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#27 それでも米を炊く
〈朝〉
 やる気がない。
 今日はいけるか、今日こそは、と毎朝雀との会話で思うが毎朝自分に失望する結果を迎える。
 繰り返される日常の中でまどろみ、また繰り返す。非凡性とはかけ離れた温和な暮らし。
 朝、パンを焼く度に何故か学生時代を思い出す。ぱっとしない学生時代だ。このときからもう僕の普遍性的な人生は始まっていた。当人は其のことに気付いてはいなかった。その証拠にギターを買ったりしたのだ。文化祭で大勢の生徒の前でライブする空想に溺れた。なぜ空想なのかと簡潔に述べるとギターはGコードを覚えてなげた。
 ──「滑稽」その言葉がふさわしい。
 チンッ、という軽快な音が響いた。パンが焼けたようだ。
「精神科にでも行くか」呟きながら焼けたパンにジャムを塗る。平たく伸びていく真赤なジャムが今日も残念でならない。だって真赤な外見をしているくせにこいつはブルーベリーの味なのだ。僕は偽られるのが嫌い。だって痛くなるではないか。「騙されったー」と軽く頭を小突きつつ本当は苦しい。
 つけっぱなしのテレビでは昨今の悪しき流行の偽装問題のことを取り上げている。「てめぇらもジャムと同じだな」と唾を吐きたくなった。もちろん報道陣にもだ。「てめぇら威張って『悪者』を報道しているがその『悪者』がいなくなったらパン一枚食べられないんだろうが。感謝しろよ屑どもめ」
 などと、心境は荒みきっているが、外面は善良な市民そのもの──だと自負している。その裏付けになるかは解らないが、手を震わせずにしなやかな手付きでパンにジャムをべったりとを塗っています。来たるべき裁判の為に写真でも撮っておこうかと思う。「裁判なんてありえないのにな」あひっと気味の悪い笑いが出た。
 パンを食べきるとテレビを消し、今日も今日とて会社へと向かった。
 歯磨きは夜寝る前だけでいい。


〈夜〉
 疲れた。
 今日も想定通りの疲労を感じた。想定通りでも疲れは疲れであって、それは不可避なわけだ。撃たれる!、逃げないと!、と頭で理解していても零距離射撃を避けることができますか?
 答えは「NO!」
 断じて「NO!」
 仮に僕が伝説の中国拳法の使い手でも、
「ノ、NO…。NOだ、NO! …多分」
 死にたい。こう思うことが多々ある。過剰だと言ってもいいのかもしれない。三秒に一度は死にたくなる。「自殺」という文字が脳内の電光掲示板にちらつく。これでもかと虐めのように陰湿な現れ方をする。
 (かぶり)を降る。しっかりしろ。正気を保て。
 ソファになだれるように座り、だらりと脚を伸ばす。「落ち着く」
 テレビの電源を入れると、心が安らいだ瞬間を狙い澄ましたようにクリスマス特集をやっていた。まだクリスマスまで一週間以上あるというのに飽きずによくもまあ毎年毎年。無駄に苛立つ。
 ザッピングをするがどこもかしこもコピーしているかのようにクリスマス特集クリスマス特集クリスマス特集だった。溜息をつき静かにテレビの電源を切った。
「くそ…」
 ソファに拳を落とした。無情な音が短く鳴った。
 天井を見上げながら漠然と考える。恋愛したり結婚したりすれば、こんな風にもどかしい思いは抱かないのだろうか、と。
 引き続き天井を見上げながら慎重に考える。恋愛をしている自分、結婚をしている自分…。浮かぶ映像の自分は今よりももっと疲れた顔をしていた。
「これが現実か…」注意これは想像です、というテロップが表示された。脳内で。
 いっそ死んでしまおうか。
 またも例の尻軽な自殺願望がひょいひょいと姿を現した。
「よお」
「おっす」
「また死にたくなっちまった」
「だと思った」
「どうすればいいんだ」
「死ねばいいんじゃね」
「あ、そう…」脳内会議終了──。
 あああ、と意味のない空虚な言葉を漏らしうな垂れていると、ふとある言葉を思い出した。
『死ぬ気になったら何やってもいい──』
 ある犯罪者がこう言って笑っていた。これこそが心理、だと笑っていた。はじめてそれを聞いたときは「そんなわけないだろ」と呆れ返ったが、今ではその言葉がしっくり(・・・・)くる。妙に、刺さる。
 失うものがない立場や未練がない人間にとって余生や「これから」など眼中になく、それならばと投げやりになるのはおかしなことではない。それはまぎれもなく正常。
「犯罪者に共感か…」
 まいったな、と頭を抱えた。
 僕には失うものがあるし未練も存分にあるじゃないか。
 でもこの鬱屈とした思いは消えないままだ。毎日毎日、毎分毎分、うろうろとつきまとってくる。
 物事に成功すればこの思いは容易く一蹴されだろう。しかしそんな希望的観測は無意味だとわかっている。自分が成功などということから程遠い存在だということも。
 ああだこうだと思考を巡らせていると、鈍く腹の虫が鳴いた。
「こんなときぐらい我慢しろよ。ナーバスな気分を壊すな」自分自身に八つ当たりをかました。
「ったく…」
 まったく参るな、と思いながら立ち上がり、だらついた足取りでキッチンへ向かう。
 でかでかと無洗米と書かれた袋から米を一合分だけ取り出し、一人暮らしにぴったりの二合炊きの炊飯器に水といっしょに入れた。
「死にたいな…」
 そう呟いた後、炊飯器のボタンを押した。
 ピッ、という無機質な音が響いた。


―終―
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