63話「強大な存在」
「先程はすまなかったね、改めて挨拶をさせてもらうよ。私が水上龍海だ。そこにいる潤叶と潤奈の父親であり、五大陰陽一族の一角、水上家の現当主でもある。よろしくね」
龍海の挨拶を皮切りに、屋敷の大広間では7人の話し合いが始まった。
「お父さん。先に言っておくけど、私たちは雫さん達の味方だからね」
「そうだよ。先輩達が居なければ私たち死んでいたかもしれないもん」
「一緒に死線を乗り越えた仲間なのです。私も先輩方の味方なのです!」
「みんな……」
「ありがとうね」
「ありがとな」
潤叶と潤奈とアウルの想いを聞き、雫とアカリとソージの3人は感謝を伝えた。そんな中、龍海は静かに口を開く。
「大丈夫、わかっているよ。娘たちと親友の娘さんを助けてもらったんだ。私自身も君らには心から感謝している。だからこそ、君たちの存在に関して国には一切報告していない。今回の一件は潤叶達だけで解決した事にした。もちろん、結城くんの事も報告はしていないよ」
「国、ですか?」
聞き慣れない龍海の言葉に、雫は思わず聞き返した。
「そうだよ。一部の陰陽術師は国に仕える身なんだ。だからこそ国との繋がりはとても深い。国家公務員みたいなものだね」
「国家公務員か……」
「なんか、急に陰陽術師が身近に感じたわね……」
ソージとアカリの言葉に続けるように、龍海は軽快に話し始めた。
「それじゃあ、まずはそこらへんの話からしようか。私たちの使っている陰陽術は約1500年前に生まれた術形態でね。それを使える者は『陰陽師』という位を得て国に仕えていたんだ。でも、いつしか陰陽術という特殊な力に恐怖を覚えた民衆との間に軋轢が生まれてね。幾度もの争いを経て、陰陽師は歴史の表舞台から姿を消したのさ」
龍海は『陰陽術師』と日本国家の関わりについて簡潔に語る。
「しかし、陰陽術を完全に失うのは国にとっても大きな損失になる。だから、一部の術師達は歴史の裏で国との繋がりを保ったまま活動していたんだ。その中でも、私たち五大陰陽一族の術師は国との繋がりがとても深くてね。国から依頼を受けて活動する事も多いんだよ」
「そういえば、『魔術師』も似たような感じなのです。500年程前に魔術を恐れた民衆や権力者との軋轢で起きた『魔女狩り』を境に、魔術師は歴史の表舞台から姿を消したのです。そして、一部の術師は今も国に仕えているのです」
「うわぁ、さりげなく凄い話聞いちゃった気がする……」
何気ない雫の質問によって歴史の裏の真実を知ってしまったアカリはそう呟いた。
「術師だけじゃなくて国に仕えている異能者もいてね。だからこそ私は『異能』の存在を知っていたんだ。潤叶と潤奈にもいずれ伝えようと思っていたから、ちょうどいいタイミングだったよ」
「異能……そういう力もあるのね」
「ぜんっぜん知らなかった」
「日本は面白い国なのです」
「日本以外でも裏で異能者を雇っている国は多いよ。イギリスもそうだね」
「そうなのです!?」
まさかの事実にアウルは驚愕を示す。
「異能者の絶対数は術師よりも遥かに少ないから、国が君たちの存在を知れば必ず欲しがるだろう。まぁ、国の庇護のもと安定した給料で生活していけるから悪いことばかりではないけどね」
「でも俺たちは、この国の人間じゃ……」
「それも理解しているよ。君たちはこの国の人間じゃない。戸籍も全て改竄されたものなんだろう?」
「なっ……!」
驚くソージたちをよそに、龍海は言葉を続けた。
「先月起きた異能組織の襲撃。あの事件を世間から隠すために情報操作の指揮をとったのは私だからね。その過程で事件に関わっていた君たちについても徹底的に調べさせてもらったよ。全てではないけど、ある程度の事情は理解しているつもりさ」
「……私たちを、どうするつもりなんですか?」
全てを知られているであろう事実に動揺しながらも、雫は率直な質問を投げかけた。
龍海に対して下手な駆け引きは無意味だと悟ったためである。
「安心してほしい。本当にどうもするつもりもないよ。娘たちを助けてくれた恩もあるからね。必要ならば君たちが平穏に暮らしていけるよう全力でサポートするつもりさ。さてと……『霧幻結界』」
「「「!?」」」
「お父さん!?」
突然の結界術に驚く潤叶達を他所に、龍海は話を続ける。
「急にすまないね。少し話題は変わるけど、ここからが今日君たちを呼び出した本題なんだ。この先の話は万が一にも君たち以外に聞こえてはいけない」
「こっからが、本題……?」
「そうだよ。君たちの方がよく知るからこそ、伝えておかなければならない話。結城幸助くんについての話だ」
ソージの疑問に答えた龍海は結界が正常に機能している事を確認した後、静かに語り出した。
「まず、君たちも知っての通り、彼の戦闘能力は相当高い」
「知ってるわ。邪神の心臓を宿した術師を倒すほどだもんね」
龍海の言葉に、青年の家で巻き起こった戦闘を思い返しながら潤叶はそう答えた。
「そうだね。邪神の心臓を宿した術師の強さは、国家規模の超常災害と同義だ。それを倒したということは、少なくとも彼には国一つを相手にできるほどの力があるという事になる」
「「「「国を相手に!?」」」」
「国を相手にできるほどの力なのです!?」
「結城くんがそんな事……」
「わかっているよ。今までの行動を考えると、彼がそんな事をする危険な人間には到底思えない。猫神様が主人と認める人物でもあるからね。あくまでも、それほどの力を有しているというだけの話さ」
潤叶の言葉を遮り、龍海は言葉を続けた。
「彼自身も強大な力を有しているけど、他にも情報戦に優れた仲間がいると私は考えている。事実、それを確信するに至る出来事もあったからね」
異能組織の一件の際に、道内に潜入していた工作員の情報がメールによって送られてきた事実を思い出しながら龍海は語った。
あの時は幸助のスマートフォンから送られたものだと龍海は思っていたが、あれほどの情報収集能力がありながら送信者の履歴を残してしまうのはあまりにも不自然である。
そのため、別の存在が幸助の手柄にするためにわざと幸助のスマートフォンからメールを送ったように見せかけた可能性が高いと龍海は考えていた。
実際はニアがメールを送るのは初めてだったため、送信履歴の事を考えずに送ってしまっただけなのだが、龍海はその事を知る由もない。
「少なくとも、彼と同等かそれ以上の存在が背後にいると私は考えている」
「そんなにデカイ存在なら、調べれば何かわかるんじゃないですか?」
「それがね、いくら結城くんの事を調べても何も分からなかったんだ。戸籍上も経歴上も彼はごく普通の高校生だった。だからこそ、情報戦に長けた仲間がいると私は確信したのさ」
龍海の言葉にソージは納得し、言葉を噤んだ。
「とりあえず分かっていることは、彼が強大な力を持っているということと、目的が全くもって不明であるということだね。悪い人間ではないとは思うけど、彼に関わるのであればその事を重々承知した上で関わるようにと、今日は言いたかったんだ」
「受けた恩は必ず返す。何か目的があったとしても助けてもらった事実は変わらねぇ。結城さんが何者だろうと関係ねぇよ」
「ソージほど盲目的ではないけど、私も概ね同意見かな。2回も助けてもらったし、悪人とは思えないからね」
「結城くんは、良い人……結城くんの役に、立ちたい」
龍海の言葉に、ソージとアカリと雫は迷いなく答えた。
雫達の言葉を聞きながら、潤叶と潤奈とアウルの3人も同意するように頷く。
「そうか、余計な事を言ったようだね。そういえば、間接的にだけど潤叶達はすでに彼の役に立っているよ」
「え?結城くんの役に?」
「お姉ちゃんと私とアウルが、何かしたっけ?」
「むしろ、結城先輩には色々手伝ってもらった記憶しかないのです」
突然の龍海の言葉に、潤叶達3人は首をかしげる。
「邪神の心臓の一件は潤叶達の功績ということになっているから、彼の存在を隠すことを手伝ったという意味で役に立っているのさ。ちなみに、今回の一件は国家レベルの大事件だ。それを解決した事になっている潤叶達の評価は、とてつもない事になっているよ。近々国から表彰状が届く予定だ」
「「ええっ!!?」」
驚いた潤叶達は龍海に疑問をぶつける。
「お父さん……それって辞退できないの?」
「もう無理だね」
「私まだ中学生だよ!国から表彰とか、胃が痛いよ」
「日本は面白い国なのです」
「アウルさんは次の長期休みに実家へ帰った時に、イギリスで表彰される予定だよ」
「私もなのです!?」
「国から表彰か、術者って凄えな」
「陰陽術……漫画やアニメみたい」
「雫、私たちの異能も似たようなもんでしょ」
真面目な話から一転し、楽しげな話題となった潤叶達の会話を聞きながら、龍海はひとり考えていた。
(普段起こりえないような特殊事件の数々、その全てに結城くんが関わっている事実。そして、彼がきっかけとなり、術師と異能者の新たな流れが生まれた。これは、本当に偶然なのだろうか……)
龍海はそう心の中で呟きながら、幸助の背後にいるであろう強大な力を持った存在を疑わずにはいられなかった。
ニアのメール回は、34話「リアリストめ」です。