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#39「えっ」
 阿鼻川市の小じんまりした居酒屋にて、阿鼻川中学校第三十四卒業生の同窓会は開かれた。
 突然の集合の知らせにも関わらず参加したのは八割。余生を楽しむ年代、暇なのである。残りの二割は都合が悪く参加不可、返事すらなかった者は既にこの世にいないため現世の同窓会には参加不可。
「まさかお前がまだ生きてるなんてな」口周りに黒ひげを生やしたセイジは言った。「とっくに死んでると思ったが」
「悪いか」
「いいや、悪かねえさ」
 還暦を迎えた者による同窓会。人数が減っているがこれからもっと減っていくし、何十年も前の友人である一人ひとりのことを正確に記憶しているわけではない。そのせいか訃報を聞いても悲哀がわきにくい。
「俺が生きてるうちにお前の顔をまた拝めるとはな。長生きしてよかったってもんだ」
「そりゃよかった」俺は苦笑した。ありがたがられても困る。
 セイジはジョッキのビールを一口。「それにしてもお前老けたなあ」
「お前だって老けたじゃないか」セイジの目元には自分と同じようにくっきりとした皺がある。
「お前のほうが老けてるさ」
「なぜだ」
「お前の髭と髪の毛真っ白じゃねえか」
 むっ、と俺は押し黙った。確かに俺の毛髪は雪のような白である。
 そんな俺の顔を見てセイジは一通り哄笑してから言う。「じじいだ、じじい」
 哄笑は続く。
 俺はビールをぐびっと景気よく飲んでジョッキをテーブルに叩くように置いた。元クラスメイト一同の懐古の喧騒が一瞬ぴたりと止む。「あらぁ喧嘩?」「うわっ懐かしいわ。セイジくんたちよくやってたものね」「いいぞお。セイジやれやれー」「セイジくんファイトー!」「暴力はやめろよぉ。二人とももう若くねえんだからよぉ、下手したら死んじまうぞお」「そりゃ洒落になんねえな」「ぶはは」「あはは」
 嬌声に持ち上げられるようにして俺は立ち上がった。ほぼ同時にセイジも立ち上がった。
 仁王立ちで向かいあい交錯する視線は火花を散らしている。
「俺が老けてると言ったな、セイジ」
「おう、言った」
「毛が真っ白だからか」
「そうだ」
 力強く頷いたセイジに馬鹿め、と罵りたくなるが寸前で思いとどまる。
「ならこれでどうだ」俺は頭髪を鷲掴みして滑らせた。すなわち俺はカツラを取ったのである。
「えっ」
「どうだ」俺は頭に生える黒々(といっても一部は白髪だが)した髪をセイジに見せつけた。
 セイジは絶句したのち、くくくと笑いだした。
「なにがおかしい」
「変わってないな、お前」
「えっ」
「そういう茶目っ気のあるところ」
「えっ」
「お前は人をなめるような真似ばかりしてたからな。だれかに殺されたんじゃないかとヒヤヒヤしてたんだ」
「えっ」
「懐かしいなあ。お前はいつもそうやって俺を笑わせてくれた」
「えっ」
「どうしたさっきから」
「学生時代の俺は勤勉だった。そんな軽率な行動をした覚えは、ない」
「えっ」
「おい、セイジ。まさか…」
「ちょっと待てよ。じゃあ俺はだれと話して…」
 セイジは首をふる。「待て待て。お前の名前は?」
「おいおい。なんだそれは。失礼じゃないか」
「じゃ、じゃあせーので言おう」セイジは額に脂汗をうかべている。相当焦っているようだ。
 俺は頷いた。「せーの…」


 元は瑞々しい肌だったはずなのに現在は陰口の種が植えられた毛穴のせいかくすんでみえる女子に御酌をされながら俺は笑いが止まらなかった。
 しめしめ、セイジの奴め、見事に引っかかったぞ。
 せーのの合い図で奴と俺が口にした名前は見事に相違した。むろん、セイジが口にした名前は正解だった。俺は不謹慎だがこの場にも、そしてこの世にもいないクラスメイトの名前を借りたのだった。よって、合うはずがない。
 申し訳ない、と頭をたらしたセイジはその数分後にうなだれて飲んだ酒が悪く回り、部屋の隅で横になっている。その間抜けな寝顔たるやタヌキのようでこれがまた笑える。こうやってセイジを騙した青春を謳歌していた頃を思い出しそれを肴にして酒が進む。
「ねぇねぇ、どうやってセイジくんを謝らせたの? 急に黙っちゃって一人で酒浴びちゃって寝てるし」目尻をたらした女が訊いた。目尻がたれている原因は老いか、あるいは重力か。
「ふふふ。それはなあ…」言いかけた所で遮るように女子が数人わらわらと集まってきた。酔いがまわったか、または老眼のせいか視界がぼやけ全員同じ顔に見える。
「私も聞きたい聞きたい」「あたしもー」「セイジくんって強かったのにねえ。そのセイジくんを謝らせちゃうなんてねえ」
 口ぐちに質問の船を岸から俺へ流す女子一同。学生時代、女子にかこまれる経験などなかった。これはいい。すごくいい気分だ。酒がうまい。
 俺は酒を煽り饒舌に説明した。
「へえ、すごぉい」「そりゃセイジくん謝っちゃうわよねえ」「うんうん」「たしかに仕方ないわ」
 へへへと俺は得意げに笑った。酒を追加だ。今日は水のように飲めるぞ。
 酒を注文しようと店員を呼んだ。店員にビールの追加を頼んだ。その間、女子一同がなにやら不穏な空気をかもしながら俺をちらちらと見ていたのが気になった。
「ねえ」
「ん? どうした?」
「あなた…」と目尻をたらした女がぽつりと言った。──それが「せーの」の合図となった。
「タケシくんよね?」「マサルくんよね?」「マイケル・ラ・トラボルタ三世くんよね?」
「えっ」
 酔いが一気にさめてしまった。


―終―
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