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トランペット[かける]エレファント
#22 トランペット×エレファント
 僕が例の女の子にはじめて見惚れてしまい、足にアイスピックを刺されたみたく身動きがとれなくなったのは秋の日だった。
 彼女のことについて知っていることは同じ中学校だということぐらいで、ほかには何もない。…本当に何もない。
 そんなことを考えながらの帰宅途中、車道を横切ろうとして轢かれそうになった黒猫が彼女に見えて僕は身を乗り出してしまった。ああ!、と口走ってしまった。
 黒猫は危機感をまったく感じていないような飄々とした振る舞いで、足取り軽く去っていった。僕には『無事』だということに喜ぶ余裕もなかった。頭の中でちらっとだけ見ただけなのに熱く焼き付いてしまった彼女の顔が何度も何度も、ちらちらと、いやそれはもうちらちらなんてこそこそとしたものじゃなくて、どかどかとしている。どかどかと土足で走り回っている。
 不意にアスファルトを大根おろしで擦るような甲高い音が耳を襲った。「あぶねぇぞ!」同時に野太い中年男性の声もだ。
 ぼーっとした頭で足をふらつかせた僕は車道に飛び出していて轢かれそうになった。
 いっそ轢いてくれればよかったのに。
 …なんちゃって。

 翌日の昼休みの時間に友人に相談することにした。このやきもきとした、ほかほかとした、気持ちについて、だ。
「そりゃお前『恋』だろ」
 友人の来栖(くるす)が屈託なく笑った。
「ませてんなぁ、お前」
 僕は自分の頬が紅潮していることに気付きながら、「うるせぇよ!」と吠えて、来栖に飛びかかってプロレス技をかけようとした。
「おっ、やんのか、オラ」
「やってやるよ!」
「待て待て待て!」来栖が僕の肩をぽんぽんと叩いた。
「なんだよ」
「実はな、俺も恋してんだよ」
 僕は来栖のタイミングも糞もネアンデルタール人もびっくりな暴露に驚愕したというより笑いがこみ上げた。
「ちょっとこれ見てみ」
 そう言うと来栖は机からがさごそと雑誌を取り出して、ぱらぱらと一枚のページをめくってから見せつけてきた。
「かっこいいだろ?」
「え? あ? あぁ、かっこいいな…」
 僕の反応がおかしいことに気付いたのか、来栖は少し慌てた様子で「馬鹿、おめ、(ちげぇ)よ! 男じゃなくて、男が乗ってるバイクだよバイク」
 来栖が指さすバイクは大きく───真っ赤だった。背筋が筆で撫でられたように、ぞくっとした。
「どうだ?」
「かっこいいな」
「だろ? お前らなら分かってくれると思ったぜ。乗りてぇよな」
「だなぁ」
「あ、そうそう。これなんかも…」来栖はべらべらと雑な手つきで雑誌のページをめくる。
「…おい」
「ん? まぁそう焦るなって」
「お前さっき『俺も恋してる』って言ってたじゃん」
「言ってたな」
「それって」
「おう、バイクだ」来栖が親指をたてながら満面の笑みを作った。
───僕が来栖にコブラツイストを仕掛けたのはいうまでもない。

「鯉」「こい」「濃い」「コイ」「請い」
 僕は何なんだろう。僕の頭は、僕の思考回路はどうしちゃったんだろう。誤変換を繰り返している。故意に変換を狂わせている。
 放課後、教室に居残りして、自分を落ち着かせることに徹してみたが、たいした成果は得られなかった。
 こんなときは、母音に濁点を付けてしゃにむに叫びたくなる。…が、迷惑なのでやめておく。
「帰ろう」
 うちに帰ってもう一度、自問自答してみようじゃないか。この気持ちは何なのかと。それでもわからなかったら辞書でも引いてやるぞ。
 昇降口に向かうと外は薄暗くなっているのがわかった。

 そもそも「それ恋だよ」なんて突きつけられてもまともに受け入れることが出来ないのは当たり前だ。
 だって僕は未だに保健の体育で、先生や女子が真面目に話したりしている中、カードゲームや漫画の続きについて考えていたりするのだ。
(せい)』って何なのって感じだ。「セイッ!」「セイッ!」来栖と空手ごっこをするときの掛け声じゃないの?
 靴を履いて昇降口を出て、小石を蹴りながら歩いていると少し先に数人の女子が立っているのが見えた。
 その横を歩いていく。
 何とも思わなかった。
 やっぱりだ。僕は女子にたいして変な気持ちを感じたりしない! していない!
 ほっとした。心底ほっとした。
 ちいさく飛び跳ねて、開放感で、はやく家に帰ろうと思い走り出そうとした。
───小学生の頃に動物園で聞いた。
───象の鳴き声に清潔感を加えたような伸びやかな音。
「どこから!?」
 僕はなぜだか、その音が何なのか気になった。その音が素敵な音に聞こえたからだ。
「どこ!?」
 もう一度さっきの音が鳴って、その音のほうを見上げると。
 学校の四階──吹奏楽部の部室を見上げると。
 彼女がベランダに立っていた。
 凛とした顔で、つんとした鼻から息を吸いながら、そして吸った息をトランペットに吹き込んでいた。
 僕は彼女のその顔に見惚れてしまった。まただ。また見惚れてしまった。
「あっ…」
 僕の股間、じゃなくて象さんが彼女の吹くエッチな、じゃなくて! 象さんのような…象さんの鳴き声のような音色で僕の象さんが大きく膨らんででででででででででで。
 しまった!
 もうこれは認めるしかないようだ。
 僕は恋をしている。
 僕は恋をしてしまった!
 認めると風が突き抜けたように胸がすぅーと楽になった。
 気分は晴れたけど、僕はしばらく呆然と立っていた。
 身動きがとれなかったのだ。
 これは彼女のせいかもしれない。
 いや、これはあれだ…。
 間違いない、奴のせいだ。ついに頭角を現したな!
 これは、まぎれもなく『(せい)』ってやつのせいだ!


―終―
 最後まで読んで頂き感謝。
 下品なものを書こうと思い書きました。
 もっともっともっと下品にしたかったのですが、例によって自粛です。もっとおちんちんがどうだとか、下半身が上半身にドキッ!、だとか書きたかったのですが。…すいません嘘です。
 何気に主人公と友人の来栖は再登場だったりします。どこかの短編に出ています。探さないで結構です。

 また次回も読んで頂けたら嬉しい限りです。
 ではでは。
作者の残念なブログはこちらです。
拍手、激励、感想、美味しいカレーの作り方のみ大歓迎。