図書館在住・五 正体
警備員が上への報告の時体裁を保ち、職員側に不利にならぬよう今更全館巡回を開始したとは露知らず、フレアとラックは話こんでいた。
「それで…本に襲われるとかは今のあんたの能力で解決できる事がわかったでしょ?でもまさか……困ってる事ってそれだけじゃあないよねぇ…?」
苦笑い気味にまだトラブルはあるんだろうと、フレアは問う。あれだけでこの男が困るはずがない…そんな気がするのだ。
「……人間は」
「は!?」
見ると、また急に脈絡のない言葉を口にするラックは不機嫌ベースに悩むような顔をしていた。
「あ、ごめん続けて」
「人間は、あまりに物事が荒唐無稽すぎると…事実を信じない」
違うか?
と問われても、フレアは人類代表じゃあないし、人それぞれなのでは…と思う。フレア自身は見た物なら信じるが本当にでたらめに思える事なら信じないだろう。
「いや、信じようとしない。これから話す事は、おそらく荒唐無稽だと言えよう。」
それに答えなくてもラックはまだなお続けるのだ。これはいっそマイペースなのだと思えばいいのか。変な納得をしたフレア。
ふむと少し考えて、
「つまりはあんた、誰も信じないようなわけがわかんない程めちゃくちゃな事件に巻き込まれてるって事?」
フレア的要約をするとこうだ。
いささか事件という言葉が余計というか変な気がしたが、ラックは不備はないと頷いた。
そしてやっと重い口をあげたのだが――
………ッ……カツ……
…………カツッ……
「この音は……!!」
警備員の靴がなる音。
しかも近い。話しこむうちにもはや近くまでに警備員は迫っていたようだ。
「やっば…見つかると困る!隠れよう」
ラックを見上げると、フレアとは対照的に落ち着いている。
「問題ない」
「…?」
こうしている間にも足音は迫ってきている。
「あ〜…貴族専用とかの通行手形があるとか…?」
これさえあれば夜中に図書館にいようとも許される、王家の紋章、みたいな奥の手があるのか。
「ない。私は貴族ではない。」
「えええ〜どー見ても貴族ってかやばいよほんとにっ私は見つかると問答無用で追い出される!」
声まで聞こえる。二人組のようだ。そういえば足音も二人分だ。
「………ですね……」
「…………か?」
自分だけでも逃げようと、フレアが踵を返そうとした。
するとラックはフレアの肩に手をのせた。何事かとフレアが彼を見上げると、
ギイ……ッ
ドアが開き、警備員が今にもこちらに姿を見せようとしていた。
「――っ!!」
あせるフレアにラックは淡々と言った。
「大丈夫だ。あちらには見えない。」
フレアは警備員に見つかるのを覚悟し、人生また一からやり直しああ心地よい住家私のマイハウス・マイライブラリーよさようならご機嫌ようお元気でまた会う日まで〜〜…などとと考えていた。
しかし。
「あ〜…八階まで行くの久しぶりだな」
「八階までのぼると階段の数は全部で564段ですよ」
「馬鹿やめろそれを更におりるんだぞ」
(は………はれ…?こんなすぐ近くにいるのに何で何も言ってこないの…)
自分の目を疑う。
謎の現象だ。
本来ならば、薄汚い格好のフレアを発見して『てめぇ何故こんな時間こんなところにとにかく出てけやあ』とかなんとか言われてしまう事であろうに。
それどころか全くこちらが見えていないような態度をとっている警備員たち。
「ちなみに本館全部だとですね…」
「やめろっつうに」
ばしりと中年の警備員が若い方の頭をたたいた。
そして二人はフレアとラックの立っている場所に何もないかのごとくすり抜けた。
奇妙な感覚だった。フレアの目の前で、人間がぶつからず通り抜けた。自分、あるいは相手がまるでいないかのように。
「本気で叩くのやめて下さい…」
背後から聞こえる声はやはりフレアたちが見えなかったようにくだらない話題を続けている。
頭のどこかでは何が起きたのかはもうわかった気がする。これもきっとラックの不思議な力なのだろう。
だがラックを問いただすのまだ早い。もしかしたら姿は見えずとも声は聞こえるのかもしれない。聞こえないかもしれないが、八階に上がった彼らが再び戻ってきて七階へむかうまで、安心はできないと思えるのだ。
(警備員たちに姿が見えないようにしたのはきっと…ラックだ…。一体この人、本当に何者なのかねぇ……)
姿が見えたり見えなかったりする、なんて言われると幽霊が思い出されるが……
(まさか…幽霊…なんて事はないよなあ……)
幽霊についてよくは知らないが、死者じゃあないか。そんな事ありえない。しかし彼は信じられないような事に巻き込まれていると言っていたしまさかコレ!?
それに浮かぶ本とか姿が消えるとか不思議な体験ならすでにしている。
ラックが幽霊だと思えば全て納得いくのでは…………
(わぁ怖い……)
微塵も怖いと思っていなさそうな顔はわずか青ざめていた。
別にラックが死者で生者の血を啜る悪鬼だとか身の危険について考えているわけではないが、いるはずのない人間がいるというのは…やはり……
などと考えているうちに、警備員たちはどつき漫才のような会話をしてまたも二人をすり抜けて去っていった。
終始ラックの手はフレアの右肩にのせられたままだった。声が聞こえなくなってしばらくたった後、ラックはその手を放した。
この手を触れる行為だけで、触れた相手を消す事ができるのか。
さて、聞きたい事はたくさんあるが、いい加減はっきりさせておきたいのが、この男の正体だ。
どう考えてもただ者じゃない。
「聞くけど、あんた何者?」
考えこむラックの顔は目付きが悪くなる。思案顔なのに機嫌悪い顔になるとは、ややこしい男だ。
彼が何も言わないから続ける。
「言っとくけどあんたの話は前置きと遠回しな言い方が多いから、確信的な部分だけ端的に言って」
やはりまた前置きとか遠回しな言い方をしようとしたのだろう、何やら俯いて考えこむ仕草をし、一言で言った。
「……私は、図書館だ」 |