Don't
語り手など存在しない。――全ては真実の物語
「……ねぇ、リグ」
「……どうした?」
「……お腹空いた」
「……そうだな」
「……足疲れた」
「……我慢しろ」
「……どのくらい歩いたのかな?」
「……さぁな。三、四時間くらいじゃないの?」
「……帰りたい」
「……まだ帰れないよ」
「なんで?」
「……言っただろ、二人だけの旅行だって」
「旅行なのにシグレ、水筒しか持ってないよ……?」
「偶にはいいだろ? 何も持たないで旅行したって」
「でも何か食べなきゃ、死んじゃうよ?」
「死なねぇよ、そのくらいで。いいから黙って付いて来い」
「……うん」
「ねぇ、リグ」
「どうした?」
「その……」
「なんだよ、言ってみろよ」
「……おしっこ」
「……ったく、見ねぇから、そっちの草むらでしてこいよ」
「……うん」
「……あ、でも待った」
「何……?」
「お前、拭くもの無いだろ?」
「……うん」
「……はぁ。じゃあ、これ使えよ。拭いたら捨てていいから」
「えっ、でもこれ……リグがお母さんから貰った、大事なハンカチでしょ?」
「いいんだよ、別に。――もう、要らねぇから。使えよ」
「いいの?」
「いいって言ってんだろ。早くしろよ、漏らすだろ?」
「シグレ、もう子供じゃないから漏らさないもん……」
「うるせぇ! いいから早くしてこい!」
「……うん」
「ねぇ、リグ」
「どうした?」
「……どこまで行くの? これ」
「……さっきも言ったろ。二人だけの、何も持たない旅行だって」
「まだ、着かないの?」
「もう少しだ」
「……休んじゃダメ?」
「ダメだ」
「……なんかね、シグレね、足疲れすぎて、チクチクするの」
「我慢しろ、もう少しだから」
「……足、壊れちゃう」
「壊れねぇよ」
「壊れちゃう!」
「壊れねぇよ!」
「……今日のリグ、怖い……」
「っ……シグレ……」
「なんで……? なんで急に、二人で旅行なの? お父さんとお母さんは? 一昨日から帰ってこないのなんで? 一昨日からリグ、ずっと怖い目してる。シグレ、何か悪いことした? 悪い子だから、お父さんとお母さんはいなくなっちゃったの? シグレ、みんなに嫌われちゃった?」
「お、おい、泣くな! 悪かった! 悪かったから!」
「ううっ……うえぇ……お父さんと、お母さんに会いたいよぉ……」
「分かった! じゃあ、少しそっちの木陰で休もう。 な?」
「ううっ、うん……」
「……落ち着いたか?」
「……うん」
「……大丈夫か?」
「……うん」
「……あのさ。お父さんと、お母さんだけどさ」
「……うん」
「……ふ、二人とも、交際記念日で、旅行に行ってるんだよ! あーあー、ズルイよなー」
「こーさいきねんび? ……それってなぁに?」
「交際記念日ってのはな? お父さんとお母さんが、初めて“大好きだよ”って言い合った日だよ」
「そーなの?」
「あぁ。よく夏には、結婚記念日って言って、みんなでケーキを食べるだろ? アレは、お父さんとお母さんが、結婚した日なのは分かるよな?」
「うん」
「そ、だから、お父さんとお母さんが結婚する前の話。一昨日は二人が、“大好きだよ”って初めて言えた日なんだよ」
「んー、でもなんで? シグレ、お父さんとお母さんにも、“大好きだよ”ってたくさん言ってるよ?」
「あー……まぁ、そうだなぁ。じゃあ、シグレがお父さんのことお母さんに初めて“大好きだよ”って言えた日が、シグレとお父さんとお母さんの、交際記念日だね」
「そっかぁ」
「……だからさ、二人だけ旅行するのはズルイよなぁって思って、俺達も旅行に行きたいなって思ったワケ」
「ふぅん、そっかぁ……」
「……お父さんとお母さんに会いたい?」
「うん……会いたい。だってシグレ、お父さんとお母さん、大好きだもん」
「……そっか。じゃあ、大好きならきっと、また会えるよ」
「ホント?」
「あぁ、ホントだ」
「えへへ……。シグレ、リグのことも、大好きだよ?」
「っ……シグレ……」
「あー! リグ、顔まっかっかー!」
「う、うるせぇよ! ただ暑いだけだ!」
「えへっ、じゃあ今日がシグレとリグの、こーさいきねんびだね!」
「……あぁ、そうだなぁ」
「この森ー?」
「あぁ。危ないから、手離すなよ?」
「うん!」
「……シグレ、覚えてるか?」
「んー? なぁに?」
「この森な? シグレが小さい時に、お父さんとお母さんと、みんなで来たんだよ?」
「んー、そうなの? シグレ、まだちっちゃかったから覚えてない……」
「そりゃそうだよなぁ。だって、シグレがこーのくらいちっちゃかった時だもの」
「そんなの覚えてないよぉー!」
「あははっ、そうだよなぁ」
「……あっ! ねぇ、リグリグ! あそこに何かあるよー?」
「あぁ。あそこが今日、行きたかった旅行の場所なんだ」
「そーなの? じゃあ、早くいこ!」
「おっきぃ石ー。なんか書いてあるよー? ……うー、難しくて分かんない……」
「……この石はね、俺達の家族にとって、とても大事な石なんだよ」
「そーなの? なんで?」
「それは……シグレがもっと大きくなったら教えてあげるよ」
「えー! やだやだ! 今知りたい!」
「今のシグレじゃ、分かんないよ」
「むぅー、リグの意地悪ー……」
「……なぁ、シグレ」
「んー? なぁに、リグ? ……ひゃっ、ちょっとぉ、急に後ろからギューしないでぇ!」
「ごめんごめん。ちょっと、ギューってしたくて。……シグレのこと、大好きだからさ」
「えー? えへへ、そうなのー?」
「あぁ。……シグレはさ、俺のこと、好き?」
「うん! 大好き!」
「……こんな俺でも、愛してくれるか?」
「? うんっ! あいすよ!」
「……そっか」
「……っ! ……ふぇ……?」
「……大丈夫、すぐ終わる」
「リ、リグ……せな、か……い……たい……」
「いいから、もう少し我慢しろ」
「うぅっ……リ……グ……」
「大丈夫、すぐ痛く無くなる」
「ぐっ……うぅ……お、にい……ちゃ……」
「……シグレ?」
「………」
「……本当に、ごめんよ。いいんだ、もう。お前が全て抱え込む必要なんて、無いんだよ。……ゆっくりおやすみ、シグレ」
「別に、助けてくれなんか、言わない。大切な人を生き返らせて欲しいとも言わない。ただ――ただ一つ。腐りきったこの世界が無くなるんだったら……もうそんなこと、どうでもよくなったんだ。
許して欲しいとも思わない。この世界から憎まれようが構わない。俺はただ――大切な家族を、守りたかっただけなんだ」
「――シグレ。今、いくよ」
――――――――――
「隊長! 発見しました!」
「……前聖女の墓石前とはまた、皮肉なものだな。で、状況は?」
「それが……」
「っ……死人に口無し、か。仕方あるまい」
「それじゃあ! この子達の母親は!?」
「彼女は、認められなかった。彼女がダメだった今、この世界で素質があったのはもう、この子だけだった。――この子だけが、我々の唯一の救いだった」
「どっ、どうしましょう!? これでは、ドゥ様に捧げられる、唯一の人間がもうっ……!」
「……やむを得まい」
「そんなっ! や……やだっ! 俺はまだっ……俺はまだ死にたくない!」
「騒ぐな。例えご遺体でも、聖女様の前だ。無礼な真似は許さん」
「そんなこと、もう言ってられないんですよ!? このままだと、この世界はもう……!」
「ふぅむ……」
「……俺はまだ、諦めません! 絶対に、生き延びてみせる! 何か方法はあるはずです!」
「……好きにしろ」
「……失礼します!」
「……部下のご無礼、お許しください。聖女様。そして、幼き子達よ――廃り行くこの世界と共に、どうか安らかにお眠りください」
「ふぅ……我々も、覚悟を決めなければならんな。――この子達、二人のように」
最後まで一読、ありがとございましたー!
語り部分を敢えて書かず、会話だけで物語を繰り広げる作品なんて面白そうだなぁと思い、今回書いてみました。いかがだったでしょうか?
因みに、筆者初めてのファンタジー作品になります。語り手がいないせいで、ほぼ会話からしか汲み取れない世界観をお楽しみ頂ければなぁと思い、初めて書かせて頂きました。
楽しんで頂けたでしょうか?
ブックマーク・感想・評価して頂ければ嬉しいです!
他にも連載小説など書いておりますので、そちらも閲覧して頂ければ幸いです!