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「自称宇宙人の口説き方」を改題。
#47 自称宇宙人との遭遇(ノワール公園の一夜 A-SIDE)
「今日ずっといっしょにいて、分かってもらえたと…」
 彼女は一度言葉を切った。ううん、と惑うように首を横に振り、
「気付いたと思うけど。私、宇宙人なのね。それか、超能力者なの。私って変だから薄々気付いてたよね? 漆原(うるしばら)くんって敏感そうだし…」
 目の前が真っ暗になったり、困惑したり、ましてや取り乱したりはしなかった。
 あーあ外れ引いちまったな、と嘆息を漏らすだけだった。
「ごめんね。いきなりこんなこと言いだして」
「いや…別に」
 落ち着いた口調は努めたものでもなく、自然と舌の上を転がり落ちていった。視線も追うように下に落ちる。
 彼女について特別な感情は持ち合わせていなかったといえば嘘になる。大人しそうで、従順そうで、しかし時折見せる翳り──そしてその翳りが目下、深夜の暗闇と同化して滲み出た…。でもそれを受け入れてまで彼女をどうこうしたいか。
 馬鹿らしい。そこまでして、はっきり先の読める面倒に片足を突っ込んでまで、彼女を欲してはいなかった。なんとなくいいな、その程度の淡くいつ消えても不思議ではない恋未満の感情…。
結城(ゆうき)。一応聞くけど冗談だよな?」
「そうだね。冗談だったらいいよね」
「うん。冗談のほうがいいなあ、俺は」
「ごめん」
 謝られても困ってしまうし萎えてしまう。そうだ、この手の自分は周りとは違う〈何か〉だと思いたがる人種は悲観的なのだ。
 悲観的で、
 臆病で、
 理解されるのも理解するのも拒み、一人でせっせと創造した殻に閉じこもる。そこに敵意はない。有り体にいうなら他者に対する諦観だけが存在する。
「そっか。宇宙人だったか。いやいや気付かなかったよ、全然。まったくね…。いきなり深刻そうな顔して、何をいうかと思ったら」
 ははは、と笑ってみる。冗談には冗談を被せる。それが正解だと判断した。しかし、
「笑わないで」
 どうやら外してしまったらしい。彼女は冷めた一瞥をよこした。
「ごめん。そんなつもりはなかったんだけど」
「じゃあどんなつもり?」
 やけにつっかかるな。そっちが突飛なことを言いだしてこっちは困ってるというのに。できれば空欄にして提出したい問題に無理して答えを捻出したというのに。
 不機嫌になっているのを一語一語に含めて、
「だからごめんって。でも笑うしかないじゃん? 今日一日楽しくやってたのにさ。いきなり『私はウチュウジンです』とか言われたら。それも真顔で。冗談なら笑うし、冗談じゃないなら笑わない。でもさ…あれ?」
「冗談じゃないよ」
「そうかそうか。うん、冗談じゃないんだよね。そうだな、じゃあ真剣に聞いたほうがいいの?」
 自分でも馬鹿なことを言いだしたものだ。本当はさっさと帰って風呂に入って今日のことはちょっぴり不思議な思い出として床につきたい。明日になったら、友人に「いやー、まいったよ」なんて頭かきながら笑い話にしておしまい。
「できれば」
 彼女は呟いて、こくりと申し訳なさげに頷いた。
 どこかで犬が吠えた。
 曲げられたスプーンのような街頭がちかりと一度明滅した。
 自動販売機は唸り声みたいな機械音をたて続けた。
 それから公園はやけに静かになり、まるで彼女が話し出すのを待っているようだ。
「いいよ。聞くよ」
 話半分で。むしろそれ以下で。座っているベンチの木目でも数えながら。
「ありがとう」
 結城の血色不良ともいえるほど白い横顔が、ふっと暖かみを帯びた。もし触れたら乾燥した空気にも関係ない女性特有のもっちりとした肌触りがするのだろう。五分前ならムードにも流され、迷わずに触れていた。その先にも触れたくなって恥ずかしげもなく、熱い科白を囁いて恋に発展していたかもしれない。
 だが、それらの可能性は今やもう、ない。
 厭世的な人間と頭に悪影響を及ぼす電波を受信している人間に惹かれはしない。
「話していい? 大丈夫?」
 どうやら横顔をじっと眺めて硬直していたようだ。
「うん。話して」
 ふう、と彼女は息を吸い込んだ。決意がゆるがないようにか。あるいは話を創作するために頭をリセットさせるつもりか。
「私が…自分が、他の人とは違うって気付いたのはね、小学校ぐらいのころだったの。はじめはなんとなーくね。なんか私って人と上手く意志疎通できないな、なんて思ったのね」
 彼女は目にかかる前髪を払った。
「自分が口下手なのかな、って思ってお母さんに相談して、そしたら『本を読みなさい』って言われた。『本をいっぱい読んで、人といっぱい会話して、掴みなさい』って。いま思えば妙にはぐらかされちゃった感じだったかな」
 薄く笑いを挟む。
「それからいっぱい本を読んだ。童話も文学も。本だけじゃ足りなくて映画とかアニメも見た。でも、ダメだった」
「具体的にどういう風に?」
「一拍ずれてる感じなの。…空気が読めないってやつかな」
 場の雰囲気や言外の意味を掴めず、コミュニケーションを苦手とする人は多数いる。俺の人生にもそういうタイプの人間は掃いて捨てるほどいた。空気の読めない人間ってのは自分が他者からどう思われているか気付いていないから、永遠に空気が読めない。
 でも、彼女はそれに気付いてもなお、現状を打破できずにいた、ということなのか。
「空気が読めるようになりたかったの?」
「わからない。不安だったのは確か」
「なんだっけ。そんな病気あったろ、空気が読めない人には障害があって」
「アスペルガー症候群」
「そう、それだ。それなんじゃないのか?」
「違った」
 彼女はまだ薄い笑いを浮かべたまま、
「病院に行ったら先生は私の手を握って言ったわ『正常です』って。病気だったらよかったなんて言ったら実際に病気で悩んでる人たちから石を投げられちゃうだろうけどね。そのときは期待してたのかもしれない。自分が病気で、それをみんなに認めさせて…。困難があっても原因が判っていればどうにかなるかもしれないって」
「結局精神的なものなんだから他人には判んねーんだよ」
 ううん、と彼女は否定し、
「本当に違ったの。だってね、そのとき私、空気が読めたの」
「どういうこと?」
「病院の看護婦さんとかと普通に会話ができたの。ババ抜きみたいに流れが掴めて、どれを言おうかな、なんて言ってくるかな、ってある程度の予想がついて。びっくりしちゃった。会話ってこういうのなんだって感動して泣いちゃったもん」
 彼女は破顔し、恥ずかしそうに口元を手で隠した。
「あー、でも次の日、学校に行って、勇気出してクラスの人と話しかけてみて愕然としたわ。また上手く会話ができないようになってた。ショックだった。同じ立ち位置に戻っただけだったのに、たった一回、夢をみせられただけだったのね。それも忘れられない夢を。自転車の乗り方みたいに忘れることはない…」
 どういうことだよ。俺は混乱しつつあった。真剣に与太話を聞く気はなかったのに、いつのまにか彼女の半生に興味を禁じ得ず、サスペンスドラマの展開でも追っているような気分になっていた。
「騙されてたのよ」
 ふっと笑みが消え失せて、そこには俺の知っている翳りだけが残った。孤独の表情だ。他人を一歩ひいた所から眺めているような、俺が好きになりそうだった表情だ。
「医者も、お母さんも、みんな、一芝居打ってたってわけ。私に気付かせないために」
 すぐ気付くのにね…。
 そう、結城は呟いて割れそうにない夜空を仰いだ。そして、
「見てて」
 促されて俺は漠然と彼女の視線から紡がれる道をなぞった。
 ──夜空に星が流れた。
「綺麗だった?」
 まるで流星を予期していたかのように尋ねてきた。
「え? あ、うん…」
「なんとなく分かるんだ、こういうの。ちょっと自慢の第六感」
 へへへ、と彼女は照れ笑いをし、肩まで垂らした黒髪を手ぐしでといた。指先が濡れている気がした。
 今日一日、朝からそして今現在、夜が深まるまでいっしょにいた。隣を歩いていた。何も今日だけじゃない。大学で出逢って、いいな、って思って、静かで物腰が柔らかくて、でも他人とは一線ひいてて、ほとんど笑うことがない…。そんな風に思っていた。
 でも、実際は違った。
「学校で孤立して苦労したよ。かなりね」
「へぇ、どんな?」
「そこ聞くの?」
「聞かせてほしいな」
「失礼だね」
 棘のない薔薇のような口調で言い、
「そんなんじゃモテないよ?」
「別にモテたくて生きてるわけじゃないからね」
「…私は結構モテるよ」
 一時停止。俺は鼻白んでしまい、
 ──なぜか咽せた。
「ちょっと! 冗談じゃないんだよ? ちゃんと告白もされたし」
 俺は若干出かかった鼻水を手の甲で拭って、
「ど、どんな風に?」
 言葉尻がふつふつと沸く笑いで揺れてしまった。
「『トランペット吹いてる姿に惚れました』って。私、吹奏楽に入ってたから。友達はいなかったけど演奏ってしっかりパート分けされてるしちょうどよかったんだ」
「なんか卑猥な告白だな」
「だよね。丁重にお断りしたよ。年下だったし私の噂届いてなかったんだろうけど」
「まぁ、なんつーか結城は黙ってれば、その…」
「可愛いとか?」
「調子乗るな。まぁまぁだ、まぁまぁ。及第点そこそこ」
 結城は頬を膨らませて、俺の肩を軽く殴った。こうもイメージが変わってしまうものかよ。俺が昨日までは元より、昼間のデートまで見ていた知っていた結城はもういなかった。
 ひとつの創作(つくりばなし)によって、俺の知らない結城が、目の前に現われた。
 それはまさしく宇宙人のように不可思議な存在──。
「あー。信じてないでしょ」
 びくついて笑うのをやめた。
「本当なんだからね、告白されたの! しかも一人じゃないし。どっかの星の人からもアプローチ受けたんだよ? 昼休みに屋上で弁当食べてたら『お互い頑張ろう』とか音楽の話もいっぱいしたし」
「…お前それ別に告白じゃないだろ。日常会話だ」
 読心されたかと思った。
 ──宇宙人云々の話を信じていないのを。
「会話っていいよね。対話っていいよね」
 噛みしめるように彼女は言った。
「そうだな」
 じゃあなぜ。
 俺とはこうやって何の弊害も違和感も、ましてや投げられた言葉をぽとりとも落とさずに話せるんだ、結城。
 スムーズに、普通に、なんで話せるんだよ…結城。

「それは、漆原くんが私と限りなく近い生命体だから」

 結城はやにわに俺の手を握ってきた。俺は握り返しもせずに、彼女の顔を茫然と見つめ、
「───」
 俺は口に出さず(・・・・・)に返事をした。
「───」
「知ってるんだよ、漆原くんのことは。だから話したの」
「───」
「手を握れば判るよ、全部」
「───」
「本当、冗談だったら良かったよね」
 俺の心の問いに結城は正確に返答してみせた。
「どんな手品だ?」
 そう言って、握られた手を乱暴に振り払った。
「俺ってそんなに思ったことが明け透けに顔に出るタイプか?」
 彼女は振り払われた手を所在無げに、ぐぅーぱー、閉じたり開いたりしながら、
「手を握れば判るの。相手が何を思っているか、相手がなんて言おうとしてるか。手を握れさえすれば」
「へぇ、じゃあ」
 俺は彼女の両手をとって挟むように握った。
「俺は今、何を考えてる?」
「『うそつけバカ』」
「正解」
「『分からん分からん分からん分からん』……まだ言おうか? あ、もういいのね」
 それでもまだ俺は半信半疑だった。信じてしまうと、面倒事に片足を突っ込んでしまうのは明白。俺は彼女に惹かれつつあるが、しかし、それは彼女の創作が中々どうして感情移──。
「私を避けるのは当然だと思う。世間を忌避したくなるのも判るよ。自分が、頭のおかしい人間だって自覚しているからこそ…」
「俺は…」
「悩んでるんだよね。だから二年遅れで大学にも…」
「違わない」
「私も驚いたよ、昼に手を握ってきたとき。本当はね、今日きっぱりこっちは好意を持ってないって言おうと思ってたんだ」
 俺は何も言えない。
 どうせ、いや、そんなはずは。
「漆原くんのこと、多分好きだと思う」
 俺は彼女と目を合わせるのを拒んだ。
「でも私はほら、話した通り普通の人とはちょっと…ううん、だいぶ違うから…」
 悲しげに言う。握った手が震えている。ベンチ裏の茂みから音がする。犬が吠える。なんだ犬か。おい結城、犬がいるぞ、犬。ところでお前、犬と猫どっち派なの? 俺は猫派なんだよ。実家にな、ロッチっつーアホだけどまぁまぁ可愛い猫がいてな。って言っても今は姉貴が一人暮らしは寂しいからとかなんとか言いやがって連れて行ってもうかれこれ五年以上会ってないんだけどな。頭撫でてーな。猫の毛って柔らかくてすげーいいよな。
 で、お前はどっち派なの?
「…猫ぉ」
「そっか。一緒だな」
 俺は泣きだした結城の頭を撫でた。実に人間の、それも年頃の女性らしい気を遣った髪はまるで水を撫でてるようでロッチの毛とは比べられない。
 だって、こいつは人間だから。
 宇宙人なんかじゃないねぇから。
 見た目通りの人間。
 希有な存在なんかじゃないし、標本にされたり解剖されたりもしない。
 俺と同じ人間、人間、人間──。
「なぁ、お前と俺は限りなく近い生命体って言ったよな?」
 あえて口に出す。結城は俺の胸の中でちいさく頷く。
「でも俺、お前の心読めないよ」
 やおら結城は顔をあげた。紅潮してるわ、涙ぼろぼろだわ、で大変なことになっている。もし結城が化粧の濃い女だったら、俺は間違いなく頓狂な声をあげて逃げだしてる。はっはは。ブッサイクになっちま──。
 殴られると思った瞬間、
 唇を塞がれた。
 何事か、なんて白々しいことは考えなかった。気取っても彼女には意味がないらしい。何が俺の唇を塞いだかなんて、ずっと眺めていた想像していた期待していた感触であるのは間違いなかった。
 脳に直接パイプでも繋がれたみたいに、結城の考えている夢見てる求めている忘れかけている探している笑っている──殻に籠っていない感情が刹那的に俺の中に染み込んで抜け落ちそうで中々落ちなくてなんか危うい麗句みたいな、
 とどのつまり、気持ちいい。
 唇が離れたあと、しばらく俺はだらしなく口を半開きにしたまま、結城を思った。
 隣で自分を抱きしめるような恰好をして、さっきまで俺のと重なっていた唇を震わせる結城を思った。
 これ以上ないぐらいに結城を思った。遠くて近い彼女を。
「こうすれば自分の思考が他人に漏れるのか…」
「らしいね」
「らしいね、ってなんだよ。…あ、」
 俺はことさらに視線をそらす。
「お前、やっぱ変だよ」
「漆原くんも変だよ」
「あー、俺も変か。やっぱ俺も変なのかな」
「うん。相当変だよ」
 結城は泣きながら笑う。笑いながら泣く。こないだまで無感動な感じだったのに。昼に観た映画、俺はうるっとして泣きそうになってんのに、お前はむっつりしてて泣くに泣けなかった俺ってなんだったんだ。こんなことなら泣けばよかったよ。
「あれは」
「ん?」
「泣くの我慢してたの」
「あっそ」
 結城が自分を守ってるように組んでる腕を解いて、抱きしめてキスをした。ハーフコート越しでも結城のコースアウトしそうな鼓動が伝わる。たぶん、俺も同じくらい震えてる。
 ふたたび、結城の思考が、唇から脳に直結して流れ出てくる。気持ちいい。あの映画どこが良かったんだろうな。上映終わったら他の客ブーイング起こしてたのにな。なんであんなので俺達は感動したんだろう。
 俺達ふたりが変だからか?
 いや今はそんなつまらないことはいいんだ。ほっといていいんだ。
 いつかの悪夢も、
 死のうと悩んだ放課後も、いらない。
 結城とキスをして。はじめて女とキスをして。その瞬間に俺には不要なものが増えた。結城と対話を重ねていくのに不要なものは、これから棄てていくんだろう。
 遠くから近付いてくる足音が聞こえる。それもかなり早足。
 誰か来る。誰かに見られる。他人にのぞかれる。
 でも、知ったことか。
 公園で抱き合う男女なんて普通だろ。普通だ、普通。
 もし普通なことに驚く奴がいたら、そいつは変だ。

 俺は唇を重ねたまま、結城に語りかけた。
 結城は唇を重ねたまま、返事をした。


―終―
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