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今回は、七地蔵をめぐるエステルの解釈のお話。
深夜の休憩所で、エステルのオタク精神分析がくりひろげられたり…ハァ(;_:)
一方、ガブリエッラと茶谷くんは…キャッ(^v^)
第11話OTAKU――恋する腐女子
「私、パパもママもいないの」
 唐突とも思えるアシュケナージの言葉。
「二人とも、私が3歳の時に飛行機事故で死んだんです」
「そう……」
 私は言葉につまった。とりあえずそう答える以外にすべはなかった。
 それよりも――私にとっては七地蔵の謎のほうが気がかりだった。
「私、おじさんに育てられたんです。それから、おばあちゃん《グランマー》にも。そして、ひいおばあちゃん――グレート・グランマー」
 アシュケナージは立て続けにそう言った。この子はいったい何を言おうとしているのだろう?
 まるで私の推理に張り合うように……言ってることは支離滅裂だけど。
「私、先生のネット小説、ニューヨークの自宅で読ませてもらったわ」
 まただ――この子の話は突拍子もなく変わる。
「それにしても日本のOtakuオタク-Cultureカルチュアはユニークね。ボーイズラブ、触手系凌辱物―― 一種のabnormalアブノーマル sexualityセクシャリティ……日本語では何て言うのかしら、その、paraphiliaパラフィリアって? 異常性欲? それとも変態性欲かしら?」
「ちょ、ちょっとアシュケナージちゃん?」
 私は真っ赤になって叫んでいた。この子、いったい何てモノを読んでいるのだ!
 私が裏でこっそり腐女子フジョシ向けに書いていた18禁ネット小説……
 あなた、まだ小学生でしょ? そんなの読まなくてもいーのよ! ていうか読んじゃダメ!
 それとも大学院生として扱うべきなのかしら、この子の場合……
「私、先生の小説も含めて、OtakuオタクCultureカルチュアについて研究しているんです。知ってますか? アメリカでは性的刺激の強い日本のアニメや漫画をhentaiヘンタイって呼んでいるの」
 な、何が変態なのよ、この女……!
 ああ、だんだんとわかってきた、この子が私の講座に潜りこんでいたわけが。
 彼女は東洋の芸術思想の研究者。
 どうやらこの子、よりによって腐女子的作品を研究テーマに選んでしまったらしい。
 それも芸術心理学の分析対象として――この女フロイト!

 アシュケナージは、私の股の中で身をよじった。その吐息が妙に生々しい。

 やだ、この子、まさかそっち系の趣味の持ち主じゃ……

「私、Otakuオタクには、何らかの突出した精神的背景があると思うの。かつてフロイトがレオナルド・ダ・ヴィンチの作品を精神分析的に解釈したように――」
 し、知らないわよ、そんな精神分析みたいな疑似科学!
「ねえ、Otakuオタクの性格類型ってどうカテゴライズできるかしら? コスプレ、フィギュア、フェチ、エログロ……つまりは服飾倒錯、偶像嗜愛、拝物愛フェティシズム……ある種の畸形きけい愛好も認められるわ。先生の場合は何がテーマなの? もしかしてShotaconショタコン……」
「ちょ、ちょっといい加減にしなさいよね!」
 私は向きになって否定した。
「ヲタクはヲタクでも、私は健全なヲタなの! もう、何でもかんでも一緒にしないでよね!」
「別に……私はただOtakuオタクを、日本の今世紀的な文化現象の一側面として捉えているだけよ?
でも、現象を統計学的に一般化するには、認知バイアスを排除した覆面式の多変量解析を――」
 アシュケナージは悪びれずに言った。
 私は耳の裏まで真っ赤になっていた。
 このガキ、いつまで私の膝の上で寝そべっているんだ?
 耳が治ったんなら起きなさいよね?
「別に私、オタクのことを批判しているわけじゃないの」
 アシュケナージは、ゴロンと仰向けになって私の顔を見つめた。
「オタクのエロ漫画やエロアニメの性愛描写は、世界を魅了した浮世絵の春画と同じエッセンスで構成されていると思うの。そこには日本人特有の感性が表現されているのね。フランスの高名な文学者エドモン・ド・ゴンクールは言っているわ。浮世絵のエロティッックな表現における×××の描写は、ルーブルにおけるミケランジェロのデッサンに匹敵する……」
「ちょ、ちょっと、やめなさい! やめなさいよ、アシュケナージちゃん!」
 私は思わず彼女の口をふさいだ。
 何なのよ、この12歳児は! 真顔で放送禁止用語を連発すんじゃないわよ!
 下手すると腐女子よりもたちが悪いわよ、こういうのって。
 となりでガブリエッラが引いている。
 そう、腐女子には腐女子のルールがある。
 洒落た隠語を巧みにあやつり、その決まりごとの中でエロを楽しむ―――
 それがヲタクのあるべき萌え方ではなかろうか? でしょ?
「先生。私、『触手凌辱物』も研究したのよ? 確かに変態的な趣味かもしれないれど、ホクサイの『猟師の妻』やカザンの『蛸と海女』だって同じだわ。だから、オタク的な性的表象が、単純に性的犯罪の一次的構成要素だとは考えにくいの。だって、ホクサイの絵なんて、タコがヌードの女の×××と××××に触手をからめて、×××する快感に×××……」
 ウ、ウソよ、そんなの?
 葛飾北斎や渡辺崋山はそんな人じゃないわ!
 だって教科書には書いてなかったもの!! 

 ああ、もう勝手にして。私、そっちの趣味はないから。
 おえ……何か吐き気が……。

 私がどん引きしていることに気づき、アシュケナージは不機嫌そうにそっぽを向いた。
「そんなことよりも、あなた」
 私はそのことには触れず、脱線しかかっていた話題をもとのレールに戻そうと試みた。
「さっき言ったわよね、『あれは悪魔なんかじゃない』―――って。それにあなた、両親がいらっしゃらなくて、それでおじさんに育てられたって……」
 アシュケナージは黙ったまま頷いた。
「それってどういう意味なのかしら? それが七地蔵と何の関係があるというの?」
「自分で考えてみたら、ミズ・ミラノ」
 どうやら彼女は、完璧にヘソを曲げてしまったようだ。
「あなた、悪魔や心霊には詳しそうだけど、肝心なことにはあまり興味がなさそうだから」
 ぐっ……図星だ。確かに私は興味のないことには無関心。
 いささか知識が偏っているのは否定できない。
 だからって、そんな言い方は……
 アシュケナージは、まるでからかうかのように、私の股の上でグリグリと頭の向きを変えて遊んでいた。
 しかし、その遊びにもそろそろ飽きてきたようだ。
「もう許してあげるわ、ミラノ」
 彼女はようやく身体を起こし、私に向き直った。
「私の名前はEstherエステール――知ってる? 私の名前は古いMegillaメギラの物語に由来するの」
「メギ……ラ?」私は呆けたように呟いた。
「メギラというのはユダヤ教のヘブライ聖書の五巻の書物――ハーメーシュ・メギッロートのこと。雅歌シール・ハ・シリーム哀歌エーカー、ルツ記、コヘレト――そして、メギラト・エステル」
 メギラト・エステル……エステル記?
 私はようやく気がついた。彼女の名前「エステル」――
 それって聖書に由来する名前だったんだ!
「エステルは、ユダヤの指導者モルデカイの養女の名前。ペルシア王アハシュエロス――日本ではクセルクセス一世って言ったほうがわかりやすいかしら? そのクセルクセスの王妃になった女性なの」
 そう、王妃エステルには両親がいなかった。
 だから叔父のモルデカイに引き取られ、養女として育てられたのだ。
 そしてある時、王は七人の大臣たちに勧められ、国中の美しい処女を求めさせ、妃を選ぶことになった。
 そこで選ばれたのが、ユダヤ人モルデカイの養女エステル―――
「どう、ミラノ?」エステルは勝ち誇ったように言った。
「王妃になったエステルは、やがてユダヤ人を皆殺しにしようとした大臣ハマンの計略を見破り、逆にハマンから全ユダヤ人を救い出すの――どう、私にぴったりの名前だと思わない?」
 確かに……この子の生い立ちはまるで王妃エステルに瓜二つ。
 3歳で両親をなくし、叔父に引き取られた――
 でも、だからってそんな……
「ねえ、ミラノ」エステルは挑戦的な目で私の顔を見つめた。
「私の話もなかなか面白いでしょう?
私は七人の大臣に迎えられて王妃のような幸せな結婚をするの。そして素敵なおうちで、なに不自由のない暮らしをおくるのよ。ねえ、私の話のほうがロマンチックだわ。私にも小説家の才能があるんじゃないかしら」

 七地蔵=クセルクセスの七人の大臣?
 バカ言ってんじゃないわよ!

「ダメよ、あなたは」私は思いっきり言ってやった。
「あなたの話は難しすぎるわ。ヲタクっていうのはもっとキッチュな話に飛びつくものなの。あなたのはまるで歴史のお勉強よ」
「そうかしら」エステルはふくれた。
 このガキ……自信満々でやな女。
 典型的なアメリカンのキャリア・ウーマンね、この子。
 そういえば――ガブリエッラはどうしたのだろう?
 となりの席に彼女の姿がないことに気づいた私は、不安になってあたりを見回した。
 そして次に彼女の姿を見つけた時、私は思わず絶句した。

 あああああ―――!?

 ガブリエッラは一人ではなかった。
 茶谷くんと一緒に向こうの街灯の下を歩いている……
 ああっ、そういえば彼女の一家は、茶谷くんの大ファンでもあったのだ。
 あの子、茶谷くんといったい何を……私の心はわなないた。

 なんだろう、この気持ち―――

 こんな気持ちは初めてだった。もう6年も同居しているのに……
 もしかして私は、茶谷くんのことが好きなのだろうか?

 いや、そうは思えない。
 ただ……他の女に茶谷くんをとられるのだけはどうしても我慢がならない。
 だって……だって、5年前の茶谷くんは私の後ろを金魚のフンのようにつきまとう、そんな男だったのだから。
 茶谷くんは、私のことが好きだった。
 それはぜったい確実。
 だけど私はその思いに応えるつもりなどなかった……いや、応えられなかったのだ。
 なぜだろう?
 どうして私はこんなにも臆病なのだろう?
 エステルはそんな私のメンタリティを探ろうとしているのかも知れない。
 私は彼女の研究対象としてのOtakuオタク、そしてFujoshiフジョシ――

 それだけの存在なのかもしれない。

                             第11話 終
いよいよ本領発揮のエステル、該博なムダ知識で理論攻撃をしかけてきます(;_:)
でも、「エステル記」自体は後世の偽書説が濃厚で、「ためになるお話」ということで旧約聖書に採用されたみたい(^^)
次回は、みらの先生の恋心についてお話しますね☆ミ

【参考になるお話】
北斎と崋山のヘンタイ絵画は図書館にあると思います☆ミ
区立の中央図書館レベルで探してくださいね<(_ _)>
都内のそこらの区立図書館じゃちょっと…
もちろん、国会図書館や都立中央図書館にもあるけれど、外に持ち出せないし、時間はかかるしで、不便きわまりないこと確実です(-_-;)
高校の図書館には置いてないかも(無修正だとエログロすぎちゃって…(*_*))
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