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地デジ少女

地デジ少女 ―導入編―

作者:沙月涼音
皆様こんにちは、色々ありまして暫く執筆活動から遠のいていました。
そんな中、まだ私は生きてるぞっていう思いをこめて短編を書いてみました。
最後まで楽しんで頂けたら嬉しく思います。
 地デジ化完全移行まで一か月に迫ったある休日。俺の部屋には地デジ対応の機器は一台も無い。当然テレビの右隅には、アナログの文字が忌々しく表示されていた。レコーダーも当時は最新機種だったが、今となってはその役目を静かに終えてゆくのを待っている老兵の如くである。
 早く地デジ対応の手を打たなければ、手っ取り早いのは対応テレビを買う事だ。ついでに録画機能も付いていれば、一石二鳥。とは言え、高価だしなぁ。レコーダーもしかり、ブルーレイってもの魅力だが、俺の安月給じゃ、やっぱ地デジチューナーか……。
 よしっ、善は急げ。俺は古い軽に乗って近くの電気屋に向かった。が、そう言えば……あの女優の新作今日発売日だったっけ。その手のチェックは欠かさないのが男ってもんだ。
 そう考えた途端、俺の華麗なハンドルさばきによって車体はあらぬ方面へと向かっていた。これは仕方のない事なのだよ、健全な男子たるもの、しかも未成年から脱皮した男なら分かってくれるはずだ。
 そして俺は通いなれた一軒の店先に愛車を止めた。
「新作、新作」
 自動ドアが開き、見慣れた光景が広がっていた。これぞ聖地、いや性地なのだ。女、子供には分かるまい。書籍コーナーには目もくれず、俺は真っ先にDVDの棚へと向かった。ここ数年で、様々なジャンルが星の数程に発売される。その中から自分のお気に入りを探し出すのは、広い銀河の中で人が住める星を探す様なもの。そう、これはロマンに満ち溢れた冒険。ここにいる皆は、俺を含めて冒険家なのだ。
 目標とするメーカーの棚へ向かい、早速お目当ての新作を探す。それは、すぐに俺の視界に飛び込んできた。流石、人気女優。DVDを手に取りレジへと向かう……と、それが何時ものパターンなんだが、今日に限っては何を思ったのかアダルトグッズのコーナーへと足を延ばしていた。誰かが俺を呼んだ気がしたから……なんてな。
 書籍やDVDとは違い、ここは異世界。様々なコスプレ衣装や関連商品、これと言って何かを買うつもりは無かったが、一つ大きな箱が俺の歩を止めさせた。
「す、すげぇ」
 それは隅の目立たない所に飾られていた。高さは160センチ位、前面は透明のプラスチックで中が見えるようになっていた。そして、中には等身大のドールが!
 この手の玩具は風船と相場が決まっている。それが、まるで眠っているかのようなリアルな作り。黒髪、メガネ、黒を基調としたメイド服。そしてニーハイソックスと、俺の好みをそのまま形にした姿をしていた。
「やべぇ、惚れそうだ」
 こんな子が俺の彼女だったらなぁ。などと、あらぬ妄想をしてしまう程可愛かった。とは言え、これ程のクオリティのドールだ、相当高価に違いない。そう思いつつ箱の左上に視線を移すと、そこには『大幅値下げ、大特価』そして、もう一つ『地デジチューナー内蔵』の文字がデカデカと表示されているではないか。何っ、今時は実用的な部分も兼ね備えているのか。ある意味、これも一石二鳥ではないか!
 欲しい、とてつもなく欲しいぞ。大幅値下げという文字が事実なら、何処かに元値が表示されているはずだ。
 俺は探した。彼女の頭からつま先、いや、箱の上から下まで。
「無い……何処にもそれらしきものが」
 どうする、店員に直接聞くか? まぁそれが一番手っ取り早いのだが――値段を聞くと言うのは、買う意思があるとみなされ引くに引けない状態にならないだろうか。どうしたもんか……一般的な店なら、店員が呼びもしないのにやってくる所だが、それは無いだろうし。う~む、俺は数分腕組をしてその場に立ち尽くした。
 やっぱ聞こう。このまま高いと決めつけて買わない後悔より、聞いて諦める方がいい。
 俺は小さな小窓があるカウンターへ向かった。こういった物は買う側の顔が見えないようにちょっと工夫されているようで、少し前屈みにならないとならない。カウンターには小さな呼び鈴が乗っていた。俺はそれを使うことなく「すいません」と一言近くにいるだろう店員に向かって呼びかけた。
 程なくして、一人の店員がスッと小窓の向こうに現れた。濃紺のスーツに白いシャツ、青系のネクタイの先が見える。顔は全く分からず、腹部のあたりが見える程度だ。店員と言うよりはスタッフと言った方がしっくりくるのかもしれない。
「何か御用でしょうか?」
 落ち着いた口調でスタッフが俺に尋ねた。無論彼も小窓を覗いて来る事はなく、声だけが俺の耳へ届いた。
「あのぅ、隅に飾ってあるドールなんですが……」
「ああ、あちらの商品ですか?」
「ええ、値下げと書いてあるんですが幾らなんでしょう」
 少しの沈黙の後、彼はこう返した。
「お幾らなら購入しますか?」
「はい?」
 こ、これは俺を試しているのか? それとも、どうせお前が買える値段じゃないんだからこれ以上聞くなって事か? ふふふ、だとしたらそれを覆してこそ男ってもんだ。
「税込み一九八〇円」言ってやったぜ。どうせ買えないんだ、これくらい言っても罰は当たるまい。
 だが――。
「お買い上げありがとうございます」
「へ? 一九万じゃないですよ」俺は慌てて確認した。
「ええ、税込み一九八〇円ですよね?」
「そうです……けど」
「商品は大型ですが、お持ち帰りになりますか?」
「え? あ、はい」思わず返事を返してしまった。
 が、マジか! これは超ラッキーなんじゃないか? これほどリアルで俺好み、しかも地デジチューナー内蔵。俺は密かに小さくガッツポーズを取った。
「少々お待ちください」
「あ、はい」
 目の前にいたスタッフは小窓から消えた。しばらくして、先程のスタッフとおぼしき男性が俺に近づいてきた。彼は軽く会釈するとニコリと笑った。つられて俺も軽く会釈した。
「お買い上げありがとうございます。こちらの商品ですが……」彼はそう言いながら巨大ドールの方へ。俺も後に続く。
「このままお持ち帰りになりますか?」
「あ、ええと、出来るなら中身だけでいいんですけど」
「分かりました。では、用意いたしますので少々お待ちください」
「あ、はい」
 彼は巨大な箱を横に寝かせると、手際よく開封した。
「こちらが付属品でございます」
 と言われて手渡されたのは、取り扱い説明書等が入っているであろう透明なビニール袋と、接続する配線類だった。
「あの」
「何でしょう」
「何かこれらを入れる袋があれば助かります」
「分かりました、少々お待ちください」
 そう言うと彼はその場を後にし、小窓のあるカウンターに向かった。俺はその後ろ姿を黙って見ていた。何やら小窓に向かって声をかけるスタッフ。すると小窓から折り畳まれた紙袋がそこから出てくるのが見えた。
「お待ちどうさまでした。こちらをお使い下さい」
「ども」俺は短く答え、また軽く会釈した。
「本体の方ですが、どの様に運びますか?」
「え? ああっと……抱いて車に運ぼうかと」
「かしこまりました」

 裏口から出てもいいと言われたが、あえて正面から出ることを決めた。何故なら優越感に浸りたいからだ。これほどのドールを購入し、しかも可愛いときている。
 グッズコーナーを出、DVDコーナーを抜け書籍コーナーを通るルートを俺は等身大のドールを抱きかかえながら歩いた。抱き方はいわゆる『お姫様抱っこ』まるで眠っているかのような彼女。どよめきや騒めきが各コーナーで起こった。「すげぇ」「可愛い」「何だあれ?」等々。俺は視線を集めながら正面入り口から颯爽と出て行った。

 アパートの階段を上り、自室のドアを開けた。傍から見ると誘拐犯か、泥酔少女を連れ込む悪人の様だったかもしれない。顔は嬉しさでニヤケてるだろうし。
 彼女を部屋の中央に座らせ、改めてじっくり見まわした。
 やっぱ可愛いなぁ。
「さてと」
 俺は渡された付属品を並べた。取説を手に取り、表紙を見た。そこには「リアル・インターフェイス・オブジェクト取扱い説明書」と表記されていた。
「リアルねぇ」
 まさにその通りだが、何とも直接的な品名なんだろう。
「そうだ、この頭文字を取って今から君をリオと呼ぶことにしよう」俺も単純な奴だ。
 取説のページをめくり、早速リオのセッティングに取り掛かった。
 まずは付属品の確認――と、取説お決まりの文句でページは始まっていた。首輪、手枷、チェーン型の接続ケーブル等々。流石、普通の電化製品とは一味違った付属品の数々だぜ。
「まずは各種名称か」
 それによると、首輪を装着して電源を確保するらしい。内蔵バッテリーで自立駆動可能とも書いてあった。自立かぁ……これはきっと地デジ以外の機能で使うんだろうな。手枷は、アンテナと外部出力用とある。接続例が図解で載っているが、その姿は拘束された美少女といった所だろうか。
 俺は取説の通りに電源ケーブルから接続し、基本設定をする事にした。首輪を付け、そこへ鎖を模した電源アダプターが接続されるようだ。首の付け根の後ろにあるスイッチを入れると微かに通電音が聞こえ、まぶたがゆっくりと開いた。次に時間設定。両目がそれを担っているようで、調整は耳たぶで行うと書いてある。
 耳たぶ柔らけぇ。
 次にアンテナを接続し、外部出力をレコーダーへ差す。
「あれ?」
 画面は何も映っていない。
「ん~」もう一度取説を確認すると、メインスイッチを入れないと起動しないと書いてあった。で、そのメインスイッチってのが、右乳首だってよ。
 何か照れますなぁ……。
 上半身の服をはだけさせ胸を露出させた。
「ブラもしてるんだ」
 当然ブラも取り、ほのかにピンクの乳首を押す。リオの全身が一瞬だけ軽く震えた。同時に開いていたまぶたが閉じ、数分後に再びまぶたが開いた。
「これで、俺もデジタルライフが充実するぜ」と思ったのも束の間。
「おはようございます」
「はい?」
 心臓が飛び出る程驚くってのはこんな状況の事をいうのだと、俺は思った。何せリオがしゃべったのだから。
「どうかなさいましたか?」
「あ、いや」
 彼女は俺に向かって微笑みかけていた。可愛い――あ~いかんいかん。最近の技術はここまで進化してんのかよ。まるで人間そのものじゃねぇか。どういう仕組みなんだ? 俺はリオの顔を触ろうと手を伸ばした。
「きゃっ!」バシッ。
「痛っ」伸ばした手が払い落とされた。
「いきなり何するんですか」彼女は先程露わにさせた胸を隠して立ち上がり、俺を見下ろした。
「はい?」おいおい、動きも表情もめちゃリアルじゃん。つか、ドールに触ろうとして拒否されるってのはどうよ。
「出会ったばかりなのに、いきなり触るなんて最低です!」
「あ、いや……ごめん」
「分かればいいんです」そう言って彼女は目の前に正座で座った。
「あ、はぁ」
「で、あなたの名前は?」
「はい?」
「名前よナ・マ・エ」
 そう区切って言わなくても分かるが、何故名前を言わないとならんだ――あ、もしかしてユーザー登録ってやつか? 今後のシステム開発の参考にするからみたいな、そんな感じの? 俺はその手の登録はした事がない。さて、どうしたものか……まさか登録しないと使えないとか。
「どうしたの? 名前……忘れちゃった?」
「えっと、そう言うわけじゃないんだが……」
「ん~まっいっか。どのみちご主人様って呼んじゃうし」
「…………」
 だったら聞くなよなぁ。てか、何処までリアル対応なんだこの子は。
 ドールだよね?
「それじゃ、ご主人様。私の瞳を覗いて下さいますか?」
「え? ああ」
 俺は言われるがままに、リオの瞳を覗きこむ為に顔を近づけた。その距離は数センチ、あと一押しでキス出来る所まで接近した。
「そのまま、視線を逸らさないで下さいね」
「ああ」
 瞳を奥をジッと見詰めていると、細かな光が様々な方向に走っていた。
 ――綺麗だ。
「認証されました」
 認証? 何に? 軽く混乱してる俺にリオが唐突にキスしてきた。
「!!」唇も柔らけぇ。
「これで、私は名実共にご主人様のモノになりました。これから末永く宜しくお願いします」
「お、おぅ、こっちこそよろしく」
 軽くウィンクし微笑むリオ。
 可愛すぎるぜ。これが、ドールなんて信じられない。
 こうして、俺と地デジ内臓自立歩行型ドール・リオとの奇妙な生活が始まった。


 ――応用編へつづく。

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