図書館在住・六 図書館そのもの
「………………………………………は…?」
脊髄反射的にとりあえずそれだけ吐き出した。
「……私はこの図書館自身だ。いや、今は図書館から弾き出されたものとして存在するからこの言い方は正しくないかもしれんが…」
続けようとしたのだが。
「……………」
「……」
「……………」
「……おい」
いつまでもほうけて固まったままのフレアに、ラックがやっと声をかける。いつもと真逆のパターンだ。
やっとフレアは動きを取り戻すが、口の端がひくついた変な笑いで混乱して言った。
「は……?いやいや、図書館ってこう、建物で本がいっぱい置けて、人間は、生きていて動いて歩けるけど図書館は無理っていう………え?」
この目の前の人間が他の違う物体だと言う。
頭が混乱してならない。あと少しでフレアの思考が、あ〜もしかしてこの人やばい人?頭おかしい?みたいな超失礼な思考に達しそうになった時だ。ラックが続けた。
「生きているのは人間だけと思っているのか」
動物や植物も?という軽く蛇足的なツッコミもせず(余計な事言うともっと混乱するし)フレアは黙って彼の言葉を待っていた。
「それは違う。物にも命はある。人間の命とはやや異なるから…意識とでも言うべきか……。なにも日用品などの小さな物だけではなく、建物にも命は宿る。果ては街や都市…世界まで…」
「ちょっと待ってわかんない。整理させて…」
手で彼の言葉を遮って、頭をがしがしとかく。
頭の中はごちゃごちゃで目までぐるんぐるんになりそうだ。
とりあえず無理にでも彼の言う事を事実とし、わかっている事を口にしてみる。
「物には命が宿る」
「あんたは図書館」
指をおりつつ二つめですでに……
「やべっすでにわかんねえ…」
大体物に命とか!聞いた事がないわけではないが、そんなおとぎ話級の話をされても困る。そんなのをすぐに信じられるのは子供くらいだろう。
その、物に命が宿るというのですら信憑性に欠けるのに、更に彼は建物にも命が宿ると、この図書館にも命が宿っていると言うのだ。
その命が宿った存在が……この男。ラックだというのか?
自分の思考が仮定だらけでもうわけがわからない。
「物が人間の姿をとったと考えればよい。神話にもある。」
「あ…美女が花になるとか蛙が王子さまになるとか…?」
フレアもそんな風な神話やおとぎ話は聞いた事がある。まあ花になったのは美女というか女神だったが。
「何か少し違う気もするが…まあそんなものだ。……身近にいる動物が、人間だったらどんな姿だろうと考えた事はないか」
かつて人間は、自然や天災などの大きな力を神だと言って、その姿を擬人化しさえした。
誰もが一度はあるのではないだろうか。
人ではないものが…動物や、動かない物が、もし人間だったのなら……と。
「私も……図書館の身でありながらそう思ったのかもしれない」
人間だったら、と。
その思いが強くて、いつしか人の形をとるようになった。
「いやいやいや、そんなん思ってなれるんすか…」
簡単すぎるだろ。
思ってなれるのならフレアだってなんか違うもんになりてえよって思う。
ラックもそう思うが、気づいたらこの姿だったので、その辺は断定し難いというか言及しがたい。
しかし事実なのだ。
「実際起こった出来事だ」
「うああ……」
納得いかねーー!とフレアは遠くに叫ぶかのように手を口の横に添えて言った。
「いや……一部が切り取られたようなものか」
「わあもうちょっと待ってよまだ納得いかない事いっぱいあんのに更に!?」
「…………そうだな…例えば、爪や髪。」
「はイっ!?」
わあまたこの男はぁっと思ったところで、何やら例えで説明しようとしてくれている事がわかり、
「すいません続けて下さい」と言った。
「そう、髪はぬける前はお前自身。」
すっと焦げ茶の髪を一房とられ、唐突すぎてびくりと身を縮こまらせたフレアだが、気にしない様子でラックは続ける。
「髪の毛は頭皮から生えているから、お前自身というのは…少し変かもしれないが。」
てゆうかお前お前ってこの男あたしの名前ちゃんと覚えてんのかってあたしも別にこいつの事名前で呼んでないや。とか思ったり。
「まあ…わかる…かな?」
なんとなくそれに頷きラックは話す。
「しかしぬけた髪の毛は…どうだ」
さすがにフレアの髪の毛をぬく事はせず、その手を放した。
「元はお前だったものが、もはや切り取られたように別離した。これはもうお前自身とは断定し難い。ほとんど別の物かもしれぬ。私もその、ぬけた髪の毛のようなものだ」
例えてくれたのに、かえってわかりそうでわからなくなる。
「うう………」
「しかし、私は髪の毛とは違い、まだ図書館自身でもあるので、図書館に戻れるはずなのだが…」
「ああ…わからん………………………あっ!?」
フレアはぴんと思い付いたように人さし指を立てて顔を明るいものにした。
「カツラ!?カツラなんじゃね!?あんたという存在は!!カツラをかぶっているオッサンは、建物の図書館をさして、のっかかったりはずされたりするカツラが人の姿をとったあんただ!!」
頭の中ではっきりとそんな様子を描く事によって彼の在り方というものがわかってきた。
「ああっ!!なるほどぉっ!!」
なんか無理矢理納得できるように例えられた!!わーい!と自分の例えに満足し喜んだフレアに、カツラに例えられたラックはなんともいえない気分からか不機嫌さの増した表情になっていた。
「そうか〜…なんかわかってきたよ。それじゃあ…その〜…オッサンに愛想つかされたカツラ状態なのね今の君は!」
ぴっとラックを指さす。やや目をすがめたラックは一呼吸おいた後でぼそりと言った。
「そういう言い方は控えてもらえないか…」
複雑なのか、どこかしょげているような声音だ。
「じゃあカツラとはいえ…図書館自身なのに本に狙われたりしてんのは…なんで?」
オッサンは機嫌が悪いのか。と頭の中ではオッサンカツラ比喩で通す。
「それが問題なのだ。……元に戻れないどころか本体に攻撃までされる……私にはわからない」
「ああ…なんか最初ん時言ってたっけ…」
自分でもわからない事があったからフレアに協力を求めてきた。
「えっと……図書館は一応自分自身でしょ?ん〜〜…それが弾き出されて、でも戻りたいのに何故か戻れない…?……うわ、何語しゃべってんだ自分ってかんじ…やっぱオッサン表現の方が…」
オッサンから離れてくれ…ラックは少しため息をついた。
「風邪をひく理由を?」
「は!?」
「知っているか?」
「そりゃ…寒いところに長くいたりするとひくんじゃない?」
寒い日や体調を崩したり、そんな時フレアは風邪をひいた。
「ならば体内がどうなって風邪をひくかは?」
「体内?そんなん医者じゃないしわかんない…」
「そんなようなものだ」
「……??」
「私には弾き出された事はわかっても、理由がわからないのだ。元に戻る方法も」
よくわからなくてよっていたフレアの眉はやっと開き始めた。
「……………ああ…、風邪ひいたのになんでか理由がわかんなくて…それどころか治療法もわからない、みたいな……?」
「そのようだ」
ゆっくりとラックは頷く。
「はああ………厄介だね…」
この頃もはやオッサンカツラ比喩は念頭にない様子のフレアにこっそり安堵したラックだった。
「それで…なんかしてみた?こう…元に戻る?ようになんか試しに……同化しようと壁にひっつくとか…」
そんなん変人だな!!と失礼な事を思いつつ。
「私は図書館の意識の集合体。思考する事でこうなったのなら思考によりまた元に戻れるかと思ったのだが…」
「ダメだったわけね…」
「ああ」
まあ戻れてたら今ここにいないか。いやいる事はいるのか図書館そのものだから。あれ?なんか響き変なの……つうかこの人(人?)の存在自体変だ……
「まあでも…因があるから果があるのであって……ここはやはり原因をつきとめるべきじゃ…」
何かはわからないが、なんらかの原因があって、結果ラックは人間の姿をとり元に戻れなくなった。
そう、結果には原因がつきものなのだ。
わかっている結果をどうかするより、原因を調べた方が解決の糸口をつかめるのでは。
「思うのだが」
「?」
じっとフレアを見て言った。
「小さいわりには頭がよく回るようだな」
「小さい!?失礼なっこれでも一応もう十三!立派な大人だっつうの!!」
フレアは背が低いせいかよく子供扱いに男の子扱いをされる。しかしこの国で十三はもう元服の年だ。上流階級ならば社交デビュー。労働階級ならば雇われる年は十五歳からだが。
驚いたのか表情自体は変わらないが、目をしばたくとまだしばらくフレアを見てからややあって、ラックは言った。
「……それは……人間は見掛けによらないものなのだな」
「一体全体それはどういう意味かな??」
馬鹿にされたと思い怒るフレアだが、ラックは小さな少女なのに物知りで何やら語彙も多いし感心していた。そして十歳くらい、へたするとそれより下くらいに見える彼女がもっと年が上とは、見た目で人間というのは決められないものだなとも思ったのだ。
「ふんっあんただって実はまだ若いのにそれ以上の年に見られたりすんじゃないのぉ?」
そんな風に変な八つ当たり気味に反撃をする。
不機嫌顔や目付きからか、彼は大人っぽいというか…少し老け顔に見えるのだ。
「……言っておくが、私は図書館。半世紀前に建てられた。五十はすぎている」
「……………」
(……あっそっか)
一瞬、この男が図書館だという事を忘れていた。
「ただこの姿をとったのはごく最近だから、ある意味まだ生まれたてなのかもしれんな…」
とか言っちゃうから。
フレアはにんまりと笑って優越感たっぷりの表情をして、手を顎にそえた。
「あら〜それじゃあまだ生まれたて赤ん坊じゃないの〜〜ぼくいくつ〜?」
とからかいに専念するフレアに、
(……これが失言というものなのだろうか……)
とラックはまたひとつ大人の階段をのぼった。 |