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「中二でロックで三月へ」と同じ内容です。
#34 中二でロックでもうすぐ三月
 俺はロックンローラーになりたいんだ。ストラトを掻き鳴らして社会批判とか愛憎劇のメッセージ性の強い曲をステージで叫びたいんだ。合唱台の上で規則性のある指揮棒を見つめながら賛美歌を歌いたくなんかない。
 ロックンローラーになる為だったら俺は何だってする。
 あからさまに道に迷ってる婆さんを無視して古本屋で漫画を立ち読みするし、重い荷物を持って腰を曲げてる爺さんを無視してファミレスでデラックスパフェを一人で喰っちまう。俺はその覚悟がある。中学二年としてのプライドと共に俺には屈強なロック魂があるのだ。まずそれを証明するにはゆとり教育を嘲笑する事で優越感に浸っているだけの無能である団塊の世代への批判、ひいては社会風刺。マスコミへの挑発。
 俺ほどロックンローラーに向いてる人間はそういないだろう。
 しかし誰もその事を分かってくれない。誰も気付いちゃくれないんだ。
 誰でもいい。俺に安物でいい、贅沢は言わないから漫画雑誌のカラーページの通販に載っているアンプとギターのセットでもいい。俺に買い与えてくれ。俺にステージを用意してくれ。
 音楽室で俺がどんなに願おうと皆が皆口を開いては合唱だ。フォルテがどうだとかアルテがどうのとか。俺は思うね。俺には神の右テがあるからそんなのはどうだっていいって。俺はそう思いながらいつも歌っている。魂で歌っている。
小向(こむかい)クン、半音下がってるよ。しっかりして」
「あ、はい。すいません」
 うるせえ! そんなことはどうだっていいんだよ! 今すぐ叫んでやろうか! ファックユー! 生意気だぞ。たかが顧問の分際でフロントマンの俺に楯突くなんてよお!
 なんてまあ俺を苛立たせるドビュッシーオタクの古池(ふるいけ)の前で『月の光』をロック調にアレンジして歌ってやりたい衝動に駆られる。だが俺はなんとか思いとどまる。アレンジが湧かないからだ。俺が絶好調だったら今すぐにでも…。
 命拾いしたな古池。
 俺は「ククク…」という下衆な笑いが出そうになるのを必死に堪えながら古池の横顔を凝視する。微妙な長さのもみあげが癪に障る。剃り落せ、命請いの代わりとして剃り落せ。フレディ・マーキュリーを見習え、フレディを。フレディを崇拝しろ!
 今思えば俺がこうも絶え間なく、サザエさんを見終えた後に襲う月曜日の存在を感じる時のような鬱屈気分なのは学校に軽音楽部がないからだろう。軽音楽部さえあれば俺は満足だったのに。学校の不手際が俺を憂鬱にさせるんだ。だが逆説的に考えるとこの逆境こそが俺のロック魂を業火のごとく赤く高らかに燃え上がらせたのだとも俺は認めている。俺は利口だからな。
「なんで軽音楽部がないんですか?」俺は入学して三日で担任を困らせた。担任のあの時の顔ときたらぶん殴ってやりたくなるものだった。あー、はいはいという白けた顔。死ねばいいのに。ピックに頭をぶつけて死ねばいいのに。
「必要ないからだよ」ボールペンをくるくるとあたかもそのまま回していればいつか浮上していくかのように弄びながら担任は言った。ファック! 必要だろうが! 俺は怒鳴ろうとしたが流石に入学三日でしかも義務教育の下でいざこざを起こすのは気が引けた。俺は俺なりにこの怒りのぶつけ方を模索した。結果俺はその日の帰りに駄菓子屋で十円ガムを百円分も万引きした。…ロックだ。
 盗んだ十円ガムを土手でくっちゃくっちゃと何百回も味がなくなってもなお噛み続けながら思考を巡らせた。ピンクだった十円ガムが舌に色をうつしきって真白になった頃、俺のリビドーと破壊ですっかり混雑した脳みそを駆使して俺はしっかりとした答えを導き出す事に成功した。
 ──合唱部を乗っ取る。
 俺は決意した。そして奮起した。おまけに吠えた。言葉にならない思いを吠えた。吠えすぎて喉を痛めたが吠え続けた。血の味がした。これはまさしくロックだった。その日俺は案外宙ぶらりんだった自分はロックンローラーになるという運命が明確なものになった気がした。
 翌日、俺は合唱部に走り書きの入部届けを提出した。入部理由には「ROCK!」とだけ素晴らしく端的に書いた。顧問の古池はそこを読むなり鼻で笑っていた。まただ。あー、はいはいという白けた顔だ。ファック! その潰れた鼻にレスポールをぶつけてやろうか!、などとは俺は思わなかった。いたって冷静に、よろしくお願いしますと(こうべ)をたらした。しかしこれは従順な飼い犬になったのではない。飼い犬に手を噛まれるこの教師の顔を拝みたくなったから牙を隠した──それだけだ。その時俺は己の利口な音楽性を感じざるを得なかった。
「小向クン、真面目にしてくれよ。私の指揮をちゃんと見てくれ」
「あ、はい。すいません」
 入部してそろそろ二年が経とうとしている。だが、俺の目標はまだ達成されていない。合唱部を軽音楽部にして音楽室いっぱいに機材を持ち込み、優良な機材に囲まれた中でバンド仲間と、
「やっぱインディーズだべな。メジャー契約なんかしちまう腐抜けのバンドなんてロックじゃねえべな。お遊戯だべな。安泰を手に入れたロッカーなんてただの会社員だべ」
「ふむふむ。確かに確かに」
「あと色恋歌うような奴らもロックじゃねえべ。ありゃJ─POPだべ」
「そうだそうだ。曲の構成が同じでマンネリのコード進行。ボーカルが違うってだけだ」
「カラオケだな」
「カラオケだ」
「カラオケなんて格好悪いな」
「悪い悪い」とラッキーストライクをふかしながら語り合うという偉大な目標が!
 ぐむむむむむむ…。
 俺は歯軋りしながら古池の横顔──もみあげを重点的に眺めながらどうすればいい、どうすればいいと頭を回転させる。その間、トム・ヨークとギャラガー兄弟がにらめっこをしているアイキャッチ。トム・ヨークが鼻の穴を広げてノエルを失笑させたその瞬間──
 ピキューン!
 ひらめいた。俺は一日にして合唱部をロックロックロックロックにしてしまう案をひらめいた。悪魔の氷をも溶かす業火の脳でひらめいてしまった。
 俺は「ククク…」という下衆な笑いが出るのを堪え切れずに合唱台の上で肩を震わせた。そんな俺を見て声はソプラノ、顔はメイクイーンの女数人がこそこそと何か囁いている。ファック! レイプすっぞ!
 ドウドウドウドウ。落ち着け俺。周りの声などに騙されるな。お前はお前の叫びだけを聞け、信じろ、掻き鳴らせばいい。
 俺の決意は揺るぎない。
 今回ばかしは揺るぎない。
 来たる三月の合唱コンクール。ラストデイ。音程など無視して指揮など無視して、しゃらくせえとばかりに俺は叫ぶ。俺は賛美歌を全身でロックにしてやる。歪んだ欲望と狂ったチューニング。混沌とした優越。思慮深き思惑。それらをすべてエネルギーに変換して叫ぶ。
 合唱なんてやってられるか! 俺はやるぞ、やるったらやる! 俺が合唱コンクールを滅茶苦茶に蹂躙したらステージを見て胸打たれるまだ目覚めていないロックンローラーの卵たちが俺を慕うはずなんだ。そしたら俺の勝利! 合唱部につめかけるロック・エッグ達! カモンカモン、お前ら全員にアイラブユー!
 完璧だ。こうなったらもうこの練習には意味がない。今までも意味がなかったが暇つぶしぐらいにはなっていた。しかし決意をした俺にとっては今やこの時間はただの虚無。あるいは時間の浪費。
「ククク…」
 最高だ。阿鼻叫喚のコンクールを想像したら笑いが止まらなくなっちまった。
 ククク…。ククク…。ククク…。
 お前らみんなおしまいだよ! お前らの賛美歌は薄汚れたドブネズミのような美しさに犯される運命なのだ! 見せてくれよな。飼い犬に噛まれて、「オーマイゴッド!」と頭を抱え苦しむとっておきのバッドエンドを! そしてしかと見よ。あたらしいストーリーのスタートを! ストーリーテラーはこの俺だ! この素晴らしき陰鬱なるマイナー曲を奏でるバンドのフロントマンはこの俺だ!
「小向クン、いい加減にしてくれよ。皆が合唱コンクールに向けてモチベーションをあげていきたい大事な時期なんだから。そんなにやる気がないならやめてくれても構わないんだよ? ただでさえ君のパートは他にもなりたい人がいるんだから」
「あ、はい。すいません。ちょっとぼーっとしてました……」
 …ええ、ああ。もう少しだけ練習に付き合ってやるか。
 と、とにかく待ってろよ…合唱コンクール!


―終―
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