#19 ジェニファー・ロペスの命日を忘れないで…
「ジェニファー・ロペスが死んだって本当?」健太は魚のように目をギョっとしながら尋ねた。
「ああ、ジェニファー・ロペスは死んだよ」さらりと答えてると、健太は「マジかあ。残念だなあ」と、上っ面だけのような悲観を述べた。
健太の部屋はクーラーによる冷房が効いており、心地が良いのだが、少しばかり狭い。しかも、部屋の大部分には『巨大』と表現する資格を持つ、大人二人が眠ることの出来る大きさの青いソファーが置かれているので尚、狭い。その為、必然的にこのソファーに座ることになるが所々に染みがあり、汚い印象を抱き、座ることに対してあまり好意的な気持ちにはなれなかった。疲れるだろうが、棒のように立っていたい気分だ。
「ところでさ、ジェニファーの奴がどうやって死んだか知りたくない?」
「死因か…知りたいっちゃあ、知りたいな。うん」健太はこくこくと頷く。「意外にも、間抜けな死に方だったりして」
「『天才は短命』って言うよね。だからさ、ジェニファーは寿命で死んだんじゃないかな」
「そうかあ?」健太は眉を下げ、クーラーのリモコンをいじり始めた。
───『ピ、ピ、ピ』と、鳥の囀りのような小気味良い音を合図に、部屋の気温は『大暴落!』といった具合に右肩下がりに順調に下がっていった。
「少し寒すぎやしないか?」外の気温の差はどれくらいあるのだろうかと考える。寒いように感じるのだが、手は震えて寒さを表現にしていない。それほど外の気温との差はないのかも知れない。
「寒い、寒い」健太はクローゼットを開き、厚手のジャケットを取り出した。「寒っ」
「寒い…って、お前が下げたんだろ」
健太は黒のジャケットを羽織りながら、「そうなんだけどさ」
「意味わかんねえよ。大体、そんなに寒くないし」
「お前はそうかもな」健太は顔を引きつらせた。「…で、ジェニファー・ロペスの死因はなんだっけ?」
「わかんねえ」
「調べてみよっか」
肯首して、ふんだんに皮肉を混ぜ「…お前がジェニファー・ロペスのことを知ってたのって意外だな」と言った。
健太はこの冗談を鼻で笑い、ソファーの前にある机上のノートパソコンの起動ボタンを押した。
「ノートパソコンって起動が遅いのが嫌だ。だから俺はデスクトップ派」
「派閥なんかあんのかよ!」と、健太は迅速なツッコミを入れ、苦笑する。
しばらく黙ったまま、二人して机上のノートパソコンの画面を見つめていると、真っ黒な起動画面に健太の真面目な顔が映り、思わず噴き出した。
「人の顔を見て笑うな!」
「ごめん、ごめん」すっかり瓦型になってしまっている口元を手で隠す。「反則級だな。お前の真面目な顔は」
健太は反則級の真面目な表情のまま、「立ち上がったぞ」と、言った。
「結構、早いじゃん──」
「次にお前は『ノーパソにしては』と、言う」
「ノーパソにしては……はっ!」これは健太の好きな漫画の主人公と敵による一連の流れだった。度々、健太はこの流れを振ってくる。そろそろ飽きないのだろうか…。
健太は真面目な顔から一転、嬉々とした表情でデスクトップのアイコン──インターネットエクスプローラーにカーソルを合わせ、ダブルクリックをした。
「ダイヤルアップ接続かよ」最先端だな…と、皮肉を吐く。
「うるせえ」
画面に大手検索サイトのトップページが表示された。
「へえ。お前、このサイトをトップにしてるんだ」
「このサイトは今日のニュースが表示されるから好きなんだ」
「ニュースねえ…」画面にカラフルなデザインで今日の出来事が表示される。水死事故、有名人の葬式、インサイダー取引…。どれも陰鬱なものばかりだった。「あ、ジェニファー・ロペスが死んだことも載ってるんじゃない? ネットの情報って病的に速いし」
健太は唸りながら、カーソルを画面狭しと様々な所に合わせてはクリックしたが、ジェニファー・ロペスの情報は掲載されていなかったらしく、残念そうに首を振った。
「おいおい。あのジェニファー・ロペスが死んだってのに、この扱いは酷すぎやしねえか?」
「俺もそう思う」
「そうだ! 公式サイトなら!」
「そうだな!」健太は手馴れた感じで、タイピングを始めた。検索エンジンの枠内に『ジェニファー・ロペス』と左から順に打ち込まれていく。『ス』が打ち込まれた刹那───『パーン!』と、弾くようにエンターキーを押した。
瞬きよりも速く、『ジェニファー・ロペス』の検索結果が表示された。最上に位置する『作家ジェニファー・ロペス公式サイト』を、健太は目を輝かせながら、迷わずクリックする。
───絶句。
公式サイトのトップページには、ジェニファー・ロペスが歯を見せて笑う画像が表示されているだけだった。
「なんだよ。ちくしょう」やり場のない怒りが体を震わす。「公式サイトですらこのザマかよ…。ジェニファー・ロペスという天才が死んだんだぞ」
「もしかして、ジェニファー・ロペスが死んだことを誰も知らないんじゃ…」
健太の素っ頓狂な発言で、こめかみに血管が浮き上がった。「そんなわけねえだろ!」
「でもさ、実際…」
「どけ! 今すぐサイトを更新してやる!」健太を突き飛ばし、ノートパソコンの前を陣取った。「パスワードは?」
「KENTA ROPEZ」
パスワードを打ち込み、サイトの編集を始める。カタカタカタ…と、タイピングすると見事な言葉の羅列が完成し、『パーン!』と、弾くようにエンターキーを押した。
『天才ネット作家「ジェニファー・ロペス」ここに死す。死因はリストカットによる出血死───自殺。遺書には『天才は短命であるべき』とだけ書かれていた。もう一度云う───ジェニファー・ロペスは死んだ。自殺したのだ。本日、八月一日をジェニファー・ロペスの命日として永遠に記憶し、忘却することを禁ず。それがジェニファー・ロペスへの悔みとなるであろう…』
サイトのトップページの編集を終え、手首を見ると、どばどばと血が流れでていた。流れ出る血は青いソファーについている染みと同じ色をしていた。手首を切ったのだと実感が沸き、体温がより一層下がっていくのを感じる。
「ふぅ…」視界がザッピングするテレビのようにぶつ切りになっていく。「健太…」
「なんだ…?」
「俺たちは『二人』で、ジェニファー・ロペスだ」
「ああ…」
サイトのトップページ右上にあるカウンターにカーソルを合わせる。『本日の訪問者数:四』
「認められなかった天才か…」笑いがこみあげてくる。健太も下品なほど口を大きく開け、声をあげた。
途切れていく意識を引きずるように、血の滴る震える人差し指にありったけの力を込めて、ノートパソコンの起動ボタンを長押しすると、『強制終了』され画面が真っ黒に染め上がった。
活動を終えた機械の真っ暗な画面に一人の顔だけが映る。
青ざめながらも真面目な顔をした、反則級に笑える哀れな僕の顔だけがそこに映った。
―終―
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