馬鹿が治る薬
男は息子の事で大層悩んでいた。
彼の息子は史上稀にみる馬鹿だった。その馬鹿さ加減について父である男は勿論、親戚一同が太鼓判を押すほど筋金入りの馬鹿である。
男には息子が何を言っているのかすら分からない。「てけちゃガラペぽ」なる語を訳すことが出来るならいくら出してでも通訳を頼みたいと思いながらついに12年が経った。今では妻も男を詰るようになった。
そんな男の前に一人の老人が現れた。
「風邪薬はいらんか? 一錠飲めばどんなに丈夫な奴もたちどころに風邪を引く優れ物だ」
「風邪を治すの間違いだろ」
つい言い返してしまった男は思わず空を仰ぐ。これ以上馬鹿に関わって心労を増やすなどそれこそ馬鹿がすることだ。
「想像してみぃ。体調を崩した直後に憎からず思っておる相手が颯爽と現れテキパキと頼りがいのある看病をしてくれたら?」
「……生憎と俺は妻帯者だ。独り者の寂しい輩に売ってやれ」
「臥せっているときは誰しも心細くなる。奥さんの別の顔がみれるかもしれんぞ?」
「……貰おうか」
「まいどあり」
男は出逢った頃のしおらしい妻を想像して思わず買ってしまった。
老人が品物を出す間ほかの商品を眺める。カラスが四六時中まとわりつく薬なんて一体どんな場面で使うというのだろうか?
適当に見ていた男の目がある一点で止まり、大きく見開かれた。
「おい、これは本物か?」
男が指さす先には馬鹿が治る薬、と銘打った錠剤があった。
「偽物なんざ置いとらんよ。信用商売だからな」
老人は憤慨した様子で馬鹿が治る薬を手に持ち、説明を始めた。それによると脳を効率的に使えるようになるとの事だった。
これがあれば神社で煙を頭にかけてやる必要もない。煙と共に天へ昇らんとする息子もいなくなる。
「ぜひ売ってくれ!」
「構わないが馬鹿以外には飲ませるなよ。天才と紙一重の馬鹿になっちまうから」
半ばすがりつくようにして男はその薬を買い、スキップしながら帰宅した。
スーパーマンよろしく窓に向かって離陸体制を取っていた息子に早速薬を飲ませた途端、馬鹿は風邪引かないの諺に通り今まで風邪を引いた事のない息子が熱を出して咳き込み始めた。
男は歓喜に心震えた。風邪を引いたということは馬鹿が治ったのだ! 素晴らしい効き目ではないか。
「となると、あいつも今ごろ……」
病人二人も面倒を看きれるだろうかと思いながら、男は風邪薬を飲ませたはずの妻の様子を見に行った。
ドラゴンさんより「息子が馬鹿だということを表す描写が少し足りないかも」との感想を頂いたので手直ししました。