ついにバスの終点まで来てしまった、みらの先生一行。
どうやら明日の朝まで次のバスはない様子…。
心霊スポットに置き去りにされてしまった4人の運命は…?
第7話 地蔵
「そうだねえ、明日の朝までバスは出ないねえ」
運転手はこともなげにそう言った。その言葉を受け、私は思わず腕時計に目をやった。
時刻は午後9時をすぎていた。どうしたらいいのだろうか?
私たちは終点の岩森というところまでやってきた。
だが、ここで完全に足がなくなってしまったのだ。
かといって、引き返そうにもこのバスはここから回送になる。
回送バスに頼み込んでふもとまで乗せてもらうほど、私は図々しくはできていない。
そうこうしているうちに、バスは砂利音を立てながらUターンを始めた。
そして、そのまま私たちを置き去りにして、来た道を引き返すように走り去っていった。
どうしよう……
私は一度大きく深呼吸をしてから道路に降り立った。
ここから大峯村へと向かうルートは国道309号。
一本道だから迷うことはないかもしれない。
目線を上方へ移すと、そこには青塗りの地理標識が出ていた。
そこに浮かび上がる白い文字を目で追ってみると……
大峯 30キロ
ああ……私は思わず頭を抱えた。恐れていた最悪のシナリオだ。
まさかそんなに離れているなんて……
でも、冷静に考えてみればそれも当たり前のことだった。
なぜなら大峯村は、高市の町から峠2つ向こうの山の中、ここはまだふもとにすぎないのだから。
30キロ……徒歩で行けない距離ではない。
だけど……
私は3人を振り返った。
ガブリエッラは不安げな眼差しを私に向けた。
ああ、そんな目で私を見るのはやめて!
私だってどうしようもないんだから……!
一方、アシュケナージは何とも感じていないようだった。
初めて目にする日本の田舎の風景が珍しいのか、一人で勝手にあたりを散策している。
そんな彼女の性格が羨ましかった。
そして、こんな時にこそ頼りになりそうな茶谷くんは……
今度は月明かりで柳田理科雄を読もうとしている!
ああ、もう、いい加減にして……!
ああ、本当にどうしよう?
まさか歩いて大峯村まで行くしかないのだろうか?
いや、まずは宿泊施設を探してみよう。
いくらなんでも民宿や旅館の一つや二つ、きっとこのあたりにもあるはず……
私は周囲を見わたした。
あたりは真っ暗。付近には民家の灯りすら見当たらない。
いや、民家はあるのだと思う。
だが、物音一つないこの山裾の集落には、人工の灯そのものを拒絶するような、そんな張り詰めた静寂が漂っていた。
私は、ふと暗闇の中で、かすかな光が揺れているのに気がついた。
近づいてみると、それは蝋燭の明かりだった。石の祠に祀られた小さな地蔵。
私は思わずそれに見入った。
紫色の幕、赤い前垂れ、赤銅色の花刺し、鈍い光を放つ鉢、そして木製の台座――
闇夜にぼうっと浮かび上がったそれらは、えもいわれぬ神秘的な光彩に包まれていた。
「Ksiti-garbha……地蔵菩薩ですね、ミズ・カミノ」
気がつくと、すぐとなりにはあの子――エステル・アシュケナージがいた。
「え、ええ……お地蔵さんね」
突然のことに、私はいささか戸惑いを感じながら、そう答えた。
「私、大学、大学院と、ずっと東洋美術と哲学を専攻していたんです」
彼女は言った。
「日本の地蔵菩薩像で特に印象に残っているのは……京都・六波羅蜜寺の運慶作とされる地蔵菩薩坐像。
価値でいえば、そう、2008年のクリスティーズでついた、慶派のものとされる大日如来坐像とほぼ同額、1000万ドルかそれ以上――」
「へえー」私は感嘆の息を漏らした。
さすが博士の卵、たいていの日本人よりは日本美術に詳しいんじゃないだろうか。
芸術学なんて虚学には違いないが、美術館や博物館の学芸員、研究員なんてのも悪くはない。
きっと、すてきな職業――そう思った。
私たちはしばらくそこに立ち尽くしていた。
物音一つしない暗闇の中、柔らかな光に包まれた私たちだけがいた。
「先生」少女はおもむろに口を開いた。
「ここに地蔵菩薩があるということは……一体どういうことを意味するのですか?」
「そうね……」私はしばらく考えてから答えた。
「もともとお地蔵さんていうのは、弥勒菩薩が出現するまでの五十六億七千万年の間、六道で苦しむ衆生を救済する菩薩として信仰されていたのね。だからよく六体ワンセットで立っていることが多いのよ」
「わかります、先生。私、Buddhismの講座も履修しましたから」
「ブ……そうね、仏教ね」
いちいち疲れるわね、この子の語彙って。
「でも、それだけじゃないの」
気を取り直して、私は続けた。
「地蔵は道祖神信仰と習合して、「塞の神」としての機能をあわせもつようになったのね。このお地蔵さんは多分それ――集落の外れに立っているようだから」
「サイノカミ?」
アシュケナージは挑むような目を私に向けた。
「私、わかりません、その単語」
「あ、そうか……アシュケナージちゃんはアメリカ人だもんね。外国人にはわからないわよねぇ」
私は勝ち誇ったような笑みを浮かべながら、得意げに説明を始めた。
「集落の出入口とか、道の辻とか――そういう場所は異界との接触ポイントなのね。だから、よそからやってくる他者をさえぎるための防御神――「塞の神」が必要なの。「塞の神」の「塞」っていうのは、「境界をさえぎる」って意味かしらね」
「I got it. 」彼女は頷いた。
これで少しは思い知ったかしら? これでも私は大学教授なんだから。
「あとね……お地蔵さんって、子供の守り神なの。幼くして死んだ子供とか……水子とかのね」
私はアシュケナージの顔を見ながら続けた。
「そういえば、水子の霊って女の人にとりつくのよね……まあ、基本的には祟らないとかいうけれど」
「じゃあ、先生は」少女は私の目を見すえて言った。
「この地蔵の下には、胎児の死体が埋まっている……そう仰りたいのですか?」
「え……」
「地蔵――サンスクリット語で Ksiti-garbhaは、『大地=胎内』という意味――だから」
少女はさみしげに呟いた。
「そうね」私は十分に間を取ってから答えた。
「そういう推理も成り立つかもしれないわね」
そう答えながら、私はすでに頭の中で様々なストーリーを思い描いていた。
この下に本当に胎児の死体が埋まっているのか?
誰がこの下に胎児の死体を埋めたのか?
いや、それは果たして本当に胎児の死体なのか?
そう、何かもっととんでもないものが……
これも一種の職業病だろうか? 私はあまりにリアルな空想にとらわれていた。
いけない――私は慌ててそれを断ち切った。
この場所はヤバイ……なんかそんな気がする。
私は周りの風景に視線を転じた。
そこにあったのは闇―― 一面の深い暗闇だった。
地蔵の灯明――それは、私にとって人界最後のともしびのように思われた。
ああ、それなのに、私は一刻も早く、この場から立ち去りたい衝動にかられていた。
地蔵――
それがあらゆる魔の手から旅人を守護する塞の神であったとしても……
第7話 終
その後もつきまとう地蔵の恐怖(?)…
山の中でいきなりお地蔵さんに出くわしてしまったら、やっぱり怖いですよね。
私も出くわしてしまいました…。そこは真っ暗で、お地蔵さんの明かりしかなかったんです。
完全に実話ですね、これ…(:_;)
でも、運慶よりもジェフ・クーンズとかが高いって、わけわかんないですよね<(`^´)>
そんなお金があったら、寄付だな、とりあえず。
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