#4 特撮じゃねえ!
目を覚ますと、四肢の自由が奪われていた。おはよう、それよりも先に「どういうこと?」と無垢な子どもが親に尋ねるように問うた。
一応、自由を取り返そうと試みてみる。
まず、両手両足にぐるぐると巻かれているテープを剥がそうと、もがいてみた。無理だった。結果は分かっていたが。
そもそもこれはテープなのだろうか。この固さは、なにか別のものではないだろうか?
その、『別のもの』が何かと例を挙げようと考えるが、良い例は浮かばなかった。視界さえはっきりしていれば答案はすぐに手に入るのだが、顔には縁日でよく見かけるプラスチック製のお面のようなものが被せられている為、ほとんど視界も奪われていると言ってもいい。
私は辛うじて光が入ってくるぐらいの小さな覗き穴から辺りを確認してみる。何かが動いているのが分かった。聴力に頼ってみるとガサガサという何かを探るような音も聞こえてくる。
───この空間に私以外の何者かがいる。
私は勇気を振り絞るというより、滲み出すように叫ぶ。
「おい! そこにいるのは誰だ!」
声が裏返ってしまった。
「うっす」
笑いを堪えるような言葉が返ってきた。拍子抜けするほど軽やかな挨拶だった。声の低さで、男だと私は断定する。
「ちょっとお邪魔してます。すいませんね」
「お邪魔してますじゃねえよ!」さらに語調を強めながら、
「お邪魔してますじゃねえし!」同じことを二度続けて言ってしまう自分の語彙の貧弱に気落ちした。
「だからすいません、って言ってるじゃないッスか」
男はとうとう笑いを堪えることが出来なくなったのか、人の気も知らず吹きだした。下品な笑い方だ。
「何しにきた?」自分の眉が寄るのが分かる。
「空き巣ッスね」
いま何してる? という問いに「呼吸」と答えるような簡素な言い振りだ。
「俺いるじゃん! だからこれ空き巣じゃねえだろ!」
「正直、困ったッス」
照れたような声だった。ボリボリという音が聞こえてきたので、頭を掻いているのは安易に想像できた。
私は何を照れてるんだ、と声を荒げたくなったが、ぐっと堪える。冷静に対応して去ってもらおう、と考えたからだ。
「スタートで躓いちゃ拙いよね。今日は帰ったらどう?」
「そうッスね」
男は思案しているのか、少しの間黙り込んだ。私はこれは脈ありか? そんな期待を抱いたが、その期待もむなしく、
「でも今日はここでいいッスわ!」
今日の抱負が決定したかのような男の明るい声に、私の張りぼての冷静は簡単に崩されてしまった。
「ふざけんな! 出て行け!」さらに語調を強めて言う。「出て行け!」
さすがに二度目の落胆はかなりのものだったが、まだ怒りのほうが強かった。
「あんた面白いッスねえ」
男は感嘆ともとれる声を上げて笑った。
そもそも、なぜ自分はこのような状況に置かれているのだろうか。ハイビジョンとまではいかないが、そこそこの画質でこの状況に置かれる以前の自分の行動を思い返してみる。
───会社が終わって、同僚と酒を飲み十時に解散して、そのまま直帰して、
あ。ここだ。
簡単なことだった。酔った自分は戸締りを怠ってしまったのだ。玄関の鍵をかけた覚えがない。
「もしかして、玄関のドア開いてた?」
「戸締りはちゃんとしなきゃ駄目ッスよ、ほんと」男は電話をかけてきては小言を言う母親のような口振りで言った。「俺としては助かりましたけどね」
「助かりましたじゃねえだろうが!」自分の落ち度を嘆きながらも一応、男に対しては強気を保つ。
突如、男は笑い出し、
「つーか」と一拍置いた。「あんたなんて格好してんスか!」
下品な笑い声が四畳半の部屋に響いた。
「お前がさせたんだろうが!」そして語調を強める。今度こそはと意気込んで言う。「好きでやっへんじゃねえ!」噛んでしまい、顔が熱くなった。そして、無事に事が終わったら歯列を直そうと決心した。
「仮面ライダーのお面はないッスよ、マジで!」下品な笑いはマグヌス効果により揚力を受けた野球ボールのように伸びていった。
「これ仮面ライダーかよ!」
と言いつつも、仮面ライダーなら『まあ…そのあれだな』と悪かないな、そう思う自分がいるのが不思議で間抜けだ。
「じゃあお前は仮面ライダーの寝込みを襲った卑怯なショッカーだな」
「まあ本来、悪役は寝込みを襲うぐらい悪じゃないといけないッスよ」
男はとぼけたように答え、また聞いていると煩わしくなる笑い声をあげた。
「本物の仮面ライダーは戸締りをちゃんとすると思いますけどね、子どもの憧憬の的ッスから。だらしない生活はしてないでしょ」
私は素直に悔しく思った。
男が「んじゃ、そういうことでお疲れさん」まるで先に会社を上がる上司のように去っていった後、私は床を這いずり回り、どうにかして家を出た。かなりの時間を要したので、男が逃亡するには十分すぎただろう。
「だれか助けてくれえ!」と叫ぶと即座に隣人が助けにきてくれた。
隣人は演出じみた声で、
「大丈夫ですか? いったい何があったんですか!」
私は空き巣との会話が聞こえなかったのか? と疑問を抱くがすぐにそれは解消された。このアパートは狭い癖に、やたらとプライバシーには気を使い、防音だけはしっかりしていたのだった。あの空き巣はそれを前もって知っていたのだろう。だから、私の口を塞がなかったのだ。
隣人に縋るように、
「とりあえず警察を呼んでくれ、空き巣だ」と言うと隣人は、
「強盗じゃないんですか?」と戸惑った。
「盗られたものは?」
目の前に立つ制服を着た男はメモ帳を広げる。
「カードと現金三万です」
「犯人の顔は?」
私はお面を指差しながら、
「これのせいで見えませんでした」と苦笑する。
「そうですか、じゃあ何か特徴のようなものはありませんでしたか? 訛りだとか」警官は淡々と喋る。
「そうですね」私は今月の生活費を奪っていった憎き犯人を思い出す。
───言動。下品な笑い声。そして、仮面ライダーのお面。
思い巡らす内に笑いが込み上げ堪えきれず、うつむきがちに肩で笑った。
「どうしました? 何かありましたか?」肩を震わす私を心配するような柔らい声で警官問う。
「よく喋るショッカーでしたよ」
「はぁ?」
何が何やらといった表情をしながらも、警察はそれをメモ帳に刻んでいた。
翌日、朝刊の「強盗犯はショッカー!?」という見出しで私はショッカーのような下品な笑い声を上げた。
「悪は必ず捕まるんだぞ」
私は独り言を呟き、戸締りを何度も確認してから会社に向かった。
―終―
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