#7 共犯者の簡単な作り方
【一日目】
「ここは一体、どこだ」目を覚ますと、正面にドアノブのない赤い分厚そうなドア、天井には小さな豆電球が一つだけあり、他には何もない、コンクリート打ちっ放しの部屋にいた。
「頭が痛いわ」横で寝ていたミサトが目を覚ました。言われてみれば僕も頭が痛い。手で触れてみると、たんこぶが出来ていた。少し出血したのか、触るとカサブタが貼られようとしているのが分かった。「こんなところで結構な間、寝ていたのか」
「寒いわ」ミサトが肩を震わせながら言った。唇が着ているシャツと同じ紫になっている。
「大丈夫かい、ミサト」
「うん、大丈夫。ケンジこそ大丈夫?」
「僕は平気だよ」精一杯の笑顔で返答したが、ミサトと同じように肩を震わせていたのでバレていたのだろう。ミサトは無理しちゃって、と苦笑しながら言った後、溜息交じりに呟いた。「なんで私たち、こんなところにいるんだろう」
【二日目】
「あ、これドアだったんだ。気付かなかった」ドアを見つけた。壁とほぼ同じ色をしていたから、全く気付かなかった。
僕ら二人は近眼で、普段は眼鏡をかけている。僕は黒縁で、彼女は赤縁の眼鏡だ。そのため大学のサークル仲間たちからは、眼鏡カップルと揶揄されるが、僕らは嫌ではなかった。共通点があっていいよね、と笑い合っていたぐらいだ。
今はその共通点がない。どこかで落としたか、僕らを閉じ込めた犯人に奪われてしまったのだろう。目覚めたとき、すでに眼鏡はなくなっていた。
昨日に引き続き、頭痛で横になっているミサトに呼びかける。「ドアを開けたら、トイレだったよ。ミサト行ってきなよ」
「あたしは後でいいよ。ケンジ、先にいっていいよ」正直、昨日からずっと尿意を我慢していたので先に行きたかったが、こんな時でもレディファーストの精神を怠らなかった。「いや、こんな時だからこそか」トイレに入り、ズボンのジッパーを下ろした。排尿を行っている途中、ふと上から風を感じる。顔を上げると、正方形の換気口があった。ほこりなどは付着しておらず、清潔な印象を受けた。男の自分には通れそうにないが、ミサトなら通れるかも知れない。
「ミサト、ちょっと来てくれ」ミサトは生返事をするだけで、動こうとしない。ジッパーを上げ、ミサトのほうに歩み寄る。
「おい、大丈夫かよ」ミサトはぐったりしながら、大丈夫大丈夫と寝言のようにしか言わない。額に触れると熱を帯びているのが、すぐに分かり、何か冷やすものはないかと探す。しかし、辺りには何もない。
「これ」ミサトが折れそうな声、折れそうな細い手を僕の前に差し出してきた。
その手には赤いハンカチが掴まれている。
「ちょっと待ってて、濡らしてくるから」即座にトイレに向かい、意地悪なほど少量の水が止め処なく流れている溝でハンカチを濡らした。
ミサトの方に返り、ハンカチをミサトの額に乗せ、「ちょっと汚いけど」
「ありがとう」ミサトは頬を赤らめていたが、それは照れたからなのか、熱のせいなのか分からなかった。セーターと、その上に羽織っていたジャケットを脱ぎ、セーターはミサトの下に敷き、ジャケットを寝ているミサトにかけた。ミサトはまた頬を赤く染めながら「ありがとう」と言った。
【三日目】
食事は一日に一回で、赤いドアの下部にある辛うじて御盆が通るくらいの覗き口から質素な味気ないパンが入れられてくる。食料はちょうど僕らが寝ている頃に運ばれてくるので、犯人は僕らを四六時中監視しているのだろう、と思い、この部屋の隅々まで、這い蹲って探したがカメラらしきものは見つからなかった。
【四日目】
ミサトの体調が回復してきた。食欲も出てきたのか、僕がパンを半分ちぎってあげると喜んで食べた。ミサトが健康になればいいとそれでいい、と思った。二人だから、こんな閉鎖的な環境に入れられてもあまり怖くなかった。
【十日目】
壁に正の字を書いて、日数を数えておくのも飽きてきた。いつここから出られるのだろうか。ミサトはまた体調を壊し、度々トイレに行っては嘔吐している。胃の中には吐くものがないらしく、胃液しか出ないらしい。背中をさすってあげると「ありがとう、ありがとう」と何度も言い、横になり眠っている。
自分の体よりもミサトの体が心配だ。僕らを監禁している犯人になにか薬を貰おうと思い、食料を運んでくる時がくるのを狙い、一日中寝ずにドアを見張ってみた。が、その日は食料が運ばれてこなかった。結局、薬はもらえなかった。
どうせ頼んだところで貰えはしないだろうけど。
【十一日目】
「体も壊れるのに飽きちゃったのかもね」ミサトの体調が劇的によくなった。嬉しきことだが、僕は少し疑問を抱いた。
「あれほどまでの酷い体調が睡眠だけで治るはずがない。栄養失調のほかにも症状が見られた」
ミサトは、でもまあ治ったのは事実だし、とあっけらかんとした顔で言った。
【十二日目】
今度は僕のほうが体調を崩した。熱っぽく、吐き気がする。こんな不衛生のところで、栄養価のない食事ばかりとっていたら体を壊すのは当たり前だろう。ミサトは僕がミサトに対してしたように、心配してくれたが、他人のことよりも自分のことのほうが大事なのかは分からないが、唯一の栄養源であるパンを多めにくれたりはしなかった。
「自分が必死であるように、ミサトだって必死なんだ」ミサトに対して不満を抱く自分が汚い人間に思えた。
「こんな状況だからこそ、しっかりしないとな」
【二十日目】
僕らの会話は日が経つにつれ、少なくなった。「大丈夫?」「うん」ぐらいなものであり、通勤時にすれ違う、知らない人と交わす挨拶よりも軽い。
トイレの水面に映る自分の顔はやつれきっていた。横で眠るミサトは自分よりも余裕のある顔に見える。それは裸眼だからかもしれないが、そう見えることは確かだった。
【二十九日目】
「もう限界だ」犯人が分かってしまってから、生きる気力は失われていった。明日、計画を実行しようと思う。この生活から早く抜け出したい。
【三十日目】
ミサトが目を覚ます前に、僕はミサトの首筋へと手を伸ばした。細く、力強く握れば簡単に折れてしまいそうな白い首を、ぎりぎりと締めた。ミサトは目を大きく開き、水槽の魚が餌を食べる時のように口を動かすだけだった。しばらくするとミサトは動かなくなり、体温は失われ、ただの肉の塊になった。「君が犯人だったんだろう」
僕が寝た隙に、トイレの換気口から抜け出し、この部屋に食事を運んでいた。あの小さな換気口から抜け出す事は小柄な女性のミサトなら可能なはずだ。
体調が崩れた時は、抜け出した際に薬を飲んでいたか、端から演技だったに違いない。「君はどうして、この部屋に僕を監禁しようと思ったんだい」すっかり、床のコンクリートと同じように冷たくなってしまったミサトに問いかけるが反応はない。
ミサトと過ごした思い出が、まるで映写機で映し出されたかのように頭の中で映し出されてきた。
その後、何度も肥大した罪悪感に押しつぶされたが、これからの自分の末路が分かっているいる為、なんとか持ちこたえることができた。
「監禁の理由は死後の世界で聞くことにしよう」犯人が死に二度と食料が運ばれてくることのない部屋で、僕は死を待つだけになった。
【百八日目】
なぜか僕はまだ生きている。生かされている。ありえてはならないことが起きたからだ。
ミサトを殺した翌日、目を覚ますといつものようにパンが御盆に乗せられ運ばれていた。その時点で自分の目を疑い、自分は正気なのか幻覚ではないかと疑った。
そしていつもと違う点がひとつ、あった。パンの横に、枯葉のようにくしゃくしゃにされた一枚の紙が置かれていたのだ。混乱しながらも、僕はその紙を手に取った。その紙には荒い文字で一言だけ書かれていた。
「これでお前も共犯者だ」
今、このドアが開いたとしても僕は外の世界には出ることはできない。どこに逃げればいいのかも分からない。誰に助けを求めればいいのかも分からない。
運ばれてくるパンを半分だけしか食べることができなかったのは、それでも生きていたいという事への罪悪感の表れなのだと思う。
―終―
作者の残念なツイッターは
こちら。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。