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#32 ハレヤカナミライ
 占いは宗教と似ている。それと天気予報もだ。
 ということは占い師と宗教家、天気予報師は親戚みたいな位置関係だと言える。
 心の拠り所を求め彷徨う、弱った人間にたいして最もそれらしい便利な言葉を吐き、信じ込ませる。占い師と宗教家の目的は同じなのだ。
 弱った人間は、本当に弱った人間は自分でその状況を打破しようなど愚かな真似はしない。弱った自分を他人を、それこそ自慢に近い形で大らかな態度で披露して救いの手を求める。『溺れる者は藁をも掴む』という言葉の通りに、そこが正しいのかというのを追及、または言及する前に信じ込んでしまう。
 その習性につけ込むのが、私のような占い師だ。
 ペテンだなんだと嘲笑される場合が偶にあるが、それは間違いだ。──間違いになる。
 信者にとってはそれが正しい、間違いは藁を掴んだとき既に別次元の問題になっているため、それ以外の事柄など放棄して吸収する。
 黒を白、白を黒、だと言われれば、そうなんだ間違いないと思わなければならない。それが自分に与えられた使命であるかのように。
 天気予報が外れた際に、天気予報師を愚弄し、毒づく人間を見掛ける度に悲哀の念を抱く。信じた責務だけは放棄してはならないという当たり前の事になぜ付かないのだろうか。
「すいません、今いいですか」
 野暮ったいウインドパーカーをまとった男がなぜか申し訳なさそうに立っていた。
「どうぞ」
 おかけになってください、という意味合いを込めた視線をパイプ椅子に向けると男は「すいません」と繰り返し腰をおろした。
「えっと」
 比較的広めの男の肩は濡れていた。水をはじく素材のウインドパーカーでなければ染みになっていただろう。
 刺すように降る雨の中でもお構いなしに、雑居ビル群に囲まれた駅前で『あなたを占います』とだけ書かれた看板を出しただけでテーブルもない、ライトもない、ただ向かい合わせにパイプ椅子を置いただけの占い屋にくるもの好きは結構多い。弱った人間は雨に出かける習性がある。なぜなら雨は大多数の人間に不快な思いを与え、弱った人間に近い状態にするからだ。湿気で前髪がはねる、化粧のりが悪い。など上げればキリがない。人は些細な出来事で簡単に、弱る。
「いいですか?」まるで餌を前に待ったをされた子犬のような目をして男は言った。
「どうぞ」
「あのでも、やっぱり」
 話す気でいるのにためらう振りをする男を見ながら私は男が求めているであろう眩しい保障を投げる。「もちろん、ここで聞いたお話は他言しません」
「そうですか」
「ええ、職業柄もらすと大変な事態になるようなお話もよく聞きます。でも一度としてそれを他言するなどという好奇心に任せた真似はしていません」
「なら…」
 男は安心したのか、ほっと息をついて、ここでようやく気付いたのか肩についた水滴を手で払った。
「昨日、五年付き合ってた彼女と別れたんですよ」
 相槌もいれず無言で促す。
「今日から、ちょうど一週間前にプロポーズして。どしゃ降りでムードぶち壊しの公園なんかでプロポーズしたせいか『考えさせて』なんて言われまして。一週間の間、生きた心地がしませんでした。ずっとドキドキ、ドキドキしててどうしようどうしよう断られたらどうしようなんてそわそわ、そわそわしてました」
「それで」
「はい。昨日が約束の日で。…まあ最初に言った通り、はい。残念です」
 唇を噛みしめながら男は視線を落とした。落とした視線の先にはぐちょぐちょに湿った皮靴しかない。
「なるほど。…それで、今日はどのような用件で?」
 男はゆっくり顔をあげて、下手な照れ笑いをうかべつつ「彼女を追うべき、あきらめるべきかを」と言いにくそうに答えた。
 重大な選択に限って、人はその選択を他人に任せたがる。もしその選択が間違った結末を生んだ場合、その責任を他人におしつけて被害者面できるからだ。それはこの男もそうだった。そして、先日の女も。少なくともここに来るような人間は皆そうだった。
「選択は自分ですべきですよ」
「わかってます、わかってるんですけど。なんというか踏ん切りというか、決意というか、背中を押されればな、なんて…」
 既に男の中で、答えはでているようである。
「追うべきです」きっぱりと断言した。
「そうですか…」
「ただじっとして失った事を嘆くより、追ってから失った事に気付く事の方が美しいでしょう? 嘆くのはそれからでも可能です。いずれ不可能になってしまう事は不可能になる前にすべきです」
 男は両目をじんわりとしながら、私の冷えた手を握った。同じように冷えた男の指紋の感触が手の甲を這う。
「そうですよね、やっぱり、そうですよね」
「私はあなたの味方でも敵でもありません。中立的立場からだからこそ、あなたを最善の行動に導ける」
 小刻みに頷く男の手をやんわりと払う。男はすいませんと慌てて、手を膝の上に置いた。
「でもね。私ができるのは手を引いて導くだけ。『ここよ』と指さすだけ。そこから歩みだす、それを信じて前に進むかは当人次第」
「僕は…」
「あなた次第」
「僕は…」
 男はパイプ椅子をがしゃんと後ろに倒す勢いで立ちあがった。「いきます」
「追いかけるのね」
「あなたの言葉を信じます」
 愚直なほど素直な男の弱気な心の隙間に入り込むのに成功した。
「ええ、好きにしなさい」投げやりに呟いた。でも私は私の言葉の責任を放棄するつもりはない。この状況にオーガズムを感じ、身悶えしそうな衝動さえある。
 男は力強い目を私に向けてから、デニムのポケットからくしゃくしゃに折れ曲がって歪な笑顔をしているかのような福沢諭吉が印刷された紙幣を取り出して、私の生命線だけが異常に長い手の平に握らせた。
 そして、男は去って行った。傘もささずに去っていく男の背は、雨を意識していないように見えた。雨などにかまっていられるか、と傲慢な態度にも見える。
 男が握らせた紙幣をできるだけまっすぐになるように引っ張りながら先日ここを訪れた女も同じようにぐしゃぐしゃな紙幣を握らせたな、と思い返した。傘もささずに来たあの女も同じように結婚の話をしていた。内容ははっきりとは覚えていない。だが自分はあの女にも最善の道をあたえたはずだ。弱った人間に、弱った言葉など必要ない。それらしい前向きな道が最善になる。
 この町はいい…。
 見上げるとそこには雨雲すらなかった。蜘蛛の巣が張ってある駅前の天井だけ。
 荒んだ町には長居できない。それだけ責任が大きくなるからだ。大きな責任は抱えすぎるとやっかいだ。この町ぐらいちっぽけな悩みを抱えた人間だらけの町が一番仕事をしやすい。
 駅の中にある大型テレビには「有罪判決です! 有罪です!」と記者が騒いでいる模様が映し出されている。例の宗教家が逮捕されたらしい。その責任を今度とらされるようだ。
───占い師と宗教家は似ていないのかもしれない。
 宗教は人間の人生に干渉しすぎている。せっかく埋めた隙間を広げるような行為をしてしまうときがある。そうして広がった隙間に、それらしい言葉を埋めて──いつしか支配しようする。
 占い師は違う。
 導き役に徹して、かろうじて記憶の断片に残るか残らないかの謙虚さがある。
 占いと運命は連ならない。という可能性を私は心のどこかで持ちつつ訪れる迷える人たちを導いている。
 だから、重んじるはずの責任が、軽く思えてしまっているようだ。…私は愚かだ。
 そう考えると天気予報師だけが高尚な存在なのか。
 天気予報師は人々に安心感を与えている。日々、責任を全うしている。仮に失敗を犯したとしても信じている者たちも薄々はその失敗を予測していて、許すのを決めている。
 何より天気は、宗教も占いも立ち向かう事ができない難題だ。決して変えたり、導いたり、思い通りに操ったり、そのような挑戦挑もうとも思わない。勝機が見えない。
 それに日々立ち向かう天気予報師は…。
 今日は店じまいしようとパイプ椅子を畳む。濡れたパイプ椅子の脚をタオルで拭く。
 先を急ぐ雑踏に無視されながらもテレビでは噂をすればなんとやらで天気予報師が明日の天気を告げる。
『明日は快晴となるでしょう』
 こんな敵意すら感じる暗雲の今日を見てもなお、明るい未来を見据える天気予報師は、やはり偉大だ。
 明日もし晴れたら。
 明日がもしも雲一つない快晴だったら。
 私は占い師をやめようかな、こんなあこぎな商売は畳もうか。それもいいかもしれない、どうしようか。
 誰かにこの選択を任せたくなった。
 天気は素人目でも分かるぐらい順調に悪化していった。これから天気と私の運命はどう転ぶのやら…。
 


―終―
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