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 リロイとサムソンはヘベス村で三日三晩もてなしを受けた。その間にサハギンは一度もあらわれなかった。別れを惜しむアルバたちを何とか説得して、四日目の朝にリロイはヘベス村を後にした。


「もう少しいてもよかったんじゃねえの?」


 ぽかぽかと暖かい野原にのびる道を歩きながら、サムソンが目を何度もこする。


「旅の目的は強くなることなのよ。それなのに、村長さんにずっとお世話になってたら、剣の腕がにぶっちゃうじゃない」

「これ以上はにぶらんと思うけどなー」

「うるさいわね。ぶつぶつ言ってないで、あんたも風の魔術のひとつくらい覚えなさいよ」

「何をお!」


 サムソンが肩をふるわせながら、ぎりぎりと歯ぎしりする。リロイも鋭い剣幕でサムソンをにらみ返した。それを遠くの羊たちがもの珍しげにながめていた。


 三十分後、リロイは足を前に動かしながら地面を見下ろす。そこにあるのは、長いアンダースカートに隠れた足と、茶色い土だった。


『オーブ伯といえば、国の数々の反乱を鎮めてきた英雄。まことのレイリア一の騎士様でございます』


 ヘベス村のアルバに聞いてから、同じ言葉がずっと頭にひびいている。夜に村人全員と集まったときも、父ブレオベリスの武勇伝を何度も聞かされた。


 アルバたちの話によると、ブレオベリスは雷のような突撃で敵を粉砕するから『迅雷じんらい』と畏敬されているらしい。天を衝くほどの武力を誇り、名声ともに騎士たちの頂点に君臨する、レイリア随一の騎士だというのだ。


 ――いつも頬を近づけてスリスリしてくる、あのお父様が迅雷ですって。そんなの絶対にありえないわ。ヘベス村の人たちは、みんな冗談が下手なのね。


 リロイの脳裏に映るブレオベリスは鼻の下をのばして、「リロイィ」と変な声を出している。その間抜けな姿は雷からほど遠い。父が騎馬にまたがり、ランスで敵兵を突いている姿なんてとても想像できない。


「で、これからどうすンだ」


 野原の道をのんびりと歩きながら、サムソンが頭の後ろに手をあてた。


「何がよ」

「何がって、行き先だよ。まさか、諸国を適当に歩きまわれば強くなれるとか、思ってんじゃねえだろうな」


 リロイはどきりとした。


「そ、そんなこと、お思ってないわよ」

「声ふるえてますけど」

「ふ、ふるえてなんかないわよ! んもう、サムってば、そんなにあたしが信用できないの?」

「信用できないっす」

「そ、そげなはっきり言わんでも」

「じゃあ、どこに向かってるのか、ひと言でびしっと言ってみんかい。ほれ。さあ早く」


 サムソンはにやにやしながら、杖の先で地面を突く。リロイはあたふたしながら、レイリアの地図を必死に思い浮かべる。が、ドーナツのような型をした国土しか浮かばず、具体的な地名が出てこない。


 ――このままだと、あたしは計画性のない女ってことになっちゃうわ。どうしよ……


 何かいいものがないか首をきょろきょろさせると、前からちょうど馬車が流れてきた。馬車のまわりには、赤いマントをはおった騎士たちが馬にまたがっている。


「あ、あの人! あたしの知り合いなのよ。徒歩の旅はきついから、ここで待ち合わせしてたのよねー」

「ば、ばか! 待てって」


 リロイが馬車に向かうと、サムソンがあわてながら後を追ってきた。


「何者だ!」


 馬車を囲む騎兵たちが手づなを引いて、円形のランスを突き出す。リロイの背よりも長いランスが鋭くのびる。銀色の騎士たちは整然としていて、馬車になんて近づけそうもない。


 リロイはあわてて両手の平を出した。


「あ、あたしたちは怪しい者じゃありません。偶然そこを通りかかっただけで、あの……」

「へらへらしながら近づいてきて、私は怪しくないだと!? むむう、見るからに怪しいやつ。われわれがゲント伯の直参と知っての狼藉ろうぜきか!」

「ゲ、ゲント伯……?」


 ついこの間に聞いたかもしれない言葉に、リロイは首をひねる。後ろからサムソンが杖で頭をたたいてきた。


「いったいわねー! 何すンのよ」

「あほかお前! この人たちはお前の親父さんの知り合いだよ」

「へっ?」


 リロイがきょとんとする後ろで、馬車から貴人が降りてきた。その人は金の刺繍ししゅうが入った黒いコートをはおっている。髪は赤茶色で、あごに生えるひげも同じ色をしている。


「リロイ君。そこにいるのはリロイ君かね?」

「バ、バルバロッサのおじ様……?」





 リロイは馬車にゆられながら、野原の小道を旅する。扉につけられたガラスの窓をのぞいてみると、青々とした野原が後ろに流れていた。


「まさか、こんなところでリロイ君に会えるとは思わなかったよ」


 向かいに座るバルバロッサが快活な声で笑う。リロイも合わせてにこっと笑った。


「おじ様こそ、馬車に乗られてどちらに向かわれてるのですか」

「目的地に向かっているんじゃない。君が住んでた別荘から帰っているところだよ」

「あ……! そ、そうですよね」


 家を出る前夜に見たバルバロッサの顔を思い出して、リロイはすぐにうつむく。バルバロッサは優しく微笑みながら、リロイの赤い顔を見つめた。


「君が家出してから、お父さんは相当あわててたよ。部屋をずっとうろうろして、私の話なんか聞こえてないみたいだったよ」

「そうなんですか」

「夜に食事したときなんか、スープを何度もこぼしてはお母さんに叱られててね。あのときのブレオベリスは面白かったなあ」


 バルバロッサは肘かけにもたれながら、うすく笑う。口もとが動くたびに赤茶色のひげが動く。続けて「あまりお父さんを困らせちゃいけないよ」と言った。


 少し間を置いて、サムソンが「あの」と声をあげた。


「えっと……ゲ、ゲント伯」

「バルバロッサでいいよ。サムソン君」

「バ、バルバロッサ様。あの、ロイの親父さんがレイリア一の英雄だって聞いたんですけど、本当なんですか」


 緊張するサムソンの前で、バルバロッサはまた大きな声で笑った。


「そうか。君たちはブレオベリスのすごさを知らないんだな」

「は、はい」

「やつはすごいよ。剣の腕はおろか、智略、名声、どれをとってもレイリア一だ。さんざん抵抗していた反逆者たちも、迅雷が来たと聞いただけで静かになるからな」

「そんなにすごい人なんですか」

「やつはそういった話をしたがらないから、君たちにはわからないだろうけどね。敵からは恐れられ、味方から尊敬される、騎士の手本というべき男さ。私にとっても、やつは学生時代からの親友であり、生涯のライバルでもあるのさ」

「へえ」


 うっとりするサムソンの前で、バルバロッサは口にひとさし指をあてて、「ブレオベリスには内緒だよ」と言った。


 リロイが顔をあげると、バルバロッサは優しい顔で微笑む。


「男性の友情っていいですね。どろどろした感じがなくて、さわやかですよね」

「いやいや、安い酒を呑みかわすだけの下らない仲さ。若いときは呑みすぎて、君のお母さんによく怒られたよ」

「お母様のこともご存知なんですか」

「そりゃあ、何十年っていう付き合いだからね。マリーさんはとてもしっかりした女性だから、ブレオベリスの嫁にしとくには勿体ないな」

「あ、それわかるかも」


 リロイが口に手をあてて笑うと、バルバロッサも大声で笑った。


 ――ああ、バルバロッサのおじ様ってやっぱり素敵。


 リロイも心をときめかせながら、バルバロッサを見つめる。赤いひげのお方はいつも優しくて、とても落ち着いている。黒のシックなコートがとても似合う、まさに大人の男性。何かと口うるさいサムソンとは格が違う。


 バルバロッサの大きな背中は、幼いころからリロイの心に残っている。


「あ、そうだ! だったら、バルバロッサ様に師事してもらったらどうよ」


 急にあがったサムソンの声に、リロイは嫌な顔をした。


「そんなのだめよ」

「何でだよ。バルバロッサ様だって、赤ひげと恐れられるすごい人なんだぞ。お前の師匠に打ってつけじゃねえか」

「だって、おじ様はお父様といっしょで、あたしを子供あつかいするもの。それじゃあ、お父様に稽古けいこしてもらってたのと変わらないじゃない」


 そういうとサムソンは頬杖をついて「ちぇ、めんどくせえなー」と声をもらした。バルバロッサは苦笑しながら頭をぽりぽりと掻いている。


 リロイは膝に手をついて、バルバロッサに顔を近づけた。


「おじ様も赤ひげと畏敬されるほどだから、お父様以上の腕の持ち主なんですよね」

「その名前で呼ばれるのは、あまり好きじゃないんだがね」

「あ……! す、すみません」


 リロイがあわててうつむく前で、バルバロッサは馬車の天井を見つめた。


「どうせだったら、『疾風』とか、もっとかっこいいあだ名にしてほしかったね」

「……疾風ですか。かっこいいあだ名ですね」

「お父さんと合わせて疾風迅雷! 何ちゃって」


 太い腕を組んで豪快に笑うバルバロッサに、リロイとサムソンは唇をひくひくさせた。

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