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#31 乱暴、淑やかに、マグロ。
 乱暴な性行為には愛を感じない、こんな軽口を叩ける人間は一体どんな性行為を行っているのか興味があった。昨日参考資料として「(しと)やかにして。」というタイトルのアダルトビデオを黄色のレンタルショップで借りて深夜に鑑賞してみたが、それはどう見ても乱暴で、失望すると同時にやはりなという確信を得てしまった。
 交際を始めて半年になる彼女にこの事を話すと、気を悪くしたのかだんまりを返された。
 彼女との性行為は乱暴そのもので、でもそれは格闘技だとかの荒いスポーツの括りというよりも、儀式といったほうがいいと思う。神聖な儀式…とは言い難く、とぼけて表記するなら真性な儀式だ。
 真昼間の公園の草むらでいそいそと自慰を行うような感覚で、自己嫌悪、照明を唐突に消された恐怖。それらを武器として使用して相手を貶す性行為。彼女とはそんな交わりを連日続けている。
 とべます、とびます、いきます、いけます…。胸にぐりぐりと鉛筆の先を刺す虚無感と彼女の冷たい視線を感じる度に、肩と舌と震える。「そんなに乱暴でひゅうか」
 昨夜見た「淑やかにして。」の映像テープを引き延ばすように無理やり呼び起こす。はじめこそ淑やかだった割と美人な黒髪女優が男優が指先、足先、唇に触れていくと一本一本理性の螺子が勢いよく飛んでいき、終盤では顔面がゆがみに歪み見てられない様で身悶え、それは淑やかなどとはほど遠く、どんな薬使えばそんなに『狂う』になれるんですか?、なんて巻頭五十ページの特集インタビューを組みたくなる姿だった。率直にのべると関心した。そして羨ましくも思った。自分の彼女が見せる堅い表情との違いに愕然ともした。
「乱暴だったか」
 固まった彼女の肩を揺らし、「俺を見ろよ」と声を荒げた。「しっかりと、その目で、俺を見ろ、見てくれ。どうだ? どうなんだ?」
 だんまりを決め込む彼女に苛立つ気持ちを抑えようとベッドに拳を落とした。ベッドに敷かれた白いシーツが歪む。「もう終わりだな。半年もよくもったもんだ」
 ここでやっと彼女が返事をするように息を吐いた。よわよわしく酸素が洩れる。
 乱雑な気分に不自然なカバーをかけて話を続ける。「こんなときだって何も言わないんだね」
 彼女が「私、乱暴な性行為には愛を感じないの」なんて陳腐な言葉を吐いてくれればよかった。そうすれば互いに言い合ってやり合ってすっぱりと別れることができるのだから…。
───気付いた時には、彼女を足蹴にしていた。苛立ちが、焦燥が、血となって足に集中しているのが分かる。
 肉体が凹む音が耳を侵す。乱暴な音を発している彼女を見下ろすような形で何度も、何度も蹴りながら、時には踏みつけながら涙腺が緩んでいることを意識してしまった。自覚してしまってはもう遅い、あとはもう涙腺が崩壊するのを待つだけになる。
 淑やかに、とぶように、いくように。身を縮こまらせた彼女のマグロのように艶々としたビニール製の体を畳む。半年間、全力で乱暴されてボロボロになって所々ガムテープで補正した体。
 目をシャツの袖で拭い、目を細めカレンダーの日付を確認した。「明日だな…」
 明日は不燃物の日だ。
 だから、明日は彼女との別れの日となる。最後ぐらいは淑やかにバイバイしよう。


―終―
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