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#10 腹巻ラブストーリー
「だせーなあ」
洗面所で眠気眼のまま顔を洗い、目の前にある大きな鏡を見ると水色で薄い生地の腹巻をした男がそこに立っていた。
 これじゃモテるわけないよな、なんて思っていると外から大きな音が聞こえてきた。ドーンドンと何かを思いっきり叩いてるような音だ。「親の仇を殴ってるようだ…」聞いてる内に、心の底から何かが湧き上がってくるようだった。
 それはただの気のせいだったように今では思う。
 音の主が一体なんなのだろうか、気になって窓に手をかけた。
 窓を開けた瞬間、ビクッと怖気づく程の今まで部屋に漏れてきていた音の何十倍もの大きな音が、耳に入り込んできた。

「今日は祭りだったのか…」
 仕事ばかりで、地域の活動に全く感心を示さない為、知る由もなかった。
 おかげでその仕事の疲れで、体調が崩れてしまい毎朝、腹痛に悩まされている。
 下痢だ。
 医者に、何とかならないかと問うと「私が子供の頃は腹巻をして寝たものですよ」と答えた。
 ものは試しだ、と思い腹巻をして寝てみた。そうするとどうだろう。ここ一週間、体調がすこぶる良い。下痢もしなくなった。
 腹巻は勿論のこと、腹巻のことを提案してくれた医者にも感謝している。

「祭り、行ってみるか…」体調が良くなると気分も優れる。
 仕事ばかりしていると沢山の人との出会いはあるが、それは仕事上だけの関係であり、もっというなら上辺だけの関係だ。
 それ以上、進展することはない。
「ナンパでもしてみようかな」
薄手のシャツを上から羽織り、鏡の前に戻り歯を磨き、ボサボサの寝癖だらけの髪の毛を整える。
「よーし!」威勢よく家から飛び出した。

 奇跡的に、いや天文学的にありえない確立の話だがナンパには成功した。
 ホテルで脱ぐのを忘れていた腹巻姿を見られたのは、言うまでもないだろう…。
「かわいいね」と彼女は言ってくれたが、その時は余裕がなく下手な言い訳をつらつらと並べてしまった。
うんうん、と微笑みながら、言い訳を聞いてくれていた彼女の顔が今でも目に焼きついており、昨日のように思い出すことができる。

───以上は五年前の話だ。
 五年もあれば引っ越しもする。部屋にあの時のように祭りの音が響く事はなくなった。
 同時に、新たな出会いを求める事もなくなった。
 当時使っていた、あの水色の腹巻は相変わらず使っている。
 その腹巻は「いつも清潔にしないとね」と言われ毎日洗われている為か、糸は解れてしまい、いくつか穴も開いてしまっている。
「いつもありがとう」洗濯を終えた腹巻を畳む途中に感謝の言葉を述べた。
「やーね、腹巻に話し掛けるなんて。まだそんな歳じゃないでしょう」
 これは違うんだ、と必死にする言い訳を「うんうん」と微笑みながら彼女は聞いてくれた。
「いつもありがとう」本当は君に言ったつもりだったとは、腹巻を畳み終えても言う事が出来なかった。


―終―
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