dearly11...あらゆる犠牲の中で最も高価なもの。
『泣くな梨華!俺なんかに電話してないで早くその先生の所言ってこいよ!!気持ち伝えてきなって!』
省吾との電話を切ってからも私は動くことが出来なかった。涙が拭っても拭っても溢れてきて。優香たちまであたしを見て泣きそうになってる…。『梨華ぁ…泣かないでよ!泣かないでってばぁ(泣)』
『うぅ゛〜…(泣)』
先生が居なくなる。あたしの前から中村先生が居なくなる。
あたしと先生が初めて会ったのは高校1年の入学式の日。よく覚えていないんだ。思い出したいのに思い出せないの…。いっそあの頃に戻りたいよ先生。何もなかったあの頃の私と先生に。
だけど私は好きになってしまったから。あなたに恋をしてしまったから…だから私は…。
あたしは英語科準備室の前に居た。なかなか一歩を踏み出せないでいるとドアが開いたの。
『木村さん!どうしたの?』
『……。』
『…どうしたのじゃないよね。ごめん。』
『……。』
『…この学校が夏いっぱいまでっていうのはけっこう前から決まってたんだ。ただ何か木村さんには言いづらくて…。』
『いつまで…学校に居るの?』『8月いっぱいは資料整理とかあるから一応学校にはいると思う。あとここの片付けもしなきゃだし。』
『そうなんですか…先生あたし』
『コーヒー飲む?』
『え?あー…はい。』
『じゃあちょっと待ってて♪座ってて良いよ。』
先生…。
先生…。先生…嫌だよ先生が居なくなるなんて…。
『嫌だよ…』
『え?』
『……。』
『何で俺なんかのために泣くの』
『え??』
『その目。すごい泣いた後って感じだよ。…ごめんね。』
『…行かないで先生。』
『…厳しいこと言うね(笑)』
『笑いごとじゃないよ』
『……』
『あたし先生が居なきゃ絶対嫌だ。』
『悪いけどどうにも出来ない。』
『…先生がいないなら学校に来る意味ないよ』
『そんなことないでしょ。来年慶應来れば良いじゃん。そしたらまた会えるよ』
『……。慶應なんて無理。』
『…無理かどうかはやってみなきゃ分からないでしょ。』
『分かるよ。あたしの願いは叶わない!』
『……。分んないって。叶うかもしれないじゃん』
『じゃあ私を好きになってよ先生…!』
『……。』
『ほら…やっぱり叶わないんだよ』
『……。』
『……。』
『俺は教師だ。』
『知ってるよ』『君は生徒だ。』
『言われなくても分かってる。』
『教師である以上生徒である木村さんの想いには答えることは出来ない。』
『知ってるよ』『だけど…俺は教師である前に1人の男だから…だから今からの言葉は1人の男として言うから…聞いて欲しい。』
『うん……。』
『俺には好きな人が居る。叶わないけど変わらない。今までもこれからもずっとその人を愛してる。』
『好きな人…これからも…』
先生に愛された"その人"。
そしてこれからもきっとずっと愛されていく"その人"。
どんな人なのだろう。
『俺はその人を本当に愛してたから自分の想いを犠牲にしたんだ。自分の気持ちを殺したんだよね。後悔はしてないよ。決してこれで良かったとは思ってはいないけど彼女を守れたから。それだけは誇りに思ってるよ。』
先生に愛された"その人"。
先生の大切な"その人"。
『あの時全てを捨てて逃げることも出来たかもしれないけど今はそうしなくて良かったと思ってる。彼女の未来を奪う権利、俺にはなかったしね。あれから10年近くその人には会ってないけどあの頃と何も変わらない。今でもその人を想う気持ちは変わらないんだよ。俺が生きてきた中で唯一本気で愛した人だから…今の俺にはその人しか居ないんだ。俺にとってのたった1つの恋なんだよね。だからその人を守れるなら俺の気持ちを犠牲にするくらいどうってことなかった。そんなことで彼女の未来を守れるならって喜んで諦めた。』
そう語る先生の横顔は何だか哀し気でだけどどこか穏やかで優しい表情をしていた。
先生に、自分の想いを犠牲にしてまで守られた"その人"が羨ましい。何て幸福なのだろうとさえ思う。先生にこんなにも愛された"その人"が、今でもこんなに強く愛されている"その人"のことが──。
《愛のもたらす犠牲はあらゆる犠牲の中で最も高価なものだ。だが、自分の最も独特な点に打ち勝つものは最も美しい運命にあずかる。*温順なクセーニョン》
会ったことはないけれど"その人"が先生に愛されていたことがとてもよく分かる。
大切だから…大好きだからこそ…自分の想いを犠牲にすることを喜んで選ぶ──か。
きのう読んだゲーテの言葉が浮かんできた。
愛のもたらす犠牲…。
『…木村さん?聞いてる?ごめんね何か語っちゃって…』
『…え?あ!聞いてます。先生は本当に大好きなんだね…』
『うん…。だから悪いけどさ』
『…だけど私は諦めないよ。私にとっても先生への想いがたった1つの恋なんだよ。』
『木村さんさ…』
『あたしは"その人"を心の底から愛してる、そんな先生が好き。先生が"その人"を守ったように今度は私が先生を守ってあげる。』
『……。』
『私が先生を守るよ。私は何を犠牲にしたって構わない。それで先生が守れるなら喜んで全部捨てるよ。だけどこの想いだけは捨てられない。捨てたくない。先生が好き。愛してるよ』
『…それは愛してるとは言わないよ。愛はそういうんじゃない。君はまだ若いからまだ未来が…。……。』
『先生…?どうしたの?』
『いや…。俺も若い時同じようなこと言われたなぁと思って。』
『…?先生、私…慶應受けるよ!』
『え?』
『頑張って勉強して慶應大学に絶対合格する。それで先生を向かえに行く。だから待ってて先生!!』
先生は笑っただけだった。
でもね先生。私はあなたを愛してる。だからきっとあなたを守る。私が先生を守るからどうか待っていて下さい。 |