昔々
昔々のこと。
それはそれは大層お綺麗なお姫様がいました。
人々はみな、その御姫様を慕い、敬い、その噂は善いものばかりでした。
お姫様の父上君の国王陛下は、賢君として敬われ、その名は全世界に轟いておりました。
治世は極めて安定しており、戦は起こらず、財政は潤い、人々は平和を享受しておりました。
そんな中、とある泉で、妖精がいるという噂を聞きつけ、人々が集まるようになりました。
なんでも、全知全能の妖精であり、この世のものでなくても、知らぬものはないという噂です。
それは市井の人々の口から口へと伝わり続け、とうとう国王陛下へと届きました。
「ふむ、それならば挨拶へ行かねばならぬであろう」
国王陛下はそうおっしゃられました。
陛下の巡幸と日程を合わせ、その泉をご訪問いたすこととなりました。
露払いが泉へ到着する時に、妖精は国王へ伝言を託しました。
「もしも、あなたが一人で来るのであれば、こちらは歓待いたしましょう」
それができぬ時には、ただ、姿を現すにとどめるという。
露払いの一人がそのことを後ろから来ていた国王陛下に伝えると、陛下は一言。
「歓待はいらぬ。もしも、姿を見せたくなければそれでもよい。今は巡幸の最中である。そのため、来んでくれと言われれば、余は泉へ行く事はないだろう」
そのことを伝令へ伝え、泉へと急がせました。
泉ではそのことを聞いた妖精が、伝令に言いました。
「いや、ぜひとも来ていただきたい。そのようなことを仰られる人物に、私は会ったことが無い」
そして、そのようになりました。
歓待は華々しく、この世のすべてが集まったのではないかと思うほど、素晴らしいものでした。
陛下は、妖精に聞きました。
「素晴らしい出迎え、感謝極まりない。ぜひとも、我が下に居ていただきたい」
だが、妖精はそれについて首を縦に振りませんでした。
「申し訳ないですが、いかに素晴らしい人物であろうと、私を縛ることはできませぬ。このあたりで、お開きといたしましょう」
何か勘違いをする前にと、妖精は言葉を添えて、瞬時にいなくなってしまいました。
歓待は、そこで終わりとなり、巡幸の旅を、陛下は再開いたしました。
翌年、巡幸が終わってからも、妖精についてあきらめられない様子の陛下は、今度はお姫様と共に妖精の元へと向かった。
妖精は、前と同じように、泉のふちで陛下が来るのを待っていた。
「ようこそいらっしゃいました。先に答えておきますが、私はここから離れるつもりはございません」
「残念です。実に残念です。あなたが欲する物、いかなるものでも差し上げましょう」
それを聞いた妖精は、陛下に条件を出した。
「ならば、我が妻として、あなたの娘がほしいのです」
しかしながら、陛下はそれを拒絶なさいました。
「それはいけませぬ。私の娘は、すでに隣の国の王子と婚約しているのです」
「それは残念です。ならば、この話はなかったことに」
妖精は、陛下が何か言いだす前に、さっと姿をかくしてしまいました。
陛下は、ため息をつき、そのまま帰ってしまった。
翌日、陛下が目を覚ますと、従兵がすぐに飛びこんできた。
「陛下、申し上げます。お姫様が、寝室より消えました」
それを聞いて、陛下はすぐに城内一帯を探すようにと命令されました。
お姫様は、そのころ、単騎、妖精のところへと向かっていました。
妖精は、お姫様が来ることを知っていたようで、お辞儀をして出迎えた。
「お姫様、かようなところへ、2度も起こしいただくとは、恐悦至極でございます」
「今回は、お願いに参りました」
お姫様は、片膝を折り、答礼をしてから妖精へ要請した。
「ぜひとも、我が父の、国王の願いを叶えていただけませんでしょうか」
「あなたが、結婚をしてくださるというのであれば、いつでも」
「ええ、私の身なぞどうなろうとも構いませぬ。ただ、我が父のことが心配なのです」
「ふむ。貴女様は、ご自身よりも、父君を盛りたてようとしておられるのですか」
「それはいけぬことでありましょうか。父を、いや、両親を立てることこそ、我が務め。我が夫がすでに決まっていようとも、我が父に勝るもの無し。それが、子供の役目ではないでしょうか」
「親孝行。そう言うことと受け取ってよろしいでしょうか」
妖精が聞くと、お姫様は、力強くうなづきました。
「ならば、よろしいでしょう。私は貴女様と結婚することなく、我が人生、全身全霊をかけて、貴女様の父君であられます国王陛下へ忠誠を誓い申し上げましょう」
傅いて、妖精はお姫様に言いました。
と、そこへ、国王陛下が馬を急がせ走り込んできました。
「姫よ姫、そなたは無事であろうか」
「父上様、私は平気でございます。ただ、臣下として加えたい者が一人おります」
「その者とは」
陛下はお姫様の後ろに臣下の礼をとっている妖精に目をやった。
「……姫はやらんぞ」
「いいえ、わたくしめは、お姫様より“父君の為に”という言葉を聞き、ハッとさせられたのです。わたくしはここに、国王陛下へ忠誠を誓い申し上げます。今後は、道を過たずに、ただ国王陛下の為にこの身をささげましょう。お姫様との結婚が無くとも」
それを聞いて、陛下はすぐに答えた。
「ならば、ここに馬がある。乗って行くがよい。道は遠いぞ」
「畏まりました」
さらにお辞儀をして、陛下直々に手綱を引き寄せられて、妖精は馬の背にヒラリと乗った。
それから、妖精は爵位と土地を与えられ、また王室顧問官の役職が与えられた。
以後、ますます国土が繁栄したことは、言うまでもない。