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茶谷くんへの恋心を募らせるみらの先生。
こんな状況にも関わらずいやらしい夢を……最低です!!
第13話 つながらない電話
 朝8時――天気は快晴だった。高原の朝の空気がすがすがしい。

 私は、夜中に何度も目を覚ました。
 空腹感、そして緊張が、私の中枢神経を高ぶらせていた。
 そのつど私は、時計の針を見つめては、絶望的な思いを新たにするのだった。
 もはや時計を見ようとすることさえむなしい。無駄な努力、徒労だった。
 バスの時間は朝の八時五十七分――それまでの時間をどうやってすごせばいいのか、
 そのことばかりを考えて、私は空想の堂々巡りをくりかえしていた。
 やがて心身とも疲れ果てた私は、世が明けるのを大人しく待つことに決めた。
 他の三人は、したたか安眠を成就したようだった。
 で、けっきょく最後まで眠っていたのはこの私――ずいぶんと間抜けな話だ。

「みらの先生……、みらの先生、起きてください!」
 私を揺さぶるガブリエッラの声。

 うーん、やめて、そこはダメなのよ、ダメだってばあー……

 わけのわからない寝言とともに、私は目をしばたきながら身を起こした。
 見ると、そこにはベンチに横づけされた黒塗りの高級車――私は思わず姿勢を正した。
「どうも申し訳ございませんでした、お嬢さま」
 謝っているのは、20代後半から30代前半の若者。
 年よりも落ち着いた感じで、顔だってなかなか……
 いけない、ヨダレが出るわね。

「一体どうなってるんですか、火屋野ほやのさん!
 おかげで私たち、こんな山の中で野宿していたんですよ?」
 ガブリエッラは、不満をぶちまけていた。
 そう、この火屋野さん―――どうやらバルディ家の執事さんのようだ。
 なんでも地元の出身で、彼のお父さんも、このあたりの別荘の管理人をしていたのだとか。
「申し訳ございません」火屋野さんはもう一度あやまった。
「ですが、おやしきでも困っていたのです。まるで連絡がつかなかったものですから……」
「それは私のせいじゃないわ」ガブリエッラは反駁した。
「ここが携帯のエリア外だっていうのが問題なんです。そんなことも考えないで、山の中に別荘を建てたパパがいけないのよ」
 バルディ家の別荘というのは、戦前に建てられたアメリカ人貿易商の洋館を移築したもので、もとは火屋野さんのお父さんが管理していたのだという。
 もとの名は、ワートハイマー邸――そう呼ばれていた。

「ガブリエッラお嬢さま」火屋野さんは言った。
「そういう時は公衆電話をお使い下さいませ。公衆電話は災害時でもつながりやすいものです」
「使いましたってば!」
 ガブリエッラは、地団駄を踏みながら言った。
「だとしたら、おかしくないですか?」
 呟くような茶谷くんの声。
「公衆電話から別荘につながらないなんてことはないんじゃないかな」
 一同に、もの言わぬ沈黙が流れた。
 つながるはずの電話がつながらない……そのせいで私たちはここに足止めされた。
 それさえなかったら、私たちはまっすぐバルディ家に辿り着けたはず。
 そう、七地蔵に遭うこともなく、まっすぐに……

「でも、実際につながらない以上、何らかの原因があると思うんだけど」
 茶谷くんは続けた。
「あの、火屋野さん。お宅の電話って普通の固定電話ですよね? 携帯とかじゃなくて」
「はい」火屋野さんは頷いた。
「ただし、IP電話でございますが。バティスタ氏はよく国際電話をお使いになられるものですから」
 ふーん、今ってこんな山奥でもそんなのが使えるのか。
「あ、そうだ」
 茶谷くんは、改めて何事かに気がついたようだ。
「停電……てことはありませんか?」
「停電?」火屋野さんは訝しげに言った。
「そう、停電」茶谷くんは繰り返した。
「IP電話には電話局からの局給電がなかったじゃないですか。普通の電話網の輻輳ふくそうに巻き込まれないかわりに、停電時には通話できなくなるっていうデメリットが――」
「停電……さあ、そんなことはなかったかと思いますが」
 火屋野さんは言った。
「それにIP電話に局給電がなかったというのは昔の話です。今は、停電時にはローカル給電から局給電に切り替わる方式が一般的だと思います」
「はあ……そうですね」
 どうやら、茶谷くんの知識は、完全に時代遅れのものになってしまっているようだ。
 ププッ、彼の科学技術は工業高専在学時代でストップしているらしい、ウケる。
「仮に50ボルト弱の局給電が受けられなかったとしても――バルディ家には端末用の補助電源として、オフスタンバイ方式の定電圧定周波の無停電電源装置もございます」
「え、UPSがついてるんですか?」
 茶谷くんは押し黙った。
 よくはわからないが、けっきょく彼の仮説はどれも不発に終わったようだ。
 どうも彼の説は技術論一辺倒でいけない。
 ちょっと社会科学的な視点が欠落してるんじゃないだろうか。というよりは常識が。
「じゃあ、こういうことは考えられませんか? 電話会社の交換機のハードが壊れちゃって、誤接続が生じたって可能性も……実際、過去に東海地方でそういう事例が――」
 なおも持論にこだわる茶谷くん。
「ねえ、ミラノ」
 エステルがすり寄るような姿勢で私に囁いた。
「電話のことはもういいんじゃないかしら」
 彼女はウンザリしたような顔で訴えた。
「運転手さんだって謝っていることだし、この話は向こうに着いてからにしない? こんなところで何を話し合ったって水掛け論だわ」
 私にベッタリと張りつきながら、あの子は甘えたような目で私の顔を見上げていた。
 何なのだろう、この子の態度は……
 昨日、あんなひどい言葉を私に浴びせかけておきながら、
 今日は馴れ馴れしく身を寄せてくるエステル――
 一体どこまで本気なのか……ああ、なんか薄気味悪いわ、この子。
 そしてもう一点――私は心の中に説明しがたいざらつきを覚えていた。
 輻輳―――電話が混んでつながらなくなること。
 この通信用語は、私にあるフレーズを想起させた。

 ――ラジオ、混んだ……

 「電話が混む」と「ラジオが混む」――この二つの言葉には、何か関連があるのだろうか?
 それとも……

 全てはこれから明らかとなるのだ。

                                第13話 終
分裂的な態度をとるエステル。
こんな子、たまにいますよね……って、私のこと!?
私も「やまあらしジレンマ」とか抱えてるからなー……しくしく(;_:)

次回は「七地蔵」のいわれについて、火屋野さんが語ります。
すると意外な事実が明らかに……。
あれは「七地蔵」なんかじゃなかった!?
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