67話「強化の異能者『ディエス』」
久しぶりに使った『男女平等拳』。慎重に右手で打ったのだが成功して良かった。顎下皮膚一枚を掠めて綺麗に気絶させることが出来た。
周囲にバレないようニアに検査してもらったが問題はなかったようだ。後遺症はないだろう。
「とりあえず、バイト合格!」
「オメデトウゴザイマス!」
バイトのお誘いから試験までの一部始終を見ていたニアが祝福してくれた。
「それにしてもいきなり打ち合わせか。ちょっと緊張するな」
今俺はニアと一緒に紅さんの所有しているオフィスビルの一室で待機している。
もうすぐボディガードのトップの人が見回りから帰ってくるらしいので、仕事内容と時間を話し合うのだ。
「結城さん、護衛長のディエスさんが戻りました。こちらへ」
「わかりました」
さっき戦った黒服さんとは別の黒服に別室へと案内された。
「おっ、君がバイトくんっすか。ディエスです。よろしく」
「はじめまして、結城幸助と言います。よろしくお願いします」
部屋に入ると、ディエスと名乗る金髪の大男が気さくに話しかけてくれた。この人が護衛長か……えっ?
「金髪大男!?」
「結城幸助!?」
この人、雫さんを追っていた『強化』の異能者じゃないか!
「『強化』!」
先に『強化』の異能を発動する。オリジナルの前で習得した異能を発動するのは気持ち的に少し複雑だが、戦うにしても逃げるにしても有用な異能だ。背に腹は変えられない。
『戦闘は避けたい。今は逃げる』
『了解デス。防犯システム掌握。カメラノ映像ハ止メマシタ。窓ハ複層ガラスデスガ防弾仕様デハアリマセン。マスターノ打撃デ破壊可能デス』
ニアはいち早く俺の意図に気づき手を回してくれている。有難い、凄いなニア。
『窓から逃げる。撹乱を頼む』
『了解。逃走ト同時ニ消火装置ヲ起動サセマス』
相手の数も実力も未知数な状態ではこちらが不利だ。
ウルが近くに居ないため陰陽術も通常出力で使えるので、窓を破って『散炎弾』で飛んで逃げるとする。
「いくぞ!」
「ストップ!ストップっす!こちらに戦う気は無いんす!」
「え?」
「もう組織とは関係ないんすよ!今は普通の仕事人間っす」
「……え?」
どゆこと?
「えーっと……とりあえず外でも行かないっすか?ちゃんと詳しく話すんで」
『バイタル、発汗量、変化ナシ。嘘ヲ付イテイル確率ハ低イデス』
ニアに嘘発見機能があるのは驚いたが、気にせず様子を伺う。
たしかに演技には見えない。周囲にいる職員達も本当に何のことだかわかっていない様子だ。
「わかった、外で話そう」
ビルの近くにある公園で話し合うことになった。こちらの警戒心を解くためなのか、あえて逃げやすい場所を選んだようだ。
「そうっすねぇ……まずは、あなたとの戦闘の後の話からがいいっすね」
強化の異能者『ディエス』は、紅さんの元で働くに至るまでの経緯を話しはじめた。
まず、俺との戦闘後に公然猥褻の容疑で警察に捕まり、身分証も住所もなかったために数日間勾留されていたらしい。その後、厳重注意だけで無事に出所できたものの、すでに組織の仮設支部は壊滅。構成員も皆撤退しており、ディエス1人置き去りにされたのだそうだ。
お金も身分証も組織の構成員が管理していたため完全な一文無しとなり、ホームレスとして1ヶ月近く札幌市内で生きていたという。
「そんな時に紅さんと出会って仕事をもらったんすよ。だから、もう組織とは一切関係ないっす」
『バイタル、発汗量、変化ナシ。嘘ヲ付イテイル確率ハ低イデス』
会話の最中もニアの嘘発見機能は作動中だ。
「たとえそれが本当だとしても俺はあんたを信用できない。雫さん達を襲った事実は変わらないからな」
バイト代は惜しいけど、今回の話は断ろう。関わらないほうが身のためだ。
「……交換条件ってのはどうっすか?」
「交換条件?」
「そうっす。自分のせいで紅さんが採用した人が辞めるのは申し訳ないんで、今回のバイトを受けてくれるなら自分からも報酬を出します」
「報酬?バイト代を上げてもらっても話を受けるつもりはないぞ」
「金銭じゃないっすよ。自分の知る限りの戦闘術と『強化』の異能の使い方を教えます」
「!」
「理由は聞かないっすけど、自分と同じく強化の異能が使えるんすよね?初めは陰陽術かと思いましたけど、ランクAの異能に匹敵する出力で発動できる術なんて聞いたことがないっす。だとすれば、同じくランクAの『強化』を持っていると考えた方が納得できます」
この間の戦闘では「陰陽術っすか?陰陽術っすか?」と言っていたので勘違いしたままかと思っていたが、バレてる。
術と異能の出力の違いは前にクロが似たようなことを言っていたな。術は多彩な分影響力は低く、異能は一つの現象に特化している分影響力が高い。
たった一度の戦闘でその事実を見極められたのだとしたら、相当な洞察力だな。
「戦闘術と強化の使い方か……」
正直魅力的な報酬ではあるが、戦闘術は習得能力で自然と身につくし『強化』の異能も何度か使っているので熟練度は結構高い。
それだけで了承はできないな。
「不満そうっすね。それなら、自分が知る限りの組織の情報も教えるっすよ」
「組織って、異能組織の情報か?」
「そうっす。組織との契約では辞めた後に情報を漏らすなとは言われてないっすからね。知っている範囲であれば全然教えますよ」
「それは……」
『トテモ魅力的デスネ』
ニアも同じことを思ったようで、霊力糸を通してそう呟いているのが聞こえた。
異能組織については前にニアが情報を集めようとしてくれたのだが、組織の本拠地や目的といった核心部の情報は一切得られなかったのだ。
これは悪くないかもしれない。
「これ以上は本当に渡せるものがないっす。あとは金だけっすね」
「いや、金はいい。今の2つの報酬を約束してくれるならバイトを受けるよ」
「マジっすか!感謝っす」
こちらとしてもありがたい話だ。それに、初めは関わらないようにしようと思ったが、何か企んでいないか見極めるためにも近くに居たほうがいいだろう。
「途中でバックれられると困るんで、組織の情報は小出しにしていく感じでいいっすか?」
「ああ、それでいい」
「それじゃあ、戦闘術と強化の使い方講座はバイトの前や合間の時間に練習する感じにしましょう」
話しを終えた後はビルへと戻り、ほかの護衛の人達と挨拶を交わしたあとシフトを決めて帰宅となった。
まさかの展開だったが気持ちを切り替えないといけない。早速明日から仕事だ。
「護衛か、動画見て勉強しておこうかな」
「有用ナ護衛術ノ動画ハピックアップシテアリマス。イツデモ見ラレマスヨ」
「ニア、凄いな」
今日も終始、ニアは優秀だった。
更新が遅くなり、本当に、本当に申し訳ございません。
作者は生きております。
頻度は遅いですが更新再開します。