いつもエステルをお楽しみのみなさん、ありがとうございます<(_ _)>
この小説は、もともと中学生向けに書かれた軽めの小説なんです。
童心に返って、エステルと一緒に空想の旅に出かけてみてくださいね(^.^)
第8話 ヒッチハイク
私たちは坂道を歩いていた。
幸いなことに、しばらく行くと路傍に街灯があらわれた。
それは多分、急な坂道での転落事故を防ぐために設置されたものだろう。
点々と続く頼りない明かりの下、私たちはかれこれ20分ほど歩き続けていた。
曲がりくねった山道の両側に、もはや人の気配はまったく感じられない。
私は仰ぐようにして空に目をやった。
天と地の境目の稜線――その暗い塊がおぼろげながら私の目に映った。
街灯はそこで途切れていた。
行く手は全くの暗闇――
道は左手の切り立った斜面に沿って大きく弧を描きながら続いていた。
その右手もまた谷か林――真っ暗で何も見えないが、多分そうだろう。
私たちは腹の虫が鳴るのも忘れて、山道を歩き続けていた。
昼食以来、私たちは何一つ口にしてはいない。
それもそのはず、夕食はバルディ家でディナーをいただくつもりだったのだから……
思いもよらぬ出来事が起こったのは、その次の瞬間だった。
私の掌に、空から冷たいものが落ちてきたのだ。
雨。
そう、雨だった。
どうしよう?
傘なんて持っていない。
このまま降られたら、4人とも風邪をひいてしまうかもしれない。
私たちはみんな薄着――なにしろ東京はもう真夏のような暑さだったから。
「これ、使いなよ」
思いがけない茶谷くんの言葉。彼の手には新聞の束が握られていた。
「これ……日経新聞?」
株だ。彼はこんなところでも株をやろうとしていたんだ。
「僕、株価のところ、もう全部読んだから」彼は言った。
「あ、ありがとう……」私は戸惑いながらも礼を言った。
こんなものでもないよりはマシ……
私は新聞紙の束を三等分すると、それをガブリエッラとアシュケナージとに手わたした。
私たちは新聞紙を頭にかざしながら、雨宿りのポイントを探した。
幸いにもまだ小降り、でも、これから雨脚が強まってきたら――
そうなったらどうしよう……
ゴーッ
聞こえる……私の耳が雨音の向こうに何かを感じ取った。
もしかして車?
自動車がこっちに近づいているんだ!
私は、ガードレールから坂の下を覗きこんだ。
かすかに見えるヘッドライトの光。それは確実にこちらへと向かっていた。
「茶谷くん、車が……車がこっちに近づいてる!」
私は彼に向かって叫んでいた。
「え?」
彼は半信半疑のまま、私の指し示す方向を覗きこんだ。
間違いない。あれは確かに自動車のライト――
私たちは手を振った。日経新聞を握りしめ、必死になって手を振り回していた。
「どうしたんですか?」
助手席から顔を出したのは、大学生風の青年だった。
運転席には彼の母親、後部座席にはその姉の姿があった。
「突然にすいません。私たち、大峯村まで行きたいのですが……」
「大峰村……」
ため息にも似た呟きが、車内から聞こえてきた。
「もうバスはないだろうから……お困りでしょうね」
誰かがそんな言葉を口にした。
ここから大峰村までは歩いて行ける距離ではない、明朝のバスを待ったらどうか―――
青年の母親は、私たちにそう勧めた。
「あの、図々しいとは思うんですけど」私は意を決して言った。
「途中まででかまいませんから、乗せてもらうわけにはいきませんでしょうか?」
「だけど……」彼女は困惑げな表情を浮かべた。
「一、二……四人。四人はちょっと乗せられないわねえ……」
「あのー、僕」茶谷くんが呟いた。
「僕、トランクっていうか、座席の後ろの物置に乗っていきますから、大丈夫です」
たしかに、人ひとりくらいなら後ろのスペースにつめこめるかも……
茶谷くんって何となくグニャグニャしてるし。
「じゃあ、峠の休憩所までなら……それでもいいかしら?」
そう言うと、彼女は娘のとなりに座るよう、私たちに目で促した。
「ありがとうございます、本当に助かります」
私は、学校の先生にすりよる保護者のようなしなを作って、何度も頭を下げた。
「どうぞ、座って下さい」
娘は後部座席の右隅に寄って、私たちのために席をあけてくれた。
控えめながら、愛嬌のある顔立ちの娘さんだった。
いささか線のきつさを感じさせる顔の輪郭ながら、親しみのもてる口許、そして上品な細い切れ長の目……そのよく通る涼やかな声が、私の気持ちを和ませてくれた。
「わあ、みなさんきれいな人ばっかりですね」
彼女は驚きの目で、私たち三人を見比べていた。
無理もない。アシュケナージもガブリエッラも超がつくほどの美少女。
顔もスタイルも抜群なのだから。
無論、私だって負けてはいない。生まれてこの方、ずっと美人で通ってきている。
ただし、トレードマークの分厚いメガネを手放せない偏執的な性格が災いして、いま一つ積極的になれないのが私の弱みなのだけど……
ともあれ、私たちは救われた。
親切な親子のおかげで、「峠の休憩所」まではどうにか無事に辿り着くことができそうだ。
これで先ほどまでの心細さがなくなったといえばウソになる。
だが、かすかな光明が差し込んできたのもまた事実だった。
時刻は午後10時30分――雨はいつしかあがっていた。
「ずいぶんと静かなところなんですね」
私は誰に言うでもなくそう訊いた。
「まるで隠れ里のよう」
「まあねえ」
母親はハンドルをもつ手を緩めずに、私の問いかけに応じた。
「このあたりにも色々とさみしいことがあったみたいだから」
え、さみしいこと―――?
意外な言葉に、私の好奇心は疼いた。
「このあたりは地盤がゆるいから、昔は大雨のたびに大変だったみたいよ」
なるほど……こんな山間部で地滑りや土石流が起こったら、大変なことになるだろう。
このおばさんの話では、明治から昭和のはじめにかけて川の氾濫や土砂災害が相次ぎ、住民の何戸かが北海道への移住を国に嘆願したのだそうだ。
だが結局、それは認められなかった……
「まあ、昔の話だわね」おばさんはそう締めくくった。
その時だった。
キキイーッ
けたたましいブレーキ音とともに、車内は大きく左右に揺れた。
ゴッ
不気味な音を残して、車はその場に急停止した。
私はぞっとなった。
思い過ごしだろうか――車の前を何かが横切るのを、私の目は確かにとらえていた。
人? 動物? それとも……
私は後ろを振り返った。そこには青ざめた顔で押し黙る茶谷くんの顔があった。
「茶谷……くん?」
私は異常な雰囲気を感じ取った。
彼もまた見たのだ。車の前を横切る何者かの影を……私にはそう思えた。
「あの、おばさん」私は思い切って口を開いた。
「今、何かが車の前を横切ったみたいでしたけど……」
「そう? そういえばそうかも知れないわね」
彼女は否定しなかった。
「念のため、降りて見てみるわね」
彼女はシートベルトを外して、運転席のドアを開けた。
助手席の長男、そして長女がそれに続いた。
私も長女の後を追うようにして、後部座席の右ドアから道路に降り立った。
「何もいないわね」
おばさんは私の顔を見て言った。
「ええ……」私は頷いた。
よかった……てっきり何かをはねてしまったのかと思ったけれど。
娘もホッとした面持ちで母親の表情を覗っていた。
「あの……あなた」
おばさんが私に呼びかける。
「え、私ですか?」私は彼女のとなりに立った。
彼女は、私の服をジロジロと見ながら言った。
「そのお洋服……高いの?」
「え、いえ」私は驚きながら答えた。
「これ、バーゲンで買った安物ですけど?」
「じゃあ、いいかしらね」
ビリッ
彼女は私のシャツを右袖から勢いよくもぎとった。
「ちょっ……ちょっと、何をするんですかっ!」
私は思わず右手をひっこめた。
「あ、ごめんなさい。これはおまじないなのよ」
おばさんは言った。
「ここを無事に通らせてもらうための――」
おまじない――どういうこと?
ここを無事に通過するために――彼女はそう言った。
だとしたら、ここは何なのだ?
何が私たちの通行を妨げているというのだ?
まさか――出るのだろうか?
私は思い切って訊いてみた。
「ああ、よく出るわねえ」
おばさんはためらいなく言い放った。
「タヌキとかカモシカとか……こないだはクマも出たわねえ」
タヌキ? カモシカ? クマ?
出るって動物のこと――?
そうか、これは動物よけのまじないなんだ。
気がつくと、おばさんはもぎとった袖を、道端に並ぶお地蔵さんにたむけていた。
そう、これは旅の安全を祈る儀式……
いや、まて――私は何か強烈な違和感を覚えていた。
おかしい。
この光景、何かがおかしい――私は冷静になって考えた。
目の前にあるのは六体の地蔵。
六道輪廻に配された六つの……いや、六つではない!
七つ――この地蔵は七体ある!
私は慄然となった。
どうして……どうして地蔵が一つ余計に祀られているのだろうか?
第8話 終
まだまだ続く地蔵の恐怖(?)、余計な一体の正体とは…
次回、みらの教授の妄想的推理、全開です(-_-;)
みなさんは、ヒッチハイクってしたことありますか?
私、まんま実話でやっちゃいました…(:_;)
さすがに七地蔵はいませんでしたけれど、
車内での会話、ほとんどそのままなんですね…何年前のことかしら。
一体、あの村で現実に何があったのか、私も知りたいです(・へ・)
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