僕は、雀のさえずりと台所から聞こえてくる物音で目覚めた。
台所から聞こえてくる心地よいリズムの音は、新妻が僕の為に朝食を準備してくれているのだろう。
ああ、僕はなんてぇ、今、しあわせなんだろう。きっと、順風満帆とはこうゆう事なのだろうと思う。
僕は、まだ少しぬくもりのある布団から抜け出すと、新妻が料理している台所にいった。
「あら、あなたぁ。おはよう」
新妻はひよこが踊ってるエプロンをして、実にかわいかった。
「もう、少し……待ってね」
僕は、新妻が話してる途中にほっぺたにキスをした。
「もう、あなたったら……」
新妻は、顔を少し赤らめた。毎日繰り返される光景だが、実に幸せだ。
テーブルの上には、新妻が愛を込めて作ってくれた、ハムエッグと味噌汁が並んでいる。新妻は、頬に手をあてて、僕が朝食を食べている姿を嬉しそうに見つめていた。僕は少し、照れ臭くなって、テレビの電源を入れた。テレビ画面には、朝のお馴染みのニュースキャスターが熱くニュースボードを回転させていた。
「ズバット、行きますよ。ズバット! THE七時半またぎ!」
僕は、このキャスターは何か叫ばないと動作できないのかと思い少し可笑しくなった。キャスターは勢いよくボードを回したためにバランスを崩して、転びそうになっている。それでも、何食わぬ顔して、昨日起こったニュースをボードを使って説明している。
ニュースの内容は、老舗の饅頭屋が賞味期限を改ざんして販売していたというものだった。
「また、偽装のニュースだよ。最近こんな、ニュースばっかりだね。雅美ちゃん」
僕は、妻にそう話しかけた。
「そうね。ほんと、嫌になっちゃうわね。富雄さん。富雄さんは職業柄……許せないのでしょう」
「うん。いちおう、こう見えても、刑事だからね」
僕は、少しかっこつけて言ってみた。いい方が面白かったのか、妻はプゥと笑った。
申し遅れたが、僕の名前は国広 富雄。歳は28で、職業は警察官である。つい最近、小さい時からの夢であった刑事になったばかりである。今はまだ、新米なので先輩デカにひっついて、デカ修行中なのだ。
テレビを見ながら、朝食を半分くらい食べ終わっていた時、携帯電話がなった。相手は着信音からして。先輩刑事の松崎刑事からであった。
「おい、国広。事件だ! 事件! すぐに署にこい」
「先輩ぃ! 一体全体、そんなに興奮して何があったんですか?」
「いいから、つべこべ言わずに、早くこい! 来てから事件の概要は説明してやる」
松崎刑事は、いつもこうなのである。とにかく、せっかちである。それと、関係ないけど、とてつもなく肌が黒いのだった。
「あなた、お仕事なの?」
妻の雅美ちゃんが心配そうな表情をして聞いてきた。
「うん。事件が起きたみたいなんだ。少し早いけど、仕事にいってくるよ」
僕は妻との朝のだんらんを邪魔されて、少しムッとしたが、しかし、こうやってる間にも善良な市民が苦しんでいるかもしれない。僕はすぐに、スーツを着ると玄関にいった。
「あなた、気をつけてね」
「うん、がんばってくるよ」
僕は毎日恒例のいってきますのキスを妻のほっぺにした。
ほっぺにキスをした瞬間、唇の感覚が少しザラっとしたので、雅美ちゃんに肌が少し荒れてるので、ビタミンを取るようにいっておいた。
僕は愛車に乗り込むと、署に向けてハンドルを握った。一体、松崎先輩が言っていた事件てなんだろうか?
先輩けっこう興奮していたし、けっこう大事件かもしれないぞ! 僕は期待と不安に胸を膨らませて、アクセルを踏み込んだ。
署につくと、松崎刑事が待っていた。いつ見ても、顔は黒い。黒光りしている。
「何、俺の顔まじまじと見てるんだ! それと国広、お前、署に来るのが遅いぞ!」
「は、はい。すいません先輩」僕はとりあえず、謝っておく事にした。
「ところで、先輩、事件って……何でしょうか」
「ああ。事件はな、下着泥棒だ!」
「ええ、下着どろ……ですか?」
僕は、あまりにしょぼい事件なのでがっかりした。
「おい、国広! 今、おまえ、しょぼい事件だと思っただろう」
うぐぅ。何でこの黒いおっさんは。いや、松崎先輩は僕の考えてる事がわかるのだろうか、図星じゃないか!
「いえ、そんな事これっぽちも、思っていませんよ! 先輩いつも、いってるじゃないですか! 事件に大きいも小さいも無いってぇ。僕も先輩の考えに右にならえであります」
「そうかぁ、それならいいのだけどな」
「そ、それで、その下着ドロの取調べを今からするのですか?」
「いや、取調べは、もう終わってるんだ。今から、そいつの自宅を捜索に行く」
松崎先輩の取調べによると、下着泥棒は、金城 勉という男で、歳は43歳、自称運送業なのだそうだ。
妻子がいて、この近くのアパートに家族で住んでるとのこと。犯行現場は金城の自宅近くのコインランドリーで、最近コインランドリーから下着が紛失するとの事で防犯カメラを取り付けたところ、見事、金城が犯行に及ぶところを撮影する事に成功して、逮捕につながる。ちなみに、金城がその日、盗んだ下着の持ち主は70歳になる婆さんの物だったらしい。金城の下着泥棒を行う動機は、妻にカラフルな下着を履かせたかったとの事である。けっして自分で頭に被ったりして、楽しみたいからでは無いと本人はいってるそうだ。とにかく、松崎先輩は、金城には余罪があると見ているので、自宅を家宅捜索するのだそうだ。そのために僕が呼ばれた次第である。
「それじゃ、そろそろ、金城の自宅に向かうぞ!」
「はい、車のエンジンかけて車庫で用意してます」
「おう、国広。気が利くなぁ! 俺は署長に一言いってくる。車で待っていてくれ!」
駐車場でエンジンをかけて待っていると、すぐに松崎先輩がやってきて助手席に腰をおろした。
「金城の自宅アパートは常盤町だ。すぐに向かってくれ!」
「はい、了解」
僕は常盤町に向かって車を走らせた。先輩はタバコに火をつけて、軽く煙をふかした。
「ところで、国広。嫁さんとは、仲良くやってるのか? 確かぁ、雅美ちゃんだっけ?」
「えへへ、独身の先輩には悪いですけど、毎日ラブラブですよ!」
「バカ野朗! 何がラブラブだとぉ、でも、お前らまだ、籍は入れてないのだろう」
「はい。籍はまだ入れてないっす」
「何で、すぐに入れないんだ! 嫁さん可哀想じゃないか!」
「え。そうなんですけど、少し事情があって、そのうちに入れたいと思ってるんすよ」
僕は松崎先輩が僕達の事を思ってくれていて、嬉しかった。それに、こうやって先輩と容疑者の自宅に行く道すがら、世間話をしている光景は昔見た、刑事ドラマの一シーンみたいで、なんだかぁ、かっこよく思えた。そうして、他愛の無い話をしているうちに金城の自宅アパートに到着した。
アパートは今時、珍しいオンボロアパートでところどころ、アパートの外壁はヒビがいっていて、地震でもきたら、すぐにでも崩壊しそうな代物だった。金城の部屋は二階の角部屋にあって、いちおう表札らしきものがかかっていたのですぐに解った。チャイムは付いてなかったので、木製のドアをノックした。
「すいませーん。金城さーん」僕はノックしながら、自宅にいるだろう住人に声をかけた。
しばらく沈黙のあと、中から細々と弱弱しい声が聞こえてきた。
「ど、どちら様でしょうか?」
「あの。金城勉さんのお宅でしょうか?」
「はい、そうですけど、今あけます」
すぐにドアが開くと、中から初老の男性が現れた。
初老の男性は、僕達の顔を見ると、どちら様でしょうか? と聞いてきた。
僕は、警察だと名乗って、身分証を見せると、ここに来る事になったあらましを初老の男性に説明した。
松崎先輩は黙って僕の説明を聞いていた。
初老の男性は外で話すのもなんですからと言って、僕達を部屋の中にいれた。いずれにしても、中を捜索することになるので、手間が省けて助かった。たいていの容疑者の家族は部屋に入れることを最初は拒むのが常だからだ。
室内は六畳ぐらいの広さで、部屋の中央にコタツがあって、コタツの中には三人の男がいた。いずれも、歳は4、50代に見えた。
「ところで、金城さんの奥さんは、おられないですね」
僕は隠れる場所も無い狭い部屋なので、女性がいないこともあってそう聞いた。
「金城の妻は私ですけど……」
コタツの中に入ってる、髭面の男がそう言った。
「えぇぇぇ!」
僕と先輩は絶句した。どう見たっておっさんではないか!
「正式には、婚姻関係ではないのですけどね」
髭面の男は照れ臭そうに頭をかきながら言った。
松崎先輩はたまらずに唸った。
「あんたぁ、ふざけるのもいい加減にしろよ! どう見たって、あんた男だろう! どうして金城の嫁になるんだ!」
その時、部屋に入れてくれた初老の男が口を開いた。
「涼子さんの言ってることは、ホントですよ! 二人は国は認めてくれないだろうが、正真正銘の夫婦ですよ!」
松崎先輩は、初老の男性の胸ぐらを掴むと、また唸った。
「夫婦って、ありえないだろう! そういう、あんたは何者なんだ!」
「わたし、私ですか? 私は金城勉の次男ですけど、なにかぁ……」
「えぇぇぇぇぇ、えぇぇぇぇぇ」
僕達は度肝を抜かれてしまった。僕は、あまりの衝撃の為に鼻血がでてしまった。松崎先輩は、ドッカン!ドッカン! 黒髭危機一髪のように樽から飛び出しそうな状況だ。
松崎先輩は絶叫していた。
「だから、どうしてぇ。男同士の夫婦で子供が出来るのだ。百歩譲って子供がいたとしても、お前はどう見たって金城勉より、年上だろうがぁぁぁ!」
聞いてもいないのに、初老の金城の次男だとのたまわった男は、こたつのもう一人の男を指差すと、ちなみに、あの人は、私の姉さんですと言った。
それを、聞いて、先輩は、「国広、帰るぞ! 今日は帰ろう! 熱がでてきた」
そうして、僕達はアパートを後にして署に戻った。
後日に他の刑事が金城の自宅アパートを捜索してわかったのだが、あそこにいた家族は、全て血のつながりがなく、金城が出会い系で知り合った架空の家族なのだそうだ。とんでもない偽装家族なのだ。
署に戻った僕達は署長に事のあらましを説明して、他の事件の書類整理をしてその日はすごした。
松崎先輩は、気分が悪いと言ってアパートから戻ってきてから二時間後に早退してしまった。僕は疲れは、したが、規定の勤務時間まで書類整理をした。そして、自宅に帰ったら夜の十時を少しすぎてしまった。
自宅に戻ると、新妻の雅美ちゃんが、寝ないでまっていてくれた。ああ。なんてぇ。よく出来た妻なんだ!
僕はいつものように、雅美ちゃんに、ただいまのキスをほっぺにした。
僕の唇がチクッとした。そう、唇に雅美ちゃんの、伸び始めた髭が当たったのだった。
「おい、雅美よ、お前、髭ぐらい、ちゃんと剃ってくれよ」
僕は仕事の疲れでイライラしていたので、つい雅美ちゃんに汚い言葉を吐いてしまった。
でも、いいかぁ。髭ぐらい。雅美ちゃんも男だから髭ぐらい生えても当然だから…… 了。
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