第308話 はったりと言っても見せないと分からないので兵は連れます
結局ぼこられた……。序盤の動きはある程度ノーウェも確立している。で、駒が双方5個も減れば、ロスティーが一気に盤面を読み始める。なんだよ、あの外部思考装置。ずるいよ……。
「ふむ。軍略と同じか。基本は指揮官を取るまでの布石の準備と、後は随時の適応か。これはよう出来ておるな。そのままでは軍略の向上には役に立たんが。軍務の思考力の向上には役立ちそうだ」
ゲームと現実は違うからね。でも、そう言う人を動かす感覚と目的を達成する為に何をしなければならないかの思考力向上にはなりそうだ。
2人で戦術論を論じ始めているので、私はぼーっと窓の幌を開けて外を眺める。熱湯を入れた湯たんぽをそこら中に置いている所為でちょっと暑い。汗ばむとかそう言うレベルでは無いが、風を浴びたい。
頭を冷やしながら、先程の外交方針を考える。流れとしては、開国当初不平等条約を結ばされた日本と一緒だ。動乱とその派生の経済困窮によって一気に顕実した影響の所為で、日本は血と汗と涙を流し続けた。きっと50年の歳月を経て、あの小さな巨人が生まれなければ今でも日本は後進国を歩んでいた可能性すら有る。
ロスティーの家臣団の後方に隊列を組んでいる兵が見えるが、純粋兵力で200の騎兵に100強のその他部隊。決して規模は小さく無い。冬の最中にこれだけの兵を動かすんだから、コストも馬鹿にならない。輜重も新型馬車に積載されている。豪儀なこった……。何か有った場合はロスティーを守って下がる形か。伯爵家の私兵団程度なら問題無いか。宰相の外遊だ。儀礼的には全然有らしい。逆に少ない方だと聞いた。この規模でも輜重の馬車がどれだけ連なっているか……。はぁぁ、軍って本当に色々物資が無いと回らないな。
「後続が気になるか?」
ロスティーが話に区切りが付いたのか、聞いてくる。
「兵を動かすのにも金と食料が必要だなと思いまして」
「あぁ。そうだな。まぁ正式な外交団だ。騒ぎにはならん。なった場合は東の面子は丸潰れだからな。二度とまともな外交は出来んな。どちらかと言えば、血迷った場合の伯爵への対応と道中の盗賊対策だな。金は積んでおるのでな。この規模で有れば、近付いても来んだろう。無益な血を流す必要も無い」
爺ちゃんもこう言う所は為政者なんだよなぁ。
「既にノーウェに道中の斥候は先行させておる。何か有ればすぐに知れる。伯爵の町、何だったか……あぁ、フェイゼルか。あそこの諜報にも知らせは送っておる」
あー。もう草生やしているのね。うちも草が生えないように気をつけないと。
「ふむ。その顔は『リザティア』周りの心配か? お前が望んだであろう? うちとノーウェの諜報団で結界は張っておる。南の海の村にも将来的には同じくだな。お前の話だと、どちらかと言えば、海側の方が重点的になるやも知れぬが」
うわぁ……もう、草刈り終了しているのかぁ。いや、確かに頼んだけど、早いな。まぁ、建設、移住段階から入り込むか。その辺り任せちゃっているから分からない部分が多い。正直、人員分布の予定しか分からない。それも日々変わってて分からない。資料を見る度に増えていたりするし。
「不慣れな間はこちらで後ろ盾をする。上層部には帳面も出回っておってな、大体誰が他国の諜報かは把握しておる。まぁ、お互い様でな。あまりがっちりと隠しても有らぬ誤解を招く。そこは程々に付き合う程度で良い」
何、その細かい機微は……。為政者0年生には厳しいって。海の村に関しては、塩工場周りは人を近づけない辺りかな。『リザティア』は温泉宿さえ死守すればばれても不味い内容は無いか。
「その辺りは実務が始まれば紹介はする。レイの後輩が多いぞ。のう、レイ」
ロスティーが声を上げると、御者台のレイが頷く。
「はい。斥候団上がりで有れば、私の後輩も多いと考えます。弛んでおれば叩き直します」
レイも体育会系なのね……。頼もしいと思っておこう。しかし、こっちも万が一は考えておくか……。便利グッズや情報を地球から持ち込んでおこうかな。
と言うか、次の炊事は大変な事になりそうだな。300人以上が炊事を出来る場所なんて、用意出来るか?このまま行けば、毎度の河原辺りだけど、かなりの密集具合になりそうな気もする……。
と言う訳で、昼ご飯の河原に着いた訳なんだが……。渡河用の組み立て型の橋とか有るのかよ……。確かに堀とか渡らないといけないけど。準備良いと言うか、橋潰す手段を考えるか。土魔術上げて潰す段取りはいるか。投石器も視野に入れるけど、魔術士探した方が早い気もする。両方進めよう。
河原の真ん中で皆が車座になって昼ご飯を食べる。流石にノーウェが用意してくれる。勿体無いから狩りと採取に走りたかったが、分量の計算に含まれていると言われて、そのままご馳走になる。
私とリズの真ん中でタロも食事中だ。朝絞めた鳥の肉とモツを持って来てくれたので、それを貪っている。
『ふぉぉ!!こりこり?ざくざく?』
新しい食感だな。何だろう?砂肝か?いつの間にか新しい語彙が増えていて侮れない。
「リズは不便は無い?」
「さっきの通り。気にし過ぎだよ。でも、楽過ぎて、ちょっと駄目かも。寝ちゃいそう」
リズが苦笑しながら言う。板バネのお蔭で揺れがなだらかな所為で何と無く眠くなる。分かる。ふわっと浮いては落ちるの繰り返しなので、眠い。と言うか、そろそろノーウェとロスティーで対戦して欲しい。私を巻き込まないで……。
「暖かいからな。湯たんぽか。うちの実家でも流通は始まっておるかな? あれはベッドに入れるだけで朝が違う。ふむ……土産に買っておくのも手か……」
ベティアスタが真剣に悩んでいるが……。村の売り上げを上げてくれるので感謝と言う事で……。他に悩まないといけない事も有りそうだけど、ポジティブだ。
そんな感じで食事を済ませ、タロの散歩も済ませる。ストレスフリーなタロは大人しく箱の中で遊んでいるらしい。良い子だ。
そのまま馬車は順調に進み、中1回の休憩も無事終了し、懐かしのトルカ村が見えてくる。
「では、儂等はノーウェの屋敷だな。カビアは借りるぞ。何点か伝える事も有る故な」
ロスティーが言ってくるが、カビアの状況確認もしたかったんだが……。まぁ、明日で良いか。
「こっちは明日からお嬢の実家に向かうよ。暫しの別れだね」
「お二人とも、健康にお気を付け下さい」
「お前もな。さっさと話をまとめて自領に戻らねば、政務が滞る。春蒔きはノーウェに任せたが、他にも溜まっておろう。頭が痛い話だがな」
ロスティーが苦笑を浮かべながら言う。まぁ、笑い話に出来るなら、もう問題無いか。
「では、こちらで失礼致します」
ギルド前で降ろしてもらい、馬車はそのまま村を抜けて行く。一旦抜けて、村の外で方向転換して屋敷に戻る。ギルドへの報告義務は有るが、後回しだ。取り敢えず荷物を家に戻したい。
「さて、ちょっと長い間になっちゃったけど、やっと家に帰れるね」
「大切な報告も出来たしね。さぁ、帰ろう」
リズが微笑みながら答える。あぁ、そう言えば孫の件も伝えないといけないな。ふふ、信じてもらえない可能性の方が高そうだけど。何よりも家だ。やっとただいまって言える。




