66話「ホームレス男」
放課後。花園先輩に指定された場所で待っていると、黒服にサングラスの屈強な大男さんが迎えにきてくれた。逃げたい。
「結城幸助さんですね。こちらです」
「あ、どうも」
黒服さんに案内された先には、真っ黒な高級外車が停まっていた。その中には和服姿の女性が乗っている。
「あなたがリサの紹介で来た子かしら?」
「はい、そうです」
そのまま和服姿の女性の隣へ座らされ、息の詰まるドライブが始まった。
「挨拶がまだだったわね。私は花園紅。リサの母です」
「はじめまして、結城幸助です」
挨拶の後に軽く雑談を交わし、早速本題であるバイトの話が始まった。
「今日はわざわざ来てもらって申し訳ないのだけど、バイトの話はなかった事にしてもらってもいいかしら?」
「えっ?」
バイトなし?時給1万円がなし!?
「もちろん、今日待たせた分の代金は支払うわ」
「ど、どうしてですか!?とんでもない術師や異能者が相手じゃないかぎり負けない自信があります!」
「術師や異能者?は分からないけど、これはただの護衛の仕事じゃないの。リサには詳しく説明していなかったから学生にも出来る簡単なバイトだろうと思ってあなたを誘ったみたいだけど、本来はプロのボディガードや戦闘職の経験がある大人でも難しい仕事よ。少し強いだけの高校生に勤まる仕事ではないわ」
「うっ」
流石は時給1万円。仕事内容は分からないが、相当過酷な業務なのだろう。でも、こんなチャンスを何もせずに諦めるわけにはいかない。このバイトには、クロ達の生活もかかっているのだ。
「せめて実力だけでも見てください。必ず期待に応えます」
「実力ね……確かに、何も見ずに不採用とするのは失礼過ぎるわね。わかったわ。車を事務所へ回してちょうだい」
すすきのにある巨大商業ビルの前に車は停まり、そこの地下へと案内された。
「ここは私の所有しているオフィスビルなの。地下には部下のためのトレーニング施設があるから、そこであなたの実力を計らせてもらうわ」
うおぉ、このビル、すすきのの近くまで来た時に見たことある。ここってリサさんのお母さんのビルだったのか。
「ここがトレーニング施設内の模擬戦部屋よ。得意な戦法は?武器は必要かしら?」
「素手で大丈夫です」
一般的な体育館の半分くらいの広さがある立派な部屋だ。壁には竹刀や木刀、ゴムナイフなどが備えられている。さまざまな状況下での訓練が行えるのだろう。
「それじゃあ彼と模擬戦をしてもらうわ。相手を拘束するか気絶させれば勝ちという事でいいかしら?」
「大丈夫です」
相手役は先程車を運転していた黒服の大男さんだ。スーツの上からでも体格の良さが伺える。体格は倍近く違うな。
「それでは、試合始め!」
紅さんの掛け声とともに、模擬戦が始まった。
◇
(彼がボディガードね……リサったら、もう)
車内から幸助の姿を確認した紅は、落胆の色を浮かべていた。
どこにでも居そうな中肉中背の体格からは
なんの威圧感も感じられない。そして、傷のない綺麗な手と顔は戦闘経験の少なさを物語っている。
(てっきり芸能界の人脈からプロの格闘家を連れてきてくれると思ったのに……あの子ったら。今がどれほど深刻な状況なのか理解していると思ってたけど、説明が足りなかったのかもしれないわね)
護衛が足りないため強そうな知り合いが居れば連れて来てほしいと話したのは紅であったが、まさか学校の後輩を連れてくるとは思っていなかったのである。
車内の会話では、格闘経験もなく部活にも入っていないと聞いていたため、会話が進むにつれて紅の気持ちはますます落ち込んでいった。
「今日はわざわざ来てもらって申し訳ないのだけど、バイトの話はなかった事にしてもらってもいいかしら?」
「えっ?」
そのため、今回の待ち合わせで時間を使わせてしまった分の給料を払い、紅は幸助を帰そうと考えていたのである。
「せめて実力だけでも見てください。必ず期待に応えます」
「実力ね……」
幸助の言葉に、紅はディエスとの出会いを思い出す。
大きな商談のためにとある商業施設へと呼び出された紅。娘であるリサにも広告塔として協力してもらうため、その場へ連れて行く予定だった。
しかし、商談場所まで車で移動している最中、道を阻むようにして別車両からの妨害を受け、鉄バットやバールで武装した50人ほどの暴漢に囲まれたのである。
護衛は車内にいたボディーガードの2人だけ。車は別車両に周囲を固められて動かす事が出来ない。携帯の電波は妨害されていたためか繋がらず、道は人払いがされていたのか通行人もいない状況だった。
そんな中、ボディガードの活躍によってうまれた一瞬の隙をついてリサだけがその包囲網から脱出することに成功。
助けを呼びに行ったリサが連れて来たのは、大きな体格の外国人ホームレスだった。
(今までそれなりの修羅場は超えて来たけど、あの時は本当に終わったと思ったわね……)
しかし、結果は紅の予想だにしないものだった。
『あの人たち全員倒したらお金貰えるって聞いたんすけど、本当っすか?』
そう話しかけてきたホームレスの言葉に頷くと、10分もしないうちに50人いたチンピラ全員を制圧したのである。その上、ホームレスの男は無傷のままだ。
『あなた、私のもとで働かない?』
もちろんそんな人物を紅が放っておくはずもなく、ホームレス男の『ディエス』は多額の報酬と安定した衣食住の提供を条件に護衛として契約を交わし、現在は護衛の総指揮として紅とその部下を守る為に日々活躍している。
(リサはたまに凄い人材を見つけることがあるのよね……外れる事も多いけど)
そんなディエスの例を思い出し、紅はテストを行うことにした。
「確かに、何も見ずに不採用とするのは失礼過ぎるわね。わかったわ。車を事務所へ回してちょうだい」
しかしながら、ディエスの例など奇跡のような確率だ。
(あれほどの人材発掘なんて、そう何度も起こるはずがないものね)
今回の幸助の相手は『ロイド』という名で紅の専属ボディガードだ。
暴漢50人との戦いの際に紅を守ったボディガードの1人であり、傭兵経験もある戦闘のプロである。
ディエスを除く紅の部下の中ではトップの実力を持つ人物だ。
(ロイドを倒すのは無理でしょうけど、それなりに戦えるようなら採用してあげても良いかもしれないわね)
「それでは、試合始め!」
そう考えながら試合の合図を出した紅は、信じられない光景を目撃した。
「遠慮なくかかってきなさい」
「あ、はい」
幸助の右手がブレた瞬間、ロイドは膝から崩れ落ち意識を失った。
コミカライズの1巻が重版しました!
ご購入してくださった方々、コミカライズを描いてくださった航島カズト先生、本当にありがとうございます!
また、各種漫画アプリ(ニコニコ漫画、Pixivコミック、ピッコマ)でも続々とコミカライズがアップされております。
漫画アプリはよく使うのですが、自分の作品が出てきて、なんかそわそわします!
最後に、更新は遅いですが絶対にエタりませんので、今後とも応援よろしくお願い致します!