということですか?」


「最終的に乱戦の中で高ランク魔獣を狩る事になるのは同じだろう。それに、高ランク魔獣が後方にいる以上当然の配置だとは思わないか?」


 司令部直下の戦場で戦うのと騎士団の中で戦うのでは大きく状況が異なる為、出来れば拒否したいところだが遊撃隊のメンバーも高ランク冒険者でありそのプライドがノーとは言えず作戦変更が承認される。


「左翼の方が魔獣の層が薄いようだ。そちらを迂回してくれ。便宜上ルビーを遊撃隊の隊長とし、リルを副隊長として行動してくれ。参謀は大輝が務めろ。」


 大輝の名前が出た時に一瞬不穏な空気が流れるがすぐに消える。Bランクのルビーとリルが隊を率いる事には誰も異論がないが、大輝はEランク冒険者でありこの街に来て日が浅いのだ。しかし、この場にいる30名は街でも名の知れた者たちであり、特に各パーティーのリーダーたちは相手の実力を見抜くだけの技量を持つ者ばかりだ。それに加えて今回の陣地構築案や戦略立案に携わっていることも知っている。先ほどは単独でブラックウルフを討ち取っていることも。だからこそすぐに認めたのだ。


「すぐに出発してくれ。」


 異論が出ないことを確認したシハスが遊撃隊隊長に任命されたルビーに命令を下す。


「了解。ついてきな!」





 ルビー率いる遊撃隊は高台を後方から飛び降り、防護柵を挟んで戦闘中の左翼の騎士団の後ろを回り込む。走りながら戦場を確認した限りでは騎士団は防御に徹しており、自軍の損害は軽微であるように見える。もっとも、突撃を繰り返すロックボアによって防護柵の損傷は激しく長い時間柵内に籠もっているのは難しいようだ。


「ガチでぶつかったら消耗戦になる。急ごう。」


 誰とはなしに聞こえた声によって行軍速度が上がる遊撃隊。全員が身体強化を引き上げ一気に左翼の騎士団を迂回して北へ進路を変える。戦場から300メートル程西を北へ向かって進む遊撃隊だが、リルが異変に気付く。


「北西に土煙が上がってます。」


「高ランク魔獣たちか?」


 一旦行軍を止め、リルの指さす方角へと視線を向けて状況を見極めようとする一行。


「北西はノルト砦だぞ?魔獣が出て来る方角じゃない。」


「グラート王子の予備隊が動いたのでは?」


「しかし、シハスさんは援軍要請を出してないはず・・・」


「見えました。先行する騎兵200騎は騎士団の鎧を来ています。後方に歩兵800程。予備隊で間違いありません。こちらに向かって来ます。」

 

 素早く手近な木に登り、視覚強化で向かって来る一団を確認した斥候職の男が報告する。


「ルビーさんどうしますか?」


「っち!仕方ない、あいつらにも状況報告だけはしておかないと戦場が混乱する。あたしは貴族やら王族といった気取った連中の相手は苦手だからリルと大輝で簡潔に報告してちょうだい。それですぐに出発するよ。」


 自分たちより先に魔獣の後方に回り込んだ北方騎士団には伝令が向かっていることから、予備隊へ状況報告することを優先するルビー。ただし、適材適所と言わんばかりに苦手な相手への対応はリルと大輝に丸投げした。

    

「そうやってすぐに押し付ける・・・」


 リルが小さく抗議の声を上げるがすでにルビーは聞いていない。



 数分後、遊撃隊から見て北西方向からやってくる予備隊は30名の集団を見つけて先行する騎兵200が速度を上げて近づいてきた。そして遊撃隊の手前20メートルで停止するとその中から意匠の凝らされた鎧を身に纏う20代の金髪青眼の男と同年代の男女が進み出て来る。グラート王子と側近であるアーガスとアリスである。代表してアーガスが馬上から誰何する。


「お前たちは何者だ?『山崩し』に参戦している冒険者か?」


 遊撃隊の面々は、戦場の近くで他にどんな理由があるのか、と問い質したい気持ちを抑えてリルと大輝に任せる。


「私たちは遊撃隊。シハス指揮官の命で作戦行動中です。」


 リルの冷気を孕んだ声に慌てて大輝が補足する。リルにしても作戦行動を止められ、ルビーに面倒事を押し付けられ、さらに馬上からの侮蔑を含んだ視線と物言いに怒りを感じていたのだ。


「時間がないので簡単に状況をお知らせします。現在、迎撃隊は構築した陣地にてⅮランク魔獣ロックボアとロックアイベックスと交戦中ですが、一部のDランク魔獣やCランク魔獣と統率者の姿が確認出来ていません。すでに挟撃のために北方騎士団500がエレベ山脈側に回り込み始めていますが、姿を現していない高ランク魔獣がその背後を突く可能性が高いために我々がその討伐に向かっている最中です。」


 大輝は社会的地位を背景に高圧的態度を取る人間を相手することは慣れている。だから冷静に話が出来る。ただし、そういう手合いに優しくすることはないし、場合によっては面目を潰すことを楽しんで行うこともある。一種のストレス解消手段でもあったのだ。だが、今は時間が惜しいためさっさと切り上げるつもりだった。


「では、我々は先を急ぎますのでこれで失礼します。」


 ルビーに指示された状況報告は終わったとばかりに説明を打ち切った大輝はリルを促してこの場を立ち去ろうとする。しかしここでアリスが待ったを掛ける。


「高ランク魔獣を討伐するのであれば我々が参戦しましょう。あなた方だけでは無理でしょう?」


 アリスの目的はこの戦いで予備隊もしくは後方から挟撃する部隊が戦功を上げる事である。そして統率者の討伐が最大の戦功となるのは間違いない。その統率者が現れる可能性が高い戦場に行けるとあれば喰い付かないはずがなかった。しかし、いかにグラート王子率いる予備隊とはいえ、今回の戦いの指揮は冒険者ギルド戦闘統括者シハスが取ることになっている。それを冒険者である彼らが勝手に承認などできるはずがない。


「お言葉ですが、シハス指揮官の判断を仰いでからにされたほうがよろしいのでは?」


 控えめに大輝が窘める。彼らのプライドを傷つけないような言い方を脳内でシミュレーションしつつ説得しようとしたときにルビーが口を出す。アリスの言葉にカチンときたようだ。


「指揮系統を守らないのが騎士団の流儀なのかい?」


 ルビーの挑発的な言葉に顔を赤くするアリス。

 

(おいおい・・・任せるって言ったんだから最後まで任せてくれよ。)


 大輝が内心溜息を漏らすがもう遅い。


「冒険者風情が何を言うか!」


 アリスが激昂するがルビーの声は冷たい。


「はんっ!予備隊には待機命令が出ている。それにもかかわらずこの場に出て来ていることが指揮系統を無視してるって言ってるんだよ。」


「王子率いる部隊にそんな理屈は関係ない!」


 アリスの言っていることが無茶苦茶であることは遊撃隊だけではなく騎乗する200騎の騎士たちもわかっており俯く者が多い。むしろ、上官の命令が絶対であることを知る騎士たちの方がよくわかっていただろう。


「話にならないね!」


 睨み合うアリスとルビーを見てこのままでは埒が明かないと大輝が間に入る。苦労性である。


「いずれにしても我々は作戦行動中です。予備隊の皆さんへの命令権もありませんし必要な情報はお話しましたのでこれで失礼します。」


 間に入ったというよりは打ち切った大輝は今度こそ踵を返す。それを見たルビーとリルも相手にするだけ時間の無駄だと思い直して大輝に続く。アリスはまだ話は終わってないとばかりに声を出そうとするがそれはアーガスによって止められる。これ以上のやり取りは騎士たちの不信を招くと判断したのだ。


「アリス!そこまでにしておけ。」


「しかし!」


 双子の兄であるアーガスは妹の反論を無視して北へと駆けだした遊撃隊の背中を見送った後にグラート王子に進言する。


「アリスがお見苦しいところをお見せして申し訳ありません。しかし、アリスの言うように高ランク魔獣や統率者は討たねばなりません。シハス指揮官には使者を出しましょう。挟撃に向かった北方騎士団の仲間たちが逆に挟撃されることは防がなければならないと。」 


 兄アーガスが大輝から得た情報を理由にして後方に現れるだろう高ランク魔獣討伐を推奨するのを聞いてアリスの頭が冷えていく。


「グラート王子、失礼致しました。アーガスの言う通り友軍援護であれば筋が通ります。我々も北へ向かいましょう。」


 理想主義者であるグラート王子は即座に進路を北へ受ける事を承認する。友軍を見捨てる事など出来ないのだ。こうして友軍救出という大義名分の元に予備隊1,000が北へと進軍を開始した。





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