なぜ、こんな場所に七つの地蔵が立っているのか――みらの先生は考えます。
しかし、その推理は次第に悪魔的な妄想に……悪い癖です。
第10話 セブン
あれからどれくらいの時が経ったのだろう?
私たちは丁寧に礼を述べて車を降りた。
峠の休憩所にはベンチも自動販売機も備えつけられているから―――
それが私たちがここに置き去りにされた理由。
そんなわけで、私たちはここにいる。
私たちは、土地の一家の好意に甘える形で、ふもとの高市からここまで自動車でやってきた。
途中、村の産土の社らしきものの前を通ってきたので、探せばいくらかの民家は見つかりそうなものだった。
しかし、月の明るい今夜、いくらあたりを見わたせど、それらしき灯はついに見つからなかった。
どうやら私たちは、とんでもない場所にいるようだ。
蛇ヶ谷
ここは蛇ヶ谷という。
道路沿いにやや歩くと、朽ち果てたようなバスの待合小屋があった。
私は、そこで初めてここの地名を知った。
もちろん、こんな時間のバスなどはない。この道を通る者さえ誰もいないのだ。
足を伸ばしたついでに、私たちは自販機でカップラーメンと熱いウーロン茶を買った。
ところが、ラーメンのお湯が途中で切れて、私は残りをウーロン茶をかけて食べなければならなかった。
どうして私だけがこんな……
やっとありついた夕食は、こんなものだった。
それでも人心地のついた私は、風除けも何もない、ただ屋根があるというだけの休憩所のベンチに腰を落ち着け、「ふうっ」と大きなため息をついた。
ガブリエッラとアシュケナージは、それぞれ私の左右に席を占めた。
茶谷くんだけが離れたベンチで、自分だけの時間に浸っていた。
いつからだろう?
確かに彼は、偏屈な性格の持ち主だった。だけど昔はもっと輝いていたような気がする。
私ばかりが作家としての成功をほしいままにし、それが面白くないのはわかる。
だけど……
「ミズ・カミノ……」
アシュケナージの声が、私を現実の思考へと連れ戻す。
彼女の顔は、何らかの苦痛に歪んでいた。
「どうしたの、アシュケナージちゃん」私は心配になって訊ねた。
頭脳のほうは大人以上かもわからないが、彼女はまだ12歳―――
小学6年生になったばかりの女の子なのだから。
「ミズ・カミノ、私、耳が痛いの……耳が……耳がガンガンする……!」
「耳が?」私は訝った。
気圧の変化のせいだろうか?
車で一気に山をのぼってきたから――
ガブリエッラは、不安そうな瞳で私の顔を見つめていた。
どうしよう……大したことはなさそうだけど……
アシュケナージは涙ぐんでいた。そんなに耳が痛むのだろうか?
それとも不安にかられているのだろうか?
「少し横になったら、アシュケナージちゃん」
私はそっと彼女の腰に手を回した。彼女は潤んだ瞳を向けて、私の言葉に頷いた。
私は着替え服を何着か取り出すと、それを彼女のからだ身体に羽織らせた。
アシュケナージは、甘えるようなしぐさで、私に膝枕を求めてきた。
ああ、この子はやっぱりまだ子供なんだ――私は何かしらの安堵感を覚えた。
そう思って見れば、その大人びた横顔のうちに漂うあどけなさが、私の目にもありありと映る。
「ミズ・カミノ」
アシュケナージは瞳を閉じたまま、私を呼んだ。
「なあに、アシュケナージちゃん?」
「さっきのあれ……いったい何なのかしら?」
あれ――七地蔵のことだ。こんな時でも、もちまえの好奇心の強さは変わらない。
「七つの地蔵……あれは本当に地蔵菩薩だったのかしら」
「えっ……」
彼女の言葉に、私は一瞬、言葉を失った。
あれは間違いなく地蔵菩薩……少なくとも外見上は。
しかし、あの七体という数……
七といえば……たとえば、一週間の数は七日。
日本にも古くから七曜暦というのがあった。
七福神というのも有名だし、七観音だってある。
ラッキーセブンというくらいだから、そんなに悪いものではないのだろう。
いや、まて――私はあることを思い出した。
「七」という数は、何も幸運ばかりを表すものではない。
たとえば、仏教にも七難という言葉がある。
法華経によれば、火難、水難、羅刹難、刀杖難、鬼難、枷鎖難、怨賊難の七つ、陰陽道の九星術にも、それを除く七難即滅日という吉日がある。
それに、キリスト教の「七つの大罪」――
そういえば「七つの大罪」には、それぞれの罪に対応する七体の悪魔がいたはず。
悪魔学者ペーター・ビンスフェルトの説では、
ルシファー
マモン
アスモデウス
サタン
ベルゼブブ
リヴァイアサン
ベルフェゴール
の七大悪魔は、それぞれ
傲慢
貪欲
淫乱
憤怒
大食
嫉妬
怠惰
の七つの罪に対応する……
「七つの大罪…… seven deadly sins ?」
私の推理を聞いたアシュケナージは、身をよじりながら小さく呟いた。
「まるで映画『セブン』ですね」
ガブリエッラは、顔を紅潮させながら言った。
「やっぱり先生は小説家なんだ。先生にとっては全てが物語なんですね」
物語……そうかも知れない。
これは暗示に満ちた物語。
そう、宇宙のすべては、私自身の内面の投影にすぎない。
善も悪も、すべては分裂を起こした私の無意識――
七つの大罪――私はすでにそのいくつかを犯している。
せいぜい当てはまらないのは「淫乱」――私はそこまでふしだらな女じゃない。
だって、私のカラダはまだ清らかなまま。
そりゃあ、たまにはエッチなことも考えるけど……
でも、そんなの誰だってそうでしょ?
私は早くも得意の妄想にふけり始めていた。
七つの罪に対応する悪魔たちが、次々と私の前に現れる。
それがまた、美少年風の金髪サラサラのかっこいい悪魔だったりして……
「ちがうわ」
太腿の間から声がする。
「あれは七大悪魔なんかじゃないわ」
アシュケナージだ。彼女が私の妄想に異議を唱えているのだ。
「七体の地蔵は悪魔なんかじゃないわ」彼女は言った。
「あれは怖いものなんかじゃない」
「え」私は小さく呟いた。
「七体の地蔵たちは、私を迎えに来たの。悪魔なんかじゃないの」
七地蔵がこの子を迎えにきた――
天才児のその言葉に、私は言い知れぬおぞましさを感じた。
地蔵菩薩の足元は餓鬼界へとつながっている。
地蔵尊に水をかける施餓鬼法要は、餓鬼界にいる亡者を供養するために営まれる。
私の脳裏には、地獄の賽の河原で石を積むアシュケナージの姿が鮮明に浮かんでいた。
それ自体がもはや悪魔的光景……まちがいなく。
七地蔵がアシュケナージを連れて行く……
なぜ? そしてどこへ?
その先は、地獄の賽の河原へと続いている――
それしかないように思われた。
第10話 終
■ 注解など
【ペーター・ビンスフェルト】
イエズス会士の副司教。決してあやしい人ではなく、歴史上有名なフラーデ事件を裁いた高位聖職者です(いや、それがすでに問題でしょ!?)。このフラーデ事件というのは、1589年の魔女事件で、裁かれたのはドイツのトリアーの市長さんなの。
ビンスフェルトの書いたいくつかの悪魔学論文は、現代にも伝わっています。そういえば、この手の研究で東大の博士号をもらった方がいたっけ……。
なお、これは余談ですが、フランスきっての魔女学者であるロレーヌ参審院判事ニコラス・レミについて、ロレーヌ出身のフランス人の方に訊ねてみたことがあるのですが、「誰、それ?」とあっさり否定されてしまいました。
「フランスではニコラスじゃなくてニコラですよ」と文法まで直されて…
というか、私はラテン語でニコラスって言ってるの! じゃあ、「レミ」も「レミギウス」となのかしらね、一体? 聖レミはラテン語では聖レミギウスなのだし。
日本での通り名が現地で通じると思ったら大間違いなので、注意しなくっちゃ…(;_:)
フランスでは「イエス・キリスト」って言っても「誰、それ?」……
(正しくは「ジュディ・クリ」)
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