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G・ガール!
作:りき



G・ガール! 14



 爽汰と徳二郎は、日中散々遊んだり歩き回ったりが、何の変化も起こらなければ、解決策に近づけるような考えも浮かばず、ただ疲れただけだった。
 理沙子を家に帰すのが、昨日も遅かったので、今日は早々に切り上げようと、夕日が落ち始める頃には、帰途につく事になった。
 この時間なら、帰りの電車も余裕もって乗れる。それならばと、ここから理沙子の家との途中にある、全ての根源になったあの場所、球場へと足を向けてみる事にした。

 駅を降りてすぐ目の前に、大きなドーム型の球場が見える。今日は、どこかの企業のイベントが行われていたらしく、昨日のように野球はやっていなかったようだ。
 だからだろう、響くような応援団の音や、歓声は全く聞こえず、仕事帰りのサラリーマンの姿が目立つ、都会のオフィス街の様相を見せていて、昨日とは全く違う雰囲気を漂わせている。
 それに加えて、たった昨日の事なのに、その間の思いが大きすぎて、一週間前だと言われても不思議に思わない気さえする。
「どう? なんか、感じたりしない?」
 中に入ることも出来ず、昨日と状況がだいぶ違うこの場所では、さすがにいい返事はないだろうと思って、爽汰は聞いてみた。
「なんも。悪いな、爽汰」
「じいちゃんが謝る事無いじゃない。きっと、すぐ元に戻れるよ」
 爽汰はなんの根拠も、自信もない事で祖父を慰めた。
 そう言う事で、祖父だけでなく、自分自身にも暗示をかけてしまいたかったのだ。
 爽汰は徳二郎の肩に、軽く手を置いた。
 ふとタバコの匂いが爽汰の鼻をつく。
 ちらりとその方向に目を動かすと、駅の建物の陰に隠れるように、数人の男達が地べたに座って大笑いしている姿が見えた。服装などからすれば、爽汰とそんなに変わらない年頃のようにも見えるが、全員がタバコを銜えているか、指に挟んでいる。
 夏休みになれば、必ずああいった光景はどこでも見られる。駅の前、コンビニの前、明るい所に群がる姿は、蛾のようだと爽汰は思う。喜んで集まって来ているのは自分達だけで、集まられた方も、それを見る方も、眉をしかめて避けていく。触ろうとすれば、有害な鱗粉をまき散らして威嚇する。
 爽汰は正義漢でも、熱血漢でもない。どちらかと言えば、やりたい奴は勝手にやればいいと、他人のする事には無頓着でいる。だから、別に彼らのような存在が居た所で、普段ならなんとも思わないのだが、気になるのは、その中の数人が、理沙子の事を見てなにやら話しているように見えるからだ。
 実は、中身が田舎育ちの爺だとしても、傍から見れば理沙子は普通の、いや、普通以上に美人の高校生なのだ。
 あまりジロジロ見ないように、それでいて警戒しながら、爽汰はこそこそと徳二郎に耳打ちする。
「じいちゃん。そろそろ帰んないと、また家族の人心配させたら申し訳ないから、石崎さん家」
 そうか、と徳二郎は同意した。
 踵を返して、駅へと歩き出そうとしたときに、爽汰はちらりと彼らと見たが、特に動く気配もないので、ほっと安心した。
「あ、そうだ。じいちゃん。これ」
 爽汰は他の事に気をとられ、あやうく忘れそうになった。
 そう言って、持っていたショルダーバッグを開けて、クリアファイルを一冊取り出した。
「なんだべ、これ」
「きっと今日もお風呂入る時、石崎さんに代われる瞬間があるだろう? だから、お風呂場に、これ持って行って欲しいんだ」
 それは、濡れないようにビニールのファイルに入れた、メモ用紙とボールペンだった。
「これを持って風呂さ入るんだべか」
 爽汰は、頷いた。
「石崎さんが、言いたい事、書いてくれるかもしれないだろう? もしかしたら、戻れる方法もわかるかもしれない。でも、その場に俺も、じいちゃんも居る事はできないから、本人にメッセージを残してもらうしかないかなって思って」
「はあ、なるほどなー。わかった、今日やってみっぺ」
「うん、お願い」
 限られた条件の中で、どうにか元に戻れるための方法を見つけようと頑張ってみるしかないのだった。
 切符を買い、それじゃ、と改札へ徳二郎を送ろうとしたその時だった。
「ねえええ、お二人さーん」
 もう改札口の前まで来ていたし、ここは電車に乗り降りする人達でごった返している。まさか、こんな所で何かされるとは思っていなかった爽汰が甘かった。全く注意していなかったのだ。
 突然、爽汰と理沙子に両肩をまわしてくる若者、さっきの仲間にいた一人だ。
 爽汰も徳二郎も、あまりに大胆な行動に呆気に取られ、されるがままになっている。
「ちょっとこっちで、俺たちとあそぼうぜー」
 その場に居たのは、この男ともう一人、側でニヤニヤしている男だけ。大声を出す訳でも、暴力を振るわれている訳でもないので、誰ひとりとして周りの人は不審がっていない。友達同士だと思われてもおかしくないからだ。
 何も抵抗をできないまま、彼らがもといた駅の明かりの届かない場所へ連れて行かれる。
 座っていたのは三人。金髪にしていたり、鼻ピアスをしていたり、あまり健康的ではない夏休みを謳歌しているような奴らだった。
「いらっしゃーい。おお、やっぱ相当かわいいじゃん」
 その中の一人、白いキャップをかぶり、右手にビールの缶、左手にはタバコを持った、人一倍体の大きい男が言った。
 肩に手を回していた男は、荒々しく爽汰と理沙子を前に突き出し、自分もその輪の中に入って二人を睨みつけた。
 キャップの男は、理沙子を上から下までわざとらしく見て笑う。
「ねえ、彼女さあ、これ、彼氏なの?」
 徳二郎は答えに困り、となりで同じく立たされている爽汰に目で問いかける。
 しかし爽汰には、どっちと言ったほうがこの場を有利にできるのか、すぐにはわからなかった。
 取り巻きの四人は、どうなんだよ、黙ってんなよ、などと脅しかけては、せき立てる。
 二人ともが答えを言いあぐねていると、どうでもいいけど、とキャップの男が立ち上がり、理沙子の前へと進み寄る。
 そして、手に持っていたビールの缶を、理沙子の鼻先に突き出した。
「飲む?」
 爽汰は、さすがに黙っていられない。
「ちょっと、何すんだ」
 すかさず取り巻きの一人が、襲いかかるように、爽汰を羽交い締めにして後ろから押さえる。
「何すんだよ! 離せ!」
 キャップの男は、爽汰など眼中にないように理沙子の顔を覗き込んでいる。
「飲みなって。飲んだら帰してあげるからさ、ほれ」
 ビールの缶が、鼻先に付いた。徳二郎はは何も言わず、ひたすら爽汰の動きを見ている。どうするべきか、指示を待っている。
「止めろよ、その子に何させるんだ!」
 爽汰は、締め付けられる腕を取り払おうとジタバタするが、後ろの男は手首をがっちり組んでいるようで、まるで動けない。
「うるせーな。おい」
 その声で、取り巻きの一人が立ち上がり、爽汰の真横に立つ。
 まだ固く締め付けられている爽汰は、その男を横目で見る。男はおもむろに爽汰の腹に一発拳を入れてきた。
「う……うう」
「爽汰!」
 つい徳二郎は声を上げる。
「こいつ腹筋ねえなあ、女みてえな体してるぜ」
 わははは、と揃ってあざけわらう。
 爽汰は、まさかパンチが飛んでくるとは思っていなかったので、なんの防御もしてなかった。まともにダメージを食らった。
「ほら、彼氏がイキがってボコボコにされるより、俺らの酒に付き合ってくれればいいんじゃねえの?」
 キャップの男が笑い声で言う。
 しかし、徳二郎は爽汰の様子が心配で、その男の駆け引きの言葉など聞こえていない。
「爽汰……」
 腹が痛いというより、身動きが取れない方がきつかった。
 しかし、こんなことでノビている訳にはいかない。彼らの魂胆がわかるからだ。
 理沙子に酒を無理矢理酒に飲ませるのは、酔っぱらわせることが目的だ。飲んだら帰すなんて言っているが、嘘に決まっている。その後何をするつもりか、そんな事は考えたくもない。
 とにかく、自分に意識をむけさせて、その間に徳二郎に逃げてもらおうと考えた。
「げほ……大体、なんで……俺たちが……こんな事されなきゃいけないんだよ」
 男たちは、また顔を見合わせて吹き出し、笑う。
「なんで? そんなの簡単だよ、なあ?」
 キャップの男は、やっと理沙子の顔から離れ、爽汰の質問に反応した。意地悪そうな表情で、取り巻き達に目配せしている。取り巻きはニヤニヤするばかり。
「俺たちが女連れてないのに、お前程度の男が女連れて歩いてるなんて、生意気だから、だ」
 ぎゃははは、と下品な笑いが一斉に湧く。
 要は、理由なんてないのだ。ただ、目についた爽汰達に因縁をつけて遊んでいるだけということ。
 爽汰だって、世間知らずな訳ではない。遊ばれている事くらいはわかる。もちろん、さっきから腹が立って仕方がないが、いかんせん理沙子に何かがあったらと考えると、何もできない。
 キャップの男は、改めて理沙子へ向き直り、試すように言う。
「どうする? 飲む? それとも、もっと俺たちひどいことさせたい?」
 首を引いて精一杯その手を避けようとする徳二郎に、缶のふちを唇に押し付けて笑う。
「暇つぶしなら、俺を殴るなりなんなりすればいいだろう。その子は……家に帰してあげてくれよ」
 今度はキャップの男の足が、爽汰の腹に飛んで来た。
「ぐうっ……っ」
「うるせええ! お前なんて興味ねえんだよ。黙ってろ」
 今のはさっきのより、だいぶ効いた。胃液がこみ上げてきて、口から出て来そうだ。
 キャップの男がまた理沙子にビールを突きつける。
「ほら、どうする? ぐっといっちゃえよ、ほらほら」
 一歩、また一歩と後ずさる徳二郎は、とうとうもう一人の仲間に足止めをされた。前も、後ろも逃げ場はない。
「やめろ! はなせ!」
 爽汰は大暴れをしているが、手が届かない。
 徳二郎は、かろうじて動く上唇だけで爽汰に聞く。
「爽汰、飲んだらダメなんだべな?」
 徳二郎本人なら、あんなビールくらい、あっという間にかっくらうだろう。でも、いくら中身は立派な大人でも、体は未成年だ。
 爽汰は苦しいながらも、徳二郎の目を見て、首を横に振る。
 徳二郎は、うん、と一度頷く。
「おい、この女訛ってねえ? だべな、だってよ? ダサくねえ?」
 馬鹿にするかのようなその物言いに、徳二郎はむっとする。
「訛ってたらわりいか? なんか迷惑でもかけるのけ?」
 それを聞いた男たちは、また笑う。
「のけ? だってよお。なんだこの女! ウケるんだけど!」
「おいおい、こいつら、田舎もんか? 夏休みで都会に上京してきちゃったって事? お上りさんかよ!」
 得意げに言いのけるその姿は、徳二郎には腹立たしい以外の何者でもなかった。こいつらの言いなりになんかなるものか、と口をきつく閉ざして睨みつける。
 しかし、それを遥かに超える怒りを現したのは、爽汰だった。
「ふざけんな!」
 周囲数十メートルに聞こえ届きそうな声で、爽汰は叫ぶ。
 男達はあまりの声に驚いて爽汰に注目してしまう。遠巻きにいた仕事帰りの大人達も、その声を聞いて立ち止まって見始めた。
 爽汰は息の続く限りで、一気に思いのままに吐き出した。
「訛ってるからなんだよ、田舎から来たからダサいだと? じゃあ自分達はどうなんだよ。え? お前らのやってる事のほうがよっぽどださいって言うの! 夏休みだから、髪染めました、タバコ吸います、酒飲みますってか? ダサすぎるんだよ! 昭和の不良か!? 今時の高校生ならな、夏休みに遊びでIT会社立ち上げてみたら億で儲かっちゃいました、くらいやって今時っていうんだよ! 勉強しろ勉強! 家帰って宿題やれ!」
 言い終わった所で、爽汰は崩れ落ちた。
 腹が痛い。
 知らないうちに後ろで掴んでいた男の腕も解かれていた。
 それでも、うずくまるほどの痛みがじわじわと押し寄せてくる。正直、人に故意の暴力を受けたのは、これが初めてだった。
 もっとひどい事をされるのではないかという怖さもあるが、とりあえず言う事を言えたのは良しとしなければ……。
 じいちゃんは。
 地面に伏していた顔を、首を上げて探す。
 そこに見えるはずの男達のスニーカーの代わりに、革靴がいくつか、それに女物のパンプス……。
 腹を抑えながら、もっと上まで見えるように上半身を起こす。
「大丈夫かい? 君」
「今交番に呼びに行ってくれてるからね」
「救急車は呼ばなくて大丈夫かしら……?」
 爽汰の周りには、さっきの爽汰の大声の叫びで、十人以上の人が集まって来てくれたのだ。その様子を見て、あの男達は走って逃げていった。
 爽汰は、みんなが心配そうな顔で覗き込んでくれているのを見て、精一杯の平静を装って声を出す。
「大丈夫です。すいません、ご迷惑かけて。俺は大丈夫ですから」
 あちこちで、安堵する声が聞こえ、爽汰はぺこりと頭を下げてみせる。
 苦しかったので、地面に足を伸ばして座っていると、徳二郎が警官を連れて走って戻って来た。
「爽汰! 大丈夫か!」
 すぐ側に来て、背中をさする。
「うん、大丈夫。じいちゃんは?」
「ワシは大丈夫だ、何もされてねえ」
 警官がその会話をどう思ったかはわからないが、とにかく交番へ連れて行かれ、色々聞かれる事になった。
 
「どうもありがとうございました」
 爽汰は親切に対応してくれた警官に頭を下げた。徳二郎も一緒になって礼を言う。
「気を付けて帰るんだよ」
「はい」
 結局、爽汰が殴られたところも、暫く座っていたら痛みも無くなったし、金銭を取られた訳でもなかったので、今回は事件として立件はしない事にした。
「本当に、大丈夫け?」
 徳二郎はまだ心配そうだ。
「うん、本当にもう平気。ああ、こんな時間だ、早く帰らないとね」
 駅からちかい場所にあった交番から改札まではすぐだった。
 切符を買い、爽汰は徳二郎がちゃんと電車に乗るのを見届けようと、ホームまでくっついて来た。
「ワシだって電車くらいは、乗れっぺよ」
「乗れるかどうかが心配じゃないの。乗るかどうかを見てないと心配なの」
 ぷっと、徳二郎は吹き出す。
「よっぽど信用ねえんだなや」
 爽汰も笑う。
「そりゃそうだよ」
 そこに、電車が到着する旨を知らせるアナウンスが聞こえる。
「お、来た」
 爽汰は、徳二郎から目を離しその電車の来る方へと顔を動かした。
「なあ、爽汰?」
 爽汰は見えてきた電車の正面を見ながら返事をする。
「んん?」
「さっき、カッコよかったで」
「ええ?」
 驚いて振り向く。
 電車がホームに入って来た。
「さすが、ワシの孫だで」
 はあ? という顔の爽汰を見やって、徳二郎は電車の中へと進み行った。
「じゃあな」
「あ」
 目の前で閉まった自動ドアーに爽汰は慌てた顔を映し出す。
「しまったー」
 爽汰は誰もいなくなったホームに一人、残され呟く。
「覚えててくれてるかな、メモ用紙の事……」
 携帯電話のかけ方も、受け方もわからない徳二郎には、いくら連絡を取りたくてもその手段がない。
 かといって今時、自宅に、しかも異性の家に電話をするなんていう行為は、結婚を認められた仲でもないと出来ないのではないかと、爽汰は思ってしまう。
 仕方がないので、徳二郎には、朝になったら爽汰の家に来るようにということだけは、しつこいぐらいに言ってあった。くれぐれも、電車を使えと、忘れずに付け加えて。
 しかし、先刻の事件の前に渡したメモの件を、徳二郎は記憶に残していてくれているだろうか。
 今、理沙子の体を取り戻すために、少しでもヒントが欲しい。その為の作戦なのだが。
「頼んだ、じいちゃん」
 しょぼくれてホームを歩きながら、我が祖父を信じた。
 そして、二人はやっとそれぞれの家路につくことができた。
 自分の家に着いた爽汰は、徳二郎が今夜も何事もなく過ごしていてくれるか、心配でたまらないながらも、夜が空けるのをただ待つしか無かった。












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