Onlineゲーム
一通のメールを見つけた。
それは、弟のゲーム機を譲り受けた時のことだった。
弟の大貴は新しい次世代ゲーム機に夢中だ。長年使われてきた機体は静電気や内部のファンのせいで埃にまみれていて、くたびれたお父さんのようだった。
それまでこの機械を何度か借りたことはあった。大貴がサッカーの観戦にはまっていた時や、新作ソフトが発売されなかった時。もともとパズルやボードゲームが好きだった私は、隙をみてモノポリーなどに興じていた。時間のかかるロールプレイングゲームやアクションゲームの類はやったことがなかった。
「姉ちゃん、そういえばRPGとかやりたがってたよな」
そう言って、弟は数本のソフトも一緒に手渡してくれた。無名なタイトルのものばかりだ。
「それ中古でも売れないからやるよ」
高卒で溶接工として働き始めた大貴は、日に焼けた顔でにっこりと笑った。
「あと、それハードディスクが付いてて中に俺がやってたゲームが入ってるけど、いらないなら消しちゃってもいいよ」
「インストールもできるんだ」
私は少し驚いて、受け取ったゲーム機を見た。もう5年以上も前の機種だ。パソコンが普及し始めた時期に売り出されたものだが、そんなに性能がいいとは思わなかった。
「うん。ほら、俺、こないだまでやってたゲームあるだろ? あれなんかそうだよ」
そう言えば、と思い出す。綺麗な風景が再現された場所で、弟は弟の分身となるキャラクターを操作してモンスターと戦っていた。
「あのゲーム、最近、面倒くさくなっちゃってさ」
何が面倒くさいのかわからなかったけれど、私はそのゲームに興味を持った。何せ、大貴の部屋を通り過ぎる時にチラッと見たその画面の風景は、本当に綺麗だったのだ。
「私もそのゲームできる?」
意外に思ったのか、弟は目を丸くした。
「できるけど、オンラインゲームだからなぁ……まあ、今月分まで課金してあるし、遊べないことはないよ」
「あと一週間か。ちょっとやってみたいだけだから、丁度いいと思う」
それじゃあ、と言って大貴は一旦私に手渡した機械をもう一度取り戻した。どうやら私の部屋にあるTVに接続してくれるつもりらしい。
「LANケーブル引くのがちょっとやっかいだよなあ」
独り言を言いながらも、大貴は慣れた手つきでゲーム機の接続を行ってくれた。
「これでよし」
TVにゲームの画面が映し出されるまで、そんなに時間はかからなかった。
「俺のキャラ使うのも変だし、倉庫キャラ一つ空けるか」
何やら私が遊べるように設定しなおしてくれているようだけど、今ひとつ何をやっているかわからない。
「姉ちゃん、名前、何にする?」
いきなり聞かれ、私は辺りを見回した。ゴミ箱の中にクッキーの空き箱が捨ててあるのを見つけ、その名前を言った。
「お、運いいな。それ、使えるよ」
同じ名前を別の人が使っていると登録できないのだ、と大貴は説明した。
キャラクターの作成画面に進み、髪の色や目の色や、どんな種族にするのか、といったことを順番に決めてゆく。そういうことが一つ一つ新鮮で、私は知らないうちに気持ちが高ぶっていた。
「それじゃ後は操作方法だけど」
大貴は基本的な操作の仕方やチャットの仕方を教えてくれた。画面上の私のキャラクターが、操作に不慣れな私のせいで不安げにうろうろしている。
そんな様子をみて、弟は苦笑しながら付け加えた。
「最後に、これだけは気をつけろよ。個人情報は漏らすなよ。ゲームに接続してるのは同じ人間だからな。あと、余り他人に深く関わり過ぎると大変だからな」
「わかった。色々ありがとね」
お礼を言うと、大貴は新しいゲームをするためにそそくさと自分の部屋へ戻っていった。
私にとってそれは始めてのRPGだったため、操作に慣れるために辺りを走り回った。コントローラーのスティックをぐるぐる回してみたり、街の中に立っている人に話しかけたり。
とは言っても、ゲームに接続している人に話しかける勇気はまだなかった。弟の説明によると、キャラクターの頭の上に表示されている名前の色が白ければ接続している人(PC)、緑色ならばゲームに配置された人(NPC)、なのだそうだ。
街の中を走り回っていると、NPCから色々お遣いを頼まれた。玉ねぎやソーセージを持って来いだなんて、ゲームなのに……と笑ってしまう。
しばらく走り回った後、私は一旦ゲームを終了させた。もっと遊びたい、という気持ちもあったけれど、もう一時間ほど経っている。
その日は電源を落とし、続きは明日にすることにした。
仕事が終わり、家の手伝いを済ませると、私はゲーム機の電源を入れた。
けれど、ゲームのログインを行おうとした時、画面上部にある手紙マークのアイコンに『25』と数字が書かれていることに気がついた。
興味を引かれてそのアイコンを選択してみる。すると、メーラーのような画面が広がった。
タイトルを読んでみると、その大半はモンスターを倒しに行くためのお誘いの内容だった。悪いかなと思ったけれど、弟はもうこのゲームをしないと言っていたことを思い出し、少し中身を読んでみることにした。
『白魔導士で次の日曜日、10時に空エリアに来て下さい』
『○月×日に新エリアの攻略を行います。21時に庭に集合。遅れる場合は事前に連絡下さい』
時間指定のオンパレードだ。大貴が面倒だと言っていた意味が少しわかった気がした。
そのメールはそれらの召集メールの中に埋もれるようにして送られてきていた。
『お久しぶり。元気にしているかな?
もう木の葉が赤く色づいてきているね。
この間、みんなで一緒に遊びに行った時は本当に楽しかったよ。
最近入ってこないけど、仕事が忙しいのかな?
また会えるのを楽しみにしているよ』
それは大貴のゲーム上の友達からのメールらしかった。日付は先週の初めだ。
他にもあるんじゃないか、と思って私は同じようなメールを探した。すると、同じ送り主からのメールがもう2件、見つかった。
『僕にはこの世界が全てだ。
ここでみんなと出会えて本当によかった。
僕はこの世界の中ならみんなと一緒に遊ぶことができた。
手術が成功したらみんなと会ってみたいな。
去年リーダーがオフ会を提案した時、正直羨ましかった。
またあんな機会があったらいいな。
Taiki、リーダーに伝えてくれる? なんてね』
最後の一通に、私の目は釘付けとなった。一昨日の日付だ。
『はじめまして。私はToshiyaの姉です。
Toshiyaは昨日、長年の闘病の末に息を引き取りました。
皆様と楽しくこの世界で過ごせたことは、彼にとって幸せなことだったと思います。
Toshiyaと長い間親しくしていただき、本当にありがとうございました。』
私はゲームをするどころではなくなり、急いで弟を呼びに行った。
大貴は淡々と綴られたメールの内容を読み、読みながら、涙を流した。
それは何年ぶりかにみる弟の涙だった。
私達は静かに画面を見つめ続けた。
私はその後、ゲーム機を弟に返した。
弟は、黙ってそれを受け取った。
実際にあったことが元になっています。
ふと思い出し、どうしても書きたくなりました。
一期一会と言うけれど、本当にそうだと思います。




