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レゾナンス   作者: AQUINAS
第二章 ハンザ王国~冒険者~
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第四十九話 第一波・第二波

 アメイジア新暦745年12月7日13時07分、ついに『山崩し』が発生した。


「狼煙が上がった!第一波が2キロ先に姿を現した!相手はフォレストウルフ400だ。即刻蹴散らすぞ!」


 司令部のある高台の上から指揮を執るシハスの大声が風魔法のアシストを得て響き渡る。そして第一塹壕の外に横一列で並ぶ騎士団、警備隊、冒険者たちがその声に応える。


「5分で全部片づけてやらぁ!」


「絶対に街には行かせない!」


「騎士団の誇りを見せるぞ!」


 各所から気合の声が返って来るのを聞いた高台中央の司令部ではアッシュ公が満足そうに微笑んでいる。本来なら領主であり公爵家当主であるアッシュ公が前線にいることなどあり得ないのだが、王子であるグラートが予備隊の司令官として出るため街へ避難することが出来なかったのだ。とはいえ、それはアッシュ公の言い訳であった。自分の領地を守るのに領主が最奥に逃げるなどアッシュ公の矜持が許さなかったのだ。


「第一波、第二波は大した脅威ではないが、時間との勝負だな。」


「はい。フォレストドックとフォレストウルフは1,700を揃えた我々なら問題なく殲滅できるでしょう。」

 

 アッシュ公とスレインの言う通り戦力的に低ランク魔獣の撃退は容易だ。防衛側が気にしなくてはならないのは殲滅に時間を掛け過ぎて後続の魔獣と合流することと、Cランク以上の上位魔獣がいつ出て来るかという2点だ。


「複数種族の魔獣が最初から共同戦線を張らない事だけが救いだな・・・」


 『山崩し』で複数種族の魔獣が統率者に集められながらも同時侵攻して来ないことには理由がある。単純に魔獣ごとに行軍速度が違うこともあるが、一番の問題は魔獣本来の本能だと言われている。魔獣たちは本来同種族以外は敵として見ている。それを統率者の力で強制的に従わされているのだが、戦闘に身を置くことで本能が呼び起こされ統率者の意志が及ばない状態になるのだ。そうなれば人間が一番の敵であるということは変わらないが、魔獣同士での争いが増えてしまうことになる。それを避ける為に突撃は弱い種族から順に行わせ、波状攻撃を掛けて来るのだ。つまり、力の弱い下位魔獣は使い捨てにされているとも言える。最大の敵である人間の数を減らす捨て駒であった。


「統率者の最大の狙いは食糧確保です。人間自体もその対象ですが、街中には穀物が大量にありますからね。そしてそれを食べるのは上位種のみでよいと思っているのでしょう。」


「統率者がどの程度の知能を持っているかわからんが、奴らの予想を超えるスピードで殲滅し続ける必要があるわけだな。」


「はい。魔獣同士が連携出来ない事は統率者もわかっているから波状攻撃を仕掛けてきます。私が統率者ならフォレストドックが全滅する前にフォレストウルフを、フォレストウルフが全滅する前に次の種族をという風に断続的に投入します。」


「統率者が的確な判断を出来ないことを願うか・・・」


「そうであればいいとは思いますが、それに賭ける訳には行きません。だからこちらも陣を構築したり、戦術を考えているのです。っと、どうやら第一波を接触します。」


 スレインの言葉通り先陣を切ってフォレストドックが第一塹壕の外に展開している騎士団、警備隊、冒険者へと突っ込んでいく姿が見えた。




「いいか!魔法は使うなよ。最低限の身体強化だけにしておけ!」


「フォレストドックは元々の群れで固まってくるはずだ!そいつらは拙いながらも連携してくるから注意しろ!」


「前列槍衾構え!後列は抜剣して擦り抜けようとする奴を仕留める準備をしろ!」


 中央、右翼、左翼のそれぞれの指揮官であるクロッカス警備隊長、Bランク冒険者のラフター、マインツ副団長が注意点を口にしながら剣や槍を構えている。


「「「 蹴散らせ!!! 」」」


 奇しくも3者の声が重なり激戦の幕が切って落とされた。


 第一塹壕の外に配置されたおよそ1、700名の防衛側は2列横隊を組んでいる。約1,000が前に出て迎撃、後列700名がその援護と前列を潜り抜けて街へ向かおうとする魔獣を仕留める役目を担う。時間との勝負であるため、前列はひたすら目の前のフォレストドックに剣や槍をふるうことに専念し防御は最低限だ。特に擦り抜けて行った魔獣には一切注意を払わない。そちらは後列に任せて攻撃一辺倒に徹する。一秒でも早く殲滅するための戦いだった。


「くそっ!後衛しっかりしろ!」


「無茶を言うな!魔法使用制限があるのに魔法士が戦えるか!」


 騎士団と警備隊は普段から連携訓練を行っているため各自の役割をしっかりとこなしていたが冒険者の担当する右翼では少なからず混乱が起きていた。パーティー単位で固まって持ち場を決め、パーティー内での前衛と後衛の役目に応じて前列後列の配置を行っていたのだが、冒険者の後衛とは魔法士や弓術士が務める事が多く、接近戦に慣れない者が多かったのだ。そのせいで前列を擦り抜けたフォレストドックを仕留めるのに時間がかかり、前列の者が前から襲い掛かって来るフォレストドックに集中できない事態に陥っていた。


「第二波の撃退まで援護してやってくれ。」


 フォレストドックとの接触から1分で右翼の混乱を見たシハスの決断は早かった。遊撃隊7チーム30名のうち、3チーム16名を右翼後列へ派遣する。単独で1チームに数えられている大輝を含め、各チームはCランク魔獣を撃破できるメンバーである。すぐに指示を受けた3チームは右翼へと駆けだす。司令部に残っているのは大輝、ルビー、リル、アルドが代表の4チームだけとなる。


「ルビーや大輝みたいに剣も使える魔法士なんて珍しいからな。」


 アルドが溜息を吐く。アルドもまた右翼の混乱の原因を察していたのだ。


「それは言い訳だよアルド。前衛が全ての魔獣を受け止めるなんてことは不可能なんだから後衛だって剣なり体術なり使えるようにならないとすぐに死んじまうんだ。それを怠ったあいつ等の自業自得さ。」


 ルビーの言葉は厳しかった。的を得た事実とはいえ。


「そうは言ってもCランク以下の人たちには厳しすぎますよ。一つの道を極める事だって大変なのに2つ、3つと同時に強化するなんて普通は無理ですから。」


 リルが取り成すようにルビーを宥めるが、自身が体現者であるだけにルビーの視線は冷たい。


「そこにいる大輝はEランクで出来てるんだろ?もちろん簡単なことじゃないことは私自身が知ってるけど、大変だからやらないというのは間違ってるさ、冒険者としてね。」


「そう言われると私も結構辛いんですけど・・・」


「いや、リルは剣は使えなくても魔法を極めてるだろ?それに体術だってある程度は修めてるんだし。」


 ノルトの街の2大看板としてこの数年冒険者たちを引っ張って来た2人だからこそ互いに気兼ねなく意見が言えるのだろう。そしてリルが自分を引き合いに出してルビーの譲歩を引き出すのもいつものことなのだろう。『紅玉の輝き』と『瑠璃の彼方』のメンバーは黙って2人の掛け合いを楽しんでいるようだ。30歳前後に見えるルビーが姉貴分、20歳そこそこに見えるリルが妹分として信頼関係があることを感じさせる。


「まあまあ。オレたち遊撃隊の役目がこういう事態に対処することなんですから。それに、援護に行った遊撃隊が上手く立ち回ってるようですよ。」


 ルビーの感情が落ち着いたのを見て大輝が口を挟む。そして大輝の言葉通り、遊撃隊の3チームが上手く後列を立て直し、それに釣られるように前列がフォレストドックを蹴散らす速度が上がっているのがわかる。


「ほぉ。やるねぇ。」


 それを確認したルビーに笑顔が戻る。落ち着きを取り戻しさえすれば騎士団や警備隊に後れを取るようなことはない。事実、最終的にフォレストドックを殲滅させたのはほぼ同時だった。そしてすぐさま次の狼煙が上がる。


「第二波、フォレストウルフ500来ます!」


 狼煙を確認した警備隊の監視班から声が上がり、シハスが次の指示を飛ばす。


「全員第一塹壕の手前に布陣!フォレストウルフを塹壕へ切り落とすぞ!」


 指示を聞いた各隊の指揮官が急いで部隊を纏めて第一塹壕の手前へと移動する。マインツ副団長、クロッカス警備隊長、ラフターの3人は上手く部隊を纏めているようだった。


 山を下りてから司令部のある高台までの距離はおよそ2.5キロ。先陣を切って突っ込んできたフォレストドックには持久力で負けるが、単純な瞬発力は第二波のフォレストウルフの方が高い。そしてフォレストウルフは狼煙が上がってからわずか6分で第一塹壕まで到達した。


「思ったより統率者の打つ手が早いな・・・」


 シハスの呟きにスレインとアッシュ公が頷く。過去の『山崩し』関連の文献を調べ、構成される魔獣の種類と数から波状攻撃のおおよその到達時間を予測していたのだが、予測を上回るスピードで第二波が放たれたのだ。 


「一刀で切り伏せろ!」


「塹壕に叩き落とせ!息がある奴は槍で突いておけ!」


 高台の前方100メートルの第一塹壕付近では勇ましい声が響いている。統率者に街への進軍を命じられているフォレストウルフは闇雲に塹壕を飛び越えようとするたびに剣や槍によって切り裂かれまたは叩き落されて数を減らしていた。明らかに優勢な迎撃隊だが司令部では厳しい顔が並んでいる。


「どう思う?」


「まだ第二波だからなんとも言えませんが、油断しない方がいいかと。」


 アッシュ公を始めとした指揮官たちの予想では、第一波のフォレストドックが到着してから30分後に第二波のフォレストウルフ、さらに40分後に第三波のフォレストエイプという予測を立てていた。実際は第二波が16分後に到着していた。   


「殲滅速度を上げないと後続の魔獣と合流されてしまうな。」


 統率者にとっても合流することで自軍に混乱が出るというデメリットがあるが、人間側にとってはもっと大きなデメリットになる。単純に相手をしなければならない数が増えるだけではなく、対応する魔獣によって選択する戦法が変わるからだ。そして統率者の命令と本能に挟まれた魔獣たちが狂乱状態となり、動きの予測が困難になるというデメリットもある。いずれにしても避けなければならないのだ。


「それだけではありません。もしこの後も休息を取れなければ魔力や体力が尽きて動きが鈍くなる者が増えてしまいます。」


 継戦能力を維持するため、魔法の使用を禁じ、身体強化も最小限にするように指示はしているが、最下層のフォレストドックと戦う時でさえ最低限の身体強化は必須なのだ。休息を取るヒマを与えられずに波状攻撃を喰らうことは避けたい。


「しかし、それは統率者次第だ。我々にはなにも出来ない。出来ることは少しでも早く殲滅して自ら休む時間を作ることだ。」


 アッシュ公の言う通りであった。そして各部隊長も同じことを考えていたのだろう。鼓舞する声があちこちから上がっている。また、余裕のあるところは交代制で塹壕の手前で切り落とす役を代わっている。


「10秒後に1班と2班、3班と4班入れ替われ!少しでも休憩して水分でも補給しろ!いいか、カウントするぞ。10、9、8・・・・2,1交代!」


 マインツ副団長とクロッカス警備隊長の部隊が1回目の交代を終える。一方、冒険者たちはパーティー単位での戦闘のため、簡単に受け持つ場所を入れ替わる事は出来ないが、魔獣スポットに籠もる事も多い彼らは長期戦には慣れている。体力と魔力の配分が上手いのだ。


「まだ序盤戦だ!へばってるような奴はいないだろうな!?」


 ラフターの罵声とも言える鼓舞に冒険者たちは威勢よく応える。


「そんなお子ちゃまなんていねぇよ兄貴!」


「見損なってもらっちゃこまるぜ!」


 ふてぶてしいまでの応答にラフターが笑顔で言い返す。


「だったらさっさと狼さんたちにおねんねしてもらいな!」


「「「「 おうよ! 」」」」


 第二波のフォレストウルフが第一塹壕に到達してから10分足らずで半数近い200頭を切り伏せたがそこからフォレストウルフの動きが少し変わる。闇雲に塹壕を飛び越えようとしていた魔獣たちが2か所に絞って突撃を始めたのだ。1か所目は高台から見てやや右、2か所目はやや左。両方共警備隊と騎士団、警備隊と冒険者の隙間だった。


「ぬっ!連携が取れないところを狙っているのか!」


 アッシュ公のうめき声が漏れる。元々冒険者の受け持つ右翼の連携は拙いものであるが、騎士団と警備隊は日頃からの訓練の成果で連携は完璧だった。だが、各隊の接する位置は互いに遠慮して隙間が出来ていたのだ。


「シハスさん、後ろに上位種と思われる黒い奴が3頭います。あいつ等の指示でしょうから先に潰しに行かせて下さい。」


 大輝が言う通り、フォレストウルフの上位種ブラックウルフが3頭いることを確認するシハス。左右それぞれの突撃位置の後方に1頭ずつ。そして中央で10頭ほどのフォレストウルフに守られている最も大きな体躯を持つブラックウルフが1頭いた。 

   

「遊撃隊の仕事という訳か。予定より早いが仕方ない。ルビー、リル、アルド、大輝の4チーム纏まって中央から塹壕を飛び越えて行け!中央のブラックウルフの手前でルビーは左翼へ、リルは右翼へ、アルドと大輝はそのまま中央へと展開し3頭のブラックウルフを倒してすぐに戻ってきてくれ。」


 シハスの決断はまたしても早かった。すでに第一塹壕の内側へ10頭以上の侵入を許している以上早めに手を打たなければならない。俊敏なフォレストウルフを部隊の中で自由に動き回らせては被害が増えるだけだ。そして大輝の言う通り上位種の指示でフォレストウルフが動いていることは間違いないのだ。そこまでわかっていれば頭を潰しに行くのみである。


「大ボスは大輝とアルドのところか。まあ、気付いたのも進言したのも大輝だからここは譲るとしよう。」


「同じく異存なし。行ってきます。」


「了解だ、シハスさん。ま、オレたちは雑魚を受け持つから大ボスは大輝に任せるわ。」


 ルビー、リル、アルドがすぐに行動に移る。そして大輝もその後を追う。


「すぐに片づけてきます。」






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