図書館在住希望・二 遭難、邂逅。
おのぼりさんアピールもした事だし、父の頼んだ係りの人間に館内を一通り案内してもらう事になったリザラール。
父は夕方迎えに来るからあまり上の階に行くなよと言って仕事へ出かけた。
貼り付けたような営業スマイルで対応する男性の係員はおのぼりさん相手は手慣れた様子の体だがその笑顔がうさんくさい。
「地図をお持ちいただいていますが、館内は大変広いのでどうかなくさないようお願いします。なくした場合には再発行を必ずしていただきます。」
「この笛はもしかして……」
リザラールの手には折りたためば小さい地図と、小振りな笛。
「はい。13歳以下の方や希望された方にはお渡しいたしておりますが、迷子の際にはこの笛を吹いていただきますと、係員がすぐ駆けつけます。くれぐれも読書に夢中になるあまり迷子になる事がないようお願いします。」
「……はあ……」
すぐさま迷子なんかになるかよと言おうと思ったが、すぐ本に夢中になるリザラールならありえないとも言いきれないので曖昧に濁した。
「さて、一階は主に最近出版された本がおかれており……」
案内は第一棟をすますと、第二、第三棟と進んだ。一般人の興味が集中する分野は第一棟の一階から四階に配置されている事がわかった。より気軽に利用してもらえるように出入口に近いのだろう。
第四棟へと続く廊下の手前で、係員は言った。
「ここから先は一般の方には入場を禁止させていただいております。王族の方や貴族の方でも事前に申請が必要です。」
ずっと万人向けの敬語でやや子供向けとはいいにくい言葉づかいを続けていた係員だったが、小さなリザラールにはわかりにくいかなと思ったのか言葉づかいを砕いたものにした。
「人に見せちゃやばいものがいっぱいあるんだよ」
と耳うちした。
「まぁ貴族の坊ちゃんならもっと大人になってから頼めば入れるよ」
「はあ…」
男の口調の変わりように敬語と砕けすぎの間はないのかよ…とリザラールは思った。彼の口調バリエーションは仕事モードと下町モードしかないのかもしれない。
そして係員に君の興味の的はここだろうねと言われた通り、四階には児童向け図書スペースが広がっていた。
一通り案内をした係員は「今後とも本館をご贔屓に」と言って営業スマイルで去って行った。
邪魔者は去った。
完全なるリザラールの時間。リザラールの読書の読書による読書のための読書の時間。
(よっしゃあっ読みたい本探すぜおらぁ〜〜〜っ)
不敵に笑って広い図書館に勝負を挑んだ。
烏が鳴く。
烏が鳴くのは烏の王の名を呼んでいるからだと、どこかの国の童話であった事をリザラールは思い出す。
オレンジ色の光が斜めに差しこんで、わめく烏とくれば夕方になったとわかるだろう。
しかし彼は今長編シリーズものに手を出していて普段どこでも発揮しない異様なほどの集中力で読書に没頭していた。
しかし彼の集中力を挫く声が発せられた。
「おや、まだいたのかい。図書館はもう閉館だよ」
閉館の案内も無視して読書に没頭していたリザラールは、やっと近くにまで警備員に来られて現実世界に戻って来た。周りに誰もいないのにも気付く。
「えっ!?僕まだ『ディルメスの旅行記』読み終わってないよ!?」
「なあに、借りていけばいいさ。」
日にやけた肌の警備員は人のよさそうな笑顔で笑いながらもリザラールに出るよう手で促した。
「いや、だってこれまだ未完なのに既刊だけで56冊あるし、まだ4冊目までしか読んでないし、
一度に借りられる冊数は限られてるし!」
「家は遠くないんだろう?また来週来なさい。」
諭すように言われて、リザラールは納得したように三冊の本を手にとって立ちあがる。
「君、もしかしてランデュオ家の子かい?お父さんもう来てるよ」
「あ、僕、一人で行けます。」
警備員がついてきそうなので断るが、お人好しそうな見た目にそって「いや、送るよ」と答える。
「でも僕、上に忘れ物しちゃったみたいで」
「そうかい?おじさんが取ってこよう。何を忘れたんだい」
苛々するのを隠すようにやや俯くと、黒い革靴を見つけめていたらいい案を思いついた。
「一人で取ってこれます。子供扱いしないでください。」
不機嫌そうに言うと警備員は苦笑いして「そうか、悪かった」と期待通りの返事をしてくれた。
リザラールくらいの年頃は子供扱いを嫌う事をちゃんとわかっていたようだ。
リザラールは心の中で勝利の拳をふり上げた。駆けるように五階に行っても怪しまれる事はなかっただろう。
五階に駆け上がったリザラールは、当然忘れ物などはしていない。他に警備員がいないのを確認すると、その足で第四棟への廊下へと向かった。
「開かない……っ!」
リザラールは第四棟へと続く扉のドアノブをがちゃがちゃと鳴らしていた。
当然といえば当然だろう。第四棟は立ち入り禁止なのだと係員も言っていた。鍵がかかっている。
今だけ開けばいいのに。そして身を隠す。そこで思う存分読書三昧。
「ああいっそ図書館住みたいよ……」
本の虫・リザラールにとってまさに聖地、楽園。ここに住みたいと思っても不思議はないだろう。
そうしたらさっきみたいにいいところで邪魔が入る心配もない。
登場人物の中で一番影が薄いと思っていた人間が、ヒーローが現れるべきおいしいシーンをかっさらい、いいとこどりをしたところでこの後ヒーローの面目は、とかいろいろあるのに。
しかし父親が迎えに来ているにも関わらず、リザラールの読書欲はとどまるところを知らなかった。
「って、どうしよ早くどっか誰にも見つからないところに隠れないと警備員や父さまに見つかっちゃう……」
そうなれば強制的にこの人生最後の楽園からは離されてまたあの牢獄のようなうちへ連れ戻されてしまう。
読書直後の人の頭は結構物語調の言い回しができちゃうもんです。
牢獄はかなり誇大表現だが、このままのペースだとリザラールはもう明日明後日には手元の本三冊全部読み終わってしまうだろう。そうなった実家にもはや未練などない。しかも父は絶対忙しいので週に一度さえ王立図書館に来れるかわからない。
貸出冊数制限なんてなければいいのに……!
がりと歯ぎしりをする。
もし制限がなければ、書架ごと借りる。
比類なき読書への情熱はとどまる事を知らない。
第四棟への扉に見切りをつけて、とりあえず誰にも見つからない場所を探しに出る。
今頃父が自分を探してのぼって来ているかもしれない。父には悪いが、それは困る。
俺の読書を邪魔するやつは、肉親でも許さない……!
もういっそ隠れて本を読み続けてやるくらいに思ってリザラールはあたりに隠れ場所を探しに出た。
その日は、閉館時間を過ぎても本館の下の階が騒がしく何かがあったようなのはすぐにわかった。
やる事もなく野次馬精神が働いて、少女は人にあらざる存在の力を借りて自らの姿を消すと本館へむかった。
本館八階に着くと、背の高い男は何かを見つけたようだった。
「……?」
少女がその視線の先を追うが何もない。男は人間じゃないから少女には見えぬ何かが見えたのかもしれない。
「どうかした?」
「……子供の声がした」
「へっ!?」
「あああ…やばいやばい…でもなあ…今更のこのこみんなの前に出るとすっごく怒られるよう…」
大好きな本を読むのに夢中になるあまり、帰ろうとしないどころか図書館内に立てこもりというか引きこもり。やっと冷静になったリザラールは自分のしている事の愚かさと不可能さを自覚した。
いずれ自分は見つかる。そして叱られるだけだ。見つかるのは時間の問題とわかっていても、その後には説教の時間が待っていると思うとどうしようもない事なのに自ら説教の場に飛びこむのは嫌なのだ。
「父さまキレるとマジこわいんだよな……絶対怒ってる…ぶるぶる……」
少年を発見した少女と男は、不法滞在者といえる身であり毎日王立図書館にいる身なので居残り少年現る、というめったにない珍事に首をかしげる。
「………なんなの、あれ」
「知らん」
「………」
二人は念のためを思って姿を消して少年に近付いた。
「うう…っ…いくらあの後ヘドリックがどう行動するか気になるからってさすがにここまで逃げる事なかったかなあ……でもなぁ…なんだよ、あの黒紫の御者って名前も出てきてないくせに超おいしいとこどりして……」
全てリザラールの読む『ディルメスの旅行記』の話だったがもちろんフレアたちは知らない。
(何言ってんだこいつ………)
どうするのかという目でフレアがラックを見上げたが、彼はぱっと手を離した。するとフレアの姿は現れる。少年は驚いたがフレアは納得いかないように眉を顰めてラックを見た。
「ぎゃあ!!!ゆゆゆ幽霊!」
「なんだよ、」
「害はない」
「はあ?」
青ざめる少年を値踏みするように見たフレアは「そりゃ…そうだろうけど…」とは言ったもののまだ納得いかない。少年は突然現れた二人の人間に青ざめるような存在だ。単なるガキとみて無害と判断してもおかしくはないだろう。
「てゆうかほっとこうよ…ここにいるのばれたら困るし。」
「まさかお前、図書館に住む幽霊か!?」
急に元気を取り戻した少年は、フレアにつめ寄る。
「幽霊じゃないっ」
「でも図書館には住んでるのか!?」
住んでるとは誰も言っおらず、リザラールの願望がついうっかり口をこぼれただけだったが、あながち外れていない。というか当たっている。
「ああうるさいうるさいっ帰るよラック!」
「否定しないって事は……やっぱり住んでるんだな…?」
リザラールが丁度読んでた『ディルメスの旅行記』の中で使われていたセリフだった。使いたかった。
「違う。」
ガキでもばれたらめんどくさいし。という顔で頑なに否定するフレア。しかしそんな彼女に対してリザラールは目を輝かせて図書館に住むという夢のような出来事に思いをはせる。
「いいな…僕も住みたいよ図書館に…本だらけ最高…」
「むかっ」
「ん?」
「お前さては貴族のぼんぼんだな?だからそんな事言えるんだろうけど、あたしは生活に貧窮してるからここに住んでるの!あんたみたいにお気楽な人間が本なんかを目的に住みたいなんて立派な家があるくせに何言ってんの馬鹿じゃないの?」
「本なんかとはなんだよ!だいたい今の話だと家がないみたいだからここに住んでるみたいだけどそれって犯罪なんじゃないの?」
きつい態度でたたみかけるように言うフレアに負けじとリザラールも声高に口角泡をとばす。読書大好きなリザラールにとって、侮辱するようなフレアの言い方はまったくもって気にくわなかった。
「お前よかましだっつーの!どうせここにいれば本が毎日読めるって理由で住みたいんでしょ?アホか!そんなんジリ貧者にしてみれば、アホか!」
「ジリ貧者……」
「気になるのはそこかよ!」
ラックは意味わからんとこに注意がいったようだった。
ラックの言葉に眉をしかめていた間にリザラールの様子が急変した。
「てゆうかああぁぁかくまってええぇぇ!」
聞こえてきた足音に怯えてリザラールは急にフレアにつかみかかった。ついでにラックにも。
「ぼく困ってるんだよ!!やつらに捕まったらどんな事になるかぶるぶるとにかくなんか奥に通してとかなんとかしてえぇぇ」
「(うぜぇ…)……ってかうちらも誰かに見つかるとやばいんだっつうの。ラック、早く隠れよう」
「ああ」
「ってそんなの置いてけ!?」
ラックは片手にリザラール少年を抱えている。
「ぜったいめんどくさい事になるよ!?」
そんな中にも足音は大きくなり焦るフレアは声を小さくした。
しかしラックは無表情に近い不機嫌そうな、いつもの顔でこともなげに低い声で言った。
「………面白そうではないか」
「……っな…っそん……っ」
口をふさげず言葉をなくすフレアだが警備員らしき足音が本当にすぐ側までせまっているので仕方なしにラックの手をとる。
(この……っ人間好きめえぇぇぇぇっっ……!!!!)
走りながら顔をしかめて声にならない叫びをもてあまして唸った。 |