名前のない少女
人は何故か、出会いを求める。
人はいつかは死んでしまうのに。
幼い頃、母様に言えば、
「あなたはまだ幼いわ。
でも、いつか分かる時が来るわ」
そう言って、笑っていた。
私は母様が大好きだった。
…でも、母様は私の事を好きじゃ無かったみたい。
母様は…自殺した。
母様が自殺した理由を探していると、探偵と名乗る男と出会った。
母様の知り合いらしい。
母様が唯一心を許した人。
私は、幼い頃母様に尋ねたことを思い出した。
あの時、母様はいつか分かると言っていた。
今…わかった気がする。
その答えが…。
俺は、探偵として人の死を沢山見てきた。
…そんな俺が、一人の女と出会った。
名前も知らない。年齢もわからない。
最初は、俺も警戒していたが、次第に打ち解けて言った。
そして、彼女にとっても俺にとっても、共に過ごす時間が楽しみになっていった。
そんな時、彼女が自殺したと聞いた。
俺は、ショックで立ち直れずにいたが、彼女に聞いた話を思い出した。
「私には、幼い娘がいるの。その子がもう可愛くて可愛くて(笑)。
この間なんか、どうして人は出会いを求めるのか…なんて聞いてきたのよ。…でも、その事を聞いてから、あまりあの子に構ってやれる時間が無くなった…もし、あなたがあの子に会う事があったら、私はこんなにも愛していたんだと、代わりに伝えてくれるかしら?」
そう言って笑う彼女は…今までで一番、綺麗だった。
俺は、彼女の伝言を伝える為、彼女の娘さんを探す旅に出る事にした。
旅を始めてしばらく経つころ、1人の少女に出会った。
きっと、この子が彼女の娘さんに違いないと思い、彼女からの伝言を伝えた。
すると、その子は____泣いていた。
…その男から聞いたのは、母様からの伝言。
それを聞いてるうちに、やっとホントの母様に会えた気がして、嬉しかった。
「ありがとう。あなたに会えて良かった。
話を聞く限り、母様があなたに心を許した理由が…分る気がします」
私はその男にお礼を言った。
母様の言葉を伝えてくれたから。
母様の最期を聞いて、私を探してくれていたから。
その男が、母様を知ってくれたから。
私は、その男に出来る限りのもてなしをした。
母様の話をいっぱい聞いた。
…母様の事を思い出して、沢山泣いた。
泣いて泣いて、気持ちを切り替えたら、母様の事を、その男に話した。
男の顔には、驚きと戸惑いの色が見えた。
俺は、彼女の言葉を全て伝えた。
伝え終わって、帰ろうとしたら、その子にもてなさせてくれと言われた。
彼女の話を沢山したら、その子は沢山泣いて、彼女の事を沢山話してくれた。
俺は、驚いた。彼女が話してくれなかった事を、聞いてしまってもいいのだろうか。
彼女の娘さんから聞いて、分かった事がいくつかあった。
彼女は…人では無かったということで。それもなんとなく気付いていたことだった。
そして…彼女は、人間が嫌いだったということ。
「…あなたは、母様が唯一心を許した人だった。
母様は、きっとあなたに嫌われたくないから、ホントのことを言わなかったんだと思う」
…そうだったのか。なら、仕方ないと納得できる。
彼女の娘さんに、ずっと気になっていたことを聞いてみることにした。
「…君のお母さんの名前、なんて言うのか教えてくれないか?」
…その子は、とても申し訳無さそうに言った。
「…私は、母様の名前…知らないの。だって、ずっとそう呼んでたから、名前なんて必要なかった。
…もちろん。私も」
そう言って、口を閉ざしてしまった。
…私は、母様の事を全部話した。
そしたら、母様の名前を教えてと言われ、正直こまった。
だって、今まで名前で呼ばなかったから、必要ないと思っていたから、名前なんて知らない。
私も、名前がない。
正直に話したら、男は物凄く申し訳なさそうな顔をした。
夜も更けて来たころ、男は帰って行った。
…母様の話を聞いた後、私は母様が使っていた部屋を整理する事にした。…母様が自殺してからずっと片付かなかった部屋を。
部屋を整理していたら、封筒に入った何かが出てきた。
「…これ…」
開けてみたら、数枚の写真と…手紙があった。
写真には、母様と…見たことのない男が映っていた物と、私も一緒に映っていた物の二種類あった。
「…この手紙は…?」
申し訳ないと思いながら、読んでみる事にした。
「…愛する娘へ…
これ、私宛?」
『愛する娘へ…
元気にしていますか?
この手紙をあなたが読んでいる頃には、
私はきっとあなたと一緒にいる事はないでしょう。
私の部屋へ入る事を固く禁じていましたから。
しかし、これだけは信じてほしい。
私は…あなたの事が大好きよ。
最近、話をしていないから、嫌われたんじゃないかって
私はとても不安なの。
これが、私があなたに贈る事のできる最後の言葉。
__________産まれてきてくれて、ありがとう。
母より』
「…母…様…」
読んでると、涙が止まらなくなった。
あぁ…昔母様に聞いた事の答えは__________ということだったんだ。
「母様…大好き……」
……………………………その後、その場からすすり泣く声が永遠に聞こえて来たという。
名前の無い少女は救われたのだろうか。
母の自殺という呪縛から、解き放たれたのだろうか。…それは、少女にしかわからない事。
少女の答えは何だったのか、私にはわからない。
もしかすると、この問いに答えなど無いのかもしれない。
私は私。あなたはあなた。次にこの問いに答えるのは…あなたです。これを読んでいる、あなた。
短編集を書くのは初めてです。
私自身、書いていてじんわりくるものがありました。みなさんにも伝わってくれたら嬉しいです。
あなたにこの問いの答えが見つかるよう、願いを込めて…
華川 奏