それが恋だと知った。
見上げると、木漏れ日が顔に降り注ぐ。人通りの少ない歩道の脇。
瑞希は大学の敷地内に設けてあるベンチに心ここにあらずといった様子で座っていた。
「瑞希」
瑞希は顔を横向け、声をかけた人物を視認した。同じ学部で仲の良い佐野だ。
「一限、何サボってんだよ」
普段人通りが滅多にないこの場所。佐野は瑞希を探しに来たのだろうか。
「え? 一限終わったの」
佐野は脱力したように肩を落とした。そのまま、瑞希の横に腰かける。
「で、何悩んでんだ」
聡い友人だ。瑞樹は呟くように言った。
「ミキに告白された」
「え? 告白? で、ミキちゃんって誰」
何故ちゃん付けなのだろうと疑問に思う。
「幼馴染だよ」
「幼馴染! で、オーケーしたのか?」
首を横に振った。佐野は驚いたように声を上げる。
「何で! おまえいつもぼうっとしてんだからよ。女子から告白してくれたなら、まず受けろよ」
そう言う佐野は、常に女性の影が絶えない人物だ。瑞希と違い、話し上手で顔立ちがいい。
「違う。相手、男だから」
「え? だって、ミキちゃんだろ」
驚きの声を上げた佐野に、呆れた目を向けた。
「ミキちゃんって。三木本隆弘だよ。法学部の」
「ええ! 三木本ってあの?」
瑞希は頷いた。佐野が目をむくのも無理はない。三木本隆弘と言えば、この大学では有名な人物だ。学部で一二を争う秀才で、その上スポーツ万能。俗に言うイケメンの部類に入る。同学部はもちろん。他学部の女子からも人気の高い人物だ。
佐野は力が抜けたように、ベンチの背もたれに寄り掛かった。
「三木本モテんのに、女っ気ねぇと思ってたが。そうか、ホモだったのか」
「そっ。そんな直接的に言うなよ」
瑞希は頬を染めて、俯く。
「で、何でおまえが落ち込んでんだよ」
「ミキが、留学するんだ」
目を伏せ、そう告げた。佐野は黙って、瑞希に視線をよこす。
「だからその前に、俺に気持ち伝えたかったって。ダメなら、もう一緒には居られないって」
風が吹いた。木々がさざめき、音を立てる。
「でも、断った」
佐野は、少し前屈みになって、瑞希の顔を覗きこんだ。
「だって男同士だし、普通気持ち悪いだろ。おかしいだろ。でも、そう言ったら」
じゃあ、サヨナラだって。
瑞希はその言葉を口に出来なかった。
あの時のミキの顔が、脳裏に焼き付いている。
あの今にも崩れそうな。酷く、傷ついた顔。
そんな顔、させるつもりはなかったのに。
俺が傷つけた。
気持ち悪いなんて、本当は思ってなかった。ただ、驚いて。困惑して。
「後悔、してんのか」
ため息交じりの言葉に、瑞希は顔を上げた。
「男同士でもいいじゃん」
瑞樹は眉を寄せ、佐野を見る。
「ようは自分がどうしたいかだろ」
励まそうとするような佐野の言葉。
瑞希は力無い笑みを向けた。
「ま。三木本の気持ちも分からんでもない」
「え?」
瑞希は意味が掴めず、佐野を見つめる。
「おまえって、一緒にいると和むんだよ。癒し系っていうか。顔も可愛い部類だし」
「何それ」
瑞希は苦笑して、佐野から目を逸らした。
「あのままで良かったのに。友達だったら、ずっと一緒に居られた。何で告白なんか」
瑞希の心は重く、傷ついたミキの顔が浮かんでは消えた。
「辛かったんだろ、三木本も。ずっと、思いを隠してるのがさ」
佐野の声が風音と共に、耳に入った。
「男に告白しようってくらいだぜ。よっぽど煮詰まってたんだろ」
「そうなのかな」
「そうだろ。振ったこと後悔してんなら。もう一度、話し合ってみれば?」
肩に手を置かれ、顔を上げる。
瑞希は首を横に振った。ギュッと、膝上辺りで拳を握る。
「無理だよ。今朝アメリカに出発したから」
本当に、もうミキには会えないのだ。
ずっと、物心つく前から一緒に居たのに。
「え? でも……なあ瑞希」
肩に置かれた手に力を込められて、瑞希は佐野と見つめあう。
「なら、俺で試してみれば?」
「は?」
意味が掴めず、瞬く瑞希に彼は顔を近づけてくる。後に身を引こうとした動きは、手を掴まれて阻止された。
「男が大丈夫か試してみて、大丈夫なら追っかければいいじゃん」
「ま、待てって佐野。それ、おかしくないか?」
制止の声を上げ続けるが、佐野の顔がどんどん近づき、唇が触れそうな位置まできてしまった。突き飛ばせばいいはずなのに。動けない。
嫌だ。ミキ!
瑞希は目を瞑った。
不意に肩を掴んでいた佐野の手が離れた。どさりと大きな音が辺りに響く。
「な、何?」
慌てて目を開けると、地面に座り込んだ佐野と、こちらに背を向けて立っている男の姿が見える。
それは、良く見知った後ろ姿。
ここにはいる筈の無い人物。
「テメェ。瑞希に何しようとしてた!」
頬を押さた佐野と、拳を振り上げる男。
瑞希は慌てて、その男の腕に縋りついた。
「ミ、ミキ待って」
「瑞希」
名を呼んだのは、三木本隆弘その人だった。
「おまえも、何大人しくしてんだ。来い」
腕を掴まれ引っ張られる。荒い歩調のミキに引きずられるように歩く。そっと振り返ると、佐野が頬を押さえつつ、笑顔で手を振っているのが見えた。
先ほどよりもさらに人気の無い場所まで来ると、ミキは瑞樹を抱きしめた。
「何やってんだ馬鹿」
瑞希の身体から力が抜けた。
どうしてだろう。
怒鳴られたばかりなのに、すごく安心する。
「何でここに居るの? もう行ったと思ってた」
「飛行機おくらせた。おまえと、もう一度話したくて」
瑞希は、ミキの腕の中で頷く。
「俺、やっぱおまえが好きだ。気持ち悪いって言われても好きなんだ」
熱い思い。言葉。体温。
「お前を離したくない」
伝わって来る全てが、瑞希の心に沁みわたる。
ああ、好きだな。
そう思う。
離れるのが怖くて仕方ないのも、ミキの腕の中で安心するのも。
きっと、ミキが好きだから。
瑞希はそっとミキの背に腕を回して、力を込める。
「瑞希?」
「気持ち悪くない。たぶん俺も好きなんだ。おまえが」
「俺のは、友情じゃねぇぞ」
凄むような、ミキの声。
「分かってる。おまえに告白されてから色々考えた」
瑞希は上目使いでミキを見る。ミキが目を見開いた。
「ミキは勝手だ。俺の気持ちも考えずに、振られたらサヨナラって。そんなこと言うから、気づいちゃったんだろう」
離れたくない。
ずっと傍に居たい。
胸の中のこの気持ち。
これが、恋だということに。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
この作品は、第五回 5分企画 の『5分大祭』前祭用の投稿作になります。
たぶん、50作以上になるであろう大祭作品の中でも、BLに手を出す人はあまりいないだろうと思って書いてみました。BL書くぞと思って書いたのは、今作が初めてになります。
それに、恋愛を愛する物書きと、大祭の作者名簿にも書いていただいたことですし。
それにしても。
やっぱり5分って難しい。
前回同様。長くなりすぎて削る作業に時間がかかりました。
ああ、上手くならないなぁ。
もっといい感じに書けたらいいのにと、作品が仕上がるごとに毎回思います。
本祭用の作品も、ううん。
なんかすみません的な出来かもしれませんが。
自分では良く分からないので、いろいろ意見くださるとうれしいです。
ではでは。
また、お会いできることを祈って。
愛田美月でした。