図書館在住(13/18)縦書き表示RDF


図書館在住
作:田中M氏



図書館在住希望・五 帰宅、処罰。


副図書館長は職員伝言板を見て唸った。
『遅くなるので今日は帰りません。図書館長』
帰りません、て!!
五十のくせに子供みたいな口調で書きやがって!と思っているほどの時間はなかった。責任を押しつける相手がいないのであれば自分がなんとか立ち回ってどうにかしなければならない。どうすれば!?こんな事は初めてだ。
彼はいつも誰か目上の人間に付き添っては機嫌をとり、自分の手におえない時は自分より目上の人間に任せていた。しかし今回ばかりは自分より目上の立場の者などおらず、自分が最高責任者であり何か事件が起きた場合は彼が全ての責任を負わなくてはならない。
そう思ったらどっと汗が出た。
せっかくここまで、とある組織の次席までのぼりつめたのに。
どうすれば、どうすれば、どうすればいいのだ!?

副館長が去った後、ランデュオ伯爵はしばしその場にとどまった。第一棟一階出入り口近くである。早馬を飛ばす気はなかった。家族には悪いとは思うが、伯爵が仕事で遅くなるのは家族も慣れたものでわざわざ自分が遅くなると知らせる必要はない。それどころかいつもしないような事をして何かあったのではと家族に余計な心配をさせたくない。今朝自分と一緒に家を出たリザラールにまで何かあったのではと思うかもしれないのだ。
伯爵は息子が心配だ。しかし副館長に言ったように、本当に図書館内にいるだけならばよいのだが、万が一何かの拍子に外に出たリザラールが図書館外で迷子になっている可能性だってなくはないのだ。本好きの息子の事だ、ほとんどその可能性はないだろうが考えてしまう。ただ本に夢中になるあまり閉館に気付かないとか、眠ってしまった可能性が高いのだが、いくらなんでも動いていない子供が一人一時間以上も見つからないなんて事があるのだろうか。
貴族議院に属する伯爵は、政敵も少なくない。その政敵が息子の身柄を拘束し脅迫する。最悪のパターンだがないとは言いきれない。一抹の不安とはいえ、貴族故の、伯爵家故の危険性については杞憂ではない。
こんな平和な、しかも図書館で、まさかとは思うが………。
決意したように拳を握る。ランデュオ伯爵は家での温和な様子を微塵も見せず、厳しいが守るべきものがある父親の顔をして歩きだした。

フレアとラックと三人で、リザラールが今までどこにいた事にするかを考えた。鍵のかかった第四棟にいたと言っても信じてもらえないだろうし、許可がない者の立ち入りは禁じられている。
死角に入って一瞥しただけではすぐに見つからない場所に寝ていた、という事にする。しかしそんな場所があっただろうかというところで会議は煮詰まった。
フレアはまだリザラールにラックの正体を明かすわけにはいかないと思い、こっそり『図書館なんだからいいところ知ってない?』と耳打ちした。
しかし彼の答えは思わしくなく、要するにわからないそうだった。フレアの頭の中には、カツラはかつての主人であるオッサンの考えはもうわかりません。みたいな事が浮かんだ。
結局、三人とも姿を消して少し歩いてみたところ、軽食売場の影がよさそうだという事になり、そこで寝過ごした事にした。
そこから一人で歩いて行って、フレアとラックの姿が消えるのをリザラールはしばし茫然と見ていた。
不思議な、本当に不思議な体験だった。それなのにフレアのきつい性格や、殴られた事などは鮮明すぎるほどしっかりと覚えている。それなのに彼らは自分の目の前でまた姿を消した。まるでリザラールは本当に寝過ごしていて、今まで夢を見ていたのだと思うほど、あっけなく。
別れ際、小さな少女は『今度来ても、また隠れようとか言うんじゃないよ』と言っていた。またね、とは言わなかったがそうともとれるんじゃあないか。少なくとも歓迎しないとは言っていない。
「というか、あれってやっぱりここに住んでいるって事だよね…?」
呟いて確認する。今度来ても、とはもちろん王立図書館に、だろう。そして言うのはフレアたちに。という事はいつ図書館に来ても彼らはいる、という事なのでは。やはり彼らはこの巨大な図書館に住んでいる……?
フレアたちは自分たちも帰るとは言わなかった。ここに住んでいるからその必要はないのだろう。
そう思うと、なんだか顔がゆるむ。
何故かはわからないけれど、足も身軽になって父親の待つところへと進んでいった。

警備員と司書、司書ではないがこの図書館に勤める係員とで構成されたランデュオ伯爵子息、リザラール捜索隊は広い図書館の各地に散らばりランプを片手にリザラールを探していた。リザラールが暗い中歩き出すと間もなく司書に見つかった。すぐに名前を確認され、お父さんが心配しているよと諭すように言われてその司書と階段を下る事になった。

迷子の伯爵子息、リザラールを午前中に案内した男は、ランデュオ伯爵が副図書館長がとどまるようにやんわり言ったにも関わらず、息子を探すように館内の奥へむかったのを見て慌てた。
自分は一介の労働者だから、貴族など止めようもないが上司の副館長の意向通りに伯爵を止めるべきだったのかもしれない。基本的にことなかれ主義の案内係の男は、見過ごしてしまったがしばらくの後にそう思った。
そこへ副館長が現れたのだからなお悪い。自分の他にもう一人女の司書――この司書は少しだがリザラールと話したため副館長に呼ばれていた――がいたのだがそちらへは構わず副館長は男に問うた。
「伯爵はどうした?」
彼もまた狼狽しており、男が「あ、今御子息を探しに…」とつまらせながら答えるのも最後まで聞かずに伯爵を追った。
そこで、案内係の男が余計なとばっちりが自分にこなきゃいいけど、と眉をしかめていた頃。
何人もの話声がしてランプの明かりももれてきた。
書架からもれる光はいくつも重なり副館長には希望の光にさえ見えた。
「まさか……」
案内係の男の近くにぼんやりと立っていた女が呟いた。
ランデュオ伯爵が我が子の手を携えて、警備員たちとそのランプに囲まれて歩いてきた。
「見つかったんだ…」
なんともなしに案内係の男は呟いた。

リザラールを最初に見つけた司書が、他の同僚を集めつつ階下へむかっていたところ、父親であるランデュオ伯爵が現れ一行はこれで万事解決だと顔をほころばせた。
リザラールにしてみれば、父親が少し驚いた顔をした後安心したような顔になり、しかしすぐに無表情に近い厳しい顔になったのを見てすぐに怒られると思った。それなのに伯爵は息子には何も言わず警備員たちに礼を言うのみだった。そうして手をとられ無言の父と、見つかってよかった、これで帰れるとそぞろ騒ぐ警備員たちと共に階段を下っていた時は落ち着かない気持ちだった。
そして副館長が喜びをあらわにした表情で彼らをむかえ、皆に謝罪した伯爵はリザラールを強くひっぱると家路へとむかった。
その頃にはもうリザラールは家でこってり怒られるとわかっていた。公の場で頭ごなしに子を叱るのは体裁が悪いのだろうと心のどこかで理解していた。

かくてリザラールの予想はその通りになった。
洗いざらい話さざるをえなかったリザラールは自宅で両親に散々叱られ、兄に馬鹿にされ、妹に笑われた。しばらくパブリック・スクール以外の外出は禁止されたし、事の発端となった読書まで禁じられた。これはリザラールには耐え難いものだった。今回の騒動の罰であり自業自得なのはわかっているが、いくらなんでもひどいと思った。
しかし黙ってそれを受けいれるリザラールではなく、学校でこっそりと友達に借りた本を読んでいた。自室の本は全て没収されていたためだ。
それでも本の虫の少年はそれだけの読書量ではもの足りず、こんな生活がいつまで続くんだと嘆いた。

王立図書館に行ってから一月もたった頃、やっと読書許可が出た。両親もリザラールがこっそりとどこかで本を読んでいる事は予想していたが、最近は耐えきれなかったのかあまりに隠れ読書が目立ち(つまりあまり隠れて読まなくなった)、読書だけは公認しようと考えた。
「そ・の・か・わ・り!」
やけに強調すると、伯爵夫人は腰に両手をあてきつい口調で言った。
「王立図書館に行くのはまだ禁止です!!」
「えええぇ〜〜〜!?」
嫌そうに叫ぶリザラールはすぐに抗議した。
「やだよ!だって前行ったのもう一月も前だよ!?」
「あなた、あの図書館で職員の方にどれだけ迷惑かけたかわかっているの?職員の方たちが忘れた頃じゃなきゃダメよ」
母は世間体第一人間ではないが、この家の中だったら一番だろう。
「ていうのもあるけど、リザラ?お父さまがいいって言うから読書は許可したけど、母さまリザラが本当に反省したのかしら?って思うのよ?」
怒ってはいないが、言いくるめるように母は譲ろうとしない。
「しっ、してますう!……そりゃ…本禁止なのに読んでたのは悪かったって思うけど……」
「そう。なら、反省のしるしに王立図書館はダーメ。」
「えぇええ!!」
「なーによ。本は逃げないわよ」
そう言うと母はこの話はもう終わりと言うように身を翻して去っていく。
「そんなぁ……」
こうなると母は意地でも譲らない。それがわかっているので更に絶望的だ。
本は逃げないかもしれないが………
図書館に住む人間はどうだろう?

「リザ兄さまご本読んで」
小さい妹が、本を持って入ってくる。母の王立図書館禁止令にへそを曲げたリザラールは読書もせずに机につっぷしていた。
「リザ兄さまぁ」
ちょいちょいと妹がリザラールをつつく。腹の虫の居所が悪かったリザラールは小さな妹を無視する。
「兄さまってば!」
くせっ毛をふるわせて妹は頬をふくらませているだろう、と思ったリザラールだったがそのまま無視していると妹は泣き出した。
「うわああぁんお母さまぁ〜〜〜」
リザラールはぎょっとした。妹はまだ小さいせいか、何を考えているかわからない時がある。それでも泣き虫ではなかった事はわかっていた。こんな風にリザラールが無視したくらいじゃ泣いたりしないと思っていたのに。
「ルノー?ルノー!?どっか痛いのか?」
慌てるリザラールに構わずわんわんと泣き続ける妹に辟易するばかり。
「兄さまが悪かった、泣くな?ルノー。」
「リザラール!?」
そこへ母が現れてリザラールに小言を言ってすぐにルノーを連れて行った。
「なんだよ……」
元々よくない気分に追い討ちをかけるように妹を泣かせた罪悪感。今度はもっと眉をしかめた。

ルノーをなだめた母に聞かされた話によると、妹は今日小さな誕生日会に行って嫌な目にあったそうだ。しかしその事を母にも言えず、父はおらず、上の兄には自室で門前払いされるし、下の兄には無視される。ついには今日の不幸に耐えきれなくなって大泣きしてしまったのだ。
つまりは悪い事が重なった日の最後にとどめをさしたのがリザラールであった。
悪い事をしたとは思っても、リザラールの無視だけで妹が泣いたのではないとわかると少しほっとした。調子のいいところはまだまだ子供なのである。
「ルノー、ごめんね。兄さまも少し考え事してて」
母の膝の上で小さな妹は泣きはらした赤い目で、兄を見上げると
「許してあげる」
と言った。
まだ顔はすねたような、恨むようなものだったとはいえ小さな妹の赦しにリザラールは思わず小さな頭をなでてやる。本当に申し訳ないな、とも思った。
自分だけが悩んでいると思っていた事が馬鹿みたいだ。
しかしすぐに調子にのるくせのあるのがリザラールであり、妹を残し母を部屋の隅に呼ぶとこう言った。
「ルノーのように、ぼくが爆発したらどうする?」
「なんの事?」
しかし母は強かった。
「ぼくだって、抑えつけられてたらいつかああなるって言ってるの!今日みたいにルノーいじめちゃうかもよ?」
「無理ね。あなたはルノーをかわいがってるもの。」
確かにリザラールは自分が思ってるよりもルノーを大切にしている。
「王立図書館行きたいんだけど」
「ダメ」
「そこをなんとか」
「却下」
「お母さまっいえっ女王様っ」
「おほほ陛下とお呼び」
ノリやすい母である。
「陛下っ」
「でも王立図書館はダメね」
とりつくしまもなかった。












ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう