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火屋野さんに救出された四人は、車でバルディ邸へと向かいます。
鳩山会館みたいな豪華な御殿なのね……。
第14話 峠のきまり
 その後の道のりは、きわめて順調だった。
 火屋野ほやのさんの運転は丁寧で、私たちは何の不安もなく、心地よく山道を揺られていた。
 エステルは、あいかわらず私のとなりにいた。
 さっきから何かしきりにスキンシップを求めてくるような身の寄せ方……
 なんなんだろう、この子?
 結局、エステルもただの子供、そこいらのイタズラな12歳児とかわらないってことか……。
 一方、ガブリエッラは不機嫌そうだった。
 怪訝な目で、私たちのことをチラチラと覗っている。
 どうやら、完璧にエステルのことを嫌っているようだ。
 無理もない。この子の生意気さには際限がない。
「日本語――お上手なんですね、アシュケナージさん」
 火屋野さんは、エステルの流暢な日本語に感心したようだ。
「どこで覚えたのですか、その日本語は?」
「ひいおばあちゃんよ」エステルは言った。
「ひいおばあちゃんは、一九一三年に日本で生まれたの。名前はSheena。私、よくSheenaおばあちゃんの子供時代に瓜二つだって言われるの」
 この子のひいおばあちゃんが、日本生まれだなんて――少し驚きだ。
 それも1913年……
 第一次世界大戦が「行く人死ぬ」で1914年だから、ほとんど歴史教科書の世界ね。
「Sheenaおばあちゃんは、私が五歳の時に99歳で亡くなったわ。私が日本に興味をもったのも、Sheenaおばあちゃんの影響だと思うの」
 エステルは、うっとりとした表情で続けた。
「だから私は今、とっても幸せなの。Sheenaおばあちゃんが生まれ育った、この日本に来ているんだから」
 エステルは同意を求めるように、私の顔を見つめた。
 私はぎこちない笑みを浮かべて応えるのが精一杯だった。
 こういう変に濃い話は苦手。
 どうせなら、もっと表面的で当たりさわりのない動機で日本に来てほしかった……。
 それからしばらく――エステルは家族の話を続けていた。
 Sheenaおばあちゃんの父ベンジャミンのこと、Sheenaおばあちゃんの母ベツィのこと、それから自身の祖母レベッカ……
 そもそもSheenaおばあちゃんの一家が来日したのは、おばあちゃんの父ベンジャミンの仕事のためだった。
 ベンジャミンは、上海に拠点を置いていたサッスーン財閥や、クーン・ローブ・グループの仕事を肩代わりして、手広く商売を営む実業家だったのだ。
 このベンジャミンおじいさんは、大の日本びいきで、太平洋戦争直前の1941年まで日本に滞在していた。
 一方、Sheenaおばあちゃんは20歳で結婚し、夫の仕事の関係でヨーロッパへと旅立った。
 そして1939年、ヨーロッパで第二次世界大戦が勃発――
 アシュケナージ家の壮大なドラマ――とてもじゃないが、私の家族とはスケールが違う。
 だからといって、それが私に何の関係があるというのだろう?
 私は歴史にもノンフィクションにも興味がない。
 私は自由な空想のもと、浮き世離れした物語に浸っていたいだけ――
 火屋野さんと茶谷くんは、エステルの話に興味をそそられたようだった。
 理系頭のくせに、茶谷くんには確かにそういう一面があった。
 だから作家などを志したのだろう。
 それはそうと――今の私には、全く別な関心事があった。
 それは例の七地蔵のこと。
 火屋野さんのお宅は、代々このへんが地元だというから、訊けば何か知っているかもしれない。
「七地蔵―――ですか?」
 私の問いかけに、火屋野さんは記憶を辿るようにして、目を上方に泳がせた。
「ああ、蛇ヶ谷の七つの石像のことですか」
「ええ」私は言った。
「あれはどういった由来で七体になったんでしょうか? 職業柄、ちょっと気になったもので」
「そうでしたか」彼は納得したように頷いた。
「ホラー作家の神野かみの先生らしいご質問ですね」
「そんな……」
 私は赤くなりながら首を横に振った。
「あれはそんなに古いものではないと聞いています。そう……百年かそこら前のものだと父から聞いた覚えがあります」
「百年?」私は考えた。
 あの七体の地蔵は、すべて百年前のもの?
 たしか大正十四年と刻まれていたはずだけど……それって西暦何年?
「でもどうしてなんでしょうか」私は続けた。
「ふつう、お地蔵さんって六体じゃないですか? それがどうして一体多いのか……」
「それは違います、神野先生」火屋野さんは言った。
「あれは六地蔵に新たな一体を付け加えたものではないのです」
「えっ」私は思わず声をあげた。
「父の話では――あれはもともと五体しかなかったということです」
 五体? あの七地蔵の本来の姿は五地蔵だった?
「ですから、百年前にあとの二体が付け加えられて七地蔵になった――そういうことかと思うのですが……なにしろ私も詳しくはないもので」
 無理もない。
 その若さでそんなことに詳しいとしたら、その人は民俗学者か郷土史家。
 しかし、どういうことなのだろうか?
 たとえ五地蔵だとしても、今度は六地蔵から一体足りないことになる。
 これらの「数字」は何を意味するのだろうか?
 どうやら「七大悪魔」とか「七つの大罪」だのは、的外れな妄想にすぎないようだ。
 その時、火屋野さんが私の袖を見ながら言った。
「神野先生。失礼ですが、お洋服の袖――どうやら何か出ましたか」
「えっ」私は思わず訊き返した。
 出たって何が――私はしばらく考えていた。
 ああ、そうか。
 車に乗せてくれたあのおばさんが、あそこではよく動物が出るって言ってたっけ。
 シカとかクマとか……まるで私のふるさとみたいなところだ。
「あの、火屋野さん」私は訊いた。
「でも、何でお洋服の袖を千切るんでしょうか? 私、何かいけないことでもしてしまったんでしょうか?」
「いえ、峠の俗信ですよ」彼は口調を変えずに言った。
「このあたりには、昔から峠を無事に越えるために、峠の『袖もぎ様』に袖や衣服を千切って供えるという習俗があるのです。あそこだけではありません。地元の者にしかわからないことですが、石像や祠などの目印がなくても、『袖もぎ様』がいる場所には、必ず何かを手向けるものなのです。それが昔からのきまり――念のため、お気をつけを」
「迷信よ」
 黙って聞いていたガブリエッラが、吐き捨てるように呟いた。
「火屋野さんは迷信家なんです。昔からそんな話ばっかして私を怖がらせるんです」
 いや、そんなことを言い出したら、私なんてまさにそのご同類なんですけど……
 人さまを怖がらせておまんまにありついているのが、ホラー作家という人種なのだから。
「では、ガブリエッラお嬢さま」火屋野さんは逆に訊いた。
「先ほどの電話の件はどう説明すればよいのですか? だって奇妙でしょう? つながるはずの電話がつながらないのだから」
「やめてください、火屋野さん!」
 ガブリエッラは、美しい顔を歪ませながら叫んだ。
 その様子をバックミラー越しに覗う火屋野さん――
 それはいささか不気味な光景だった。
 私は思わず肩をすくませて、身震いした。
「バカね、ミラノは」エステルは言った。
 まるで無知な子供を諭す女教師のような口調で―――
「電話が故障しただけでそんなに怖がるなんて……もういい年なのに」
 ムッ……私は思わず口を尖らせた。
 私、知らないからね。こういう強気な女ほどいざって時に弱いんだから。
 あとで何かあっても、私はあんたなんか助けないからね。おぼえてなさいよ、ブース!
「みなさま、ただいま到着いたしました」
 淡々とした火屋野さんの声――私はようやく落ち着きを取り戻した。
 車は洋館のロータリーをめぐり、大きなひさしのついた車寄せにつけられていた。
「わあ……」私は思わず感嘆の息を漏らした。
 素敵な洋館だった。昭和か大正の、和洋折衷のお邸といったところ。レトロで上品な感じ。
 ああ、メイドさんとかが出てきそう……も、萌えー。
「お気に召されましたか? アメリカの貿易商が戦前に所有していた洋館を移築したものでございます。さあ、どうぞ中へ。お荷物のほうは私がお運びしておきますので」
 火屋野さんに勧められ、私たちは正面の玄関へと歩みを進めた。
 あれ――私は後ろを振り返った。
 エステルだ。エステルが一人で洋館の外観に見入っている。
「なにしてるの、アシュケナージちゃん」
 私は引率者としての威厳をもって呼びかけた。
「早くこっちに来なさい。ガブリエッラさんのご家族が出迎えてくれているんだから」
 エステルは、目線を建物の二階に向けたまま、無言で私のほうへと歩み出した。

 まったくこの子は……

 私は心の中で毒づいていた。


                                  第14話 終
サスーン財閥やクーン・ローブ商会、歴史で習った人、いらっしゃいますか?
そういえば、日本研究で有名なモルデカイ・モーゼってサスーン財閥の顧問だったような気が。
歴史とかなんだとかの嫌いな人は、サスペンスだけお楽しみくださいねm(__)m
みんなでエステルのように旅行へ行くのも楽しいね(^v^)
(※ただし保護者同伴でお願いします)
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