61話「紅(べに)」
「いやはや、最近のすすきのは物騒ですなぁ。こりゃ安心して商売するのも大変やないですか?」
「あら、随分と白々しいセリフね」
「誰かさんが来るまではとても平和な街だったのよ?誰かさんが来るまではねっ」
すすきのに建つ大型商業ビル。そこの一室では、エセ関西弁を話す小太りの中年男性と気品ある和服の女性、奇抜な格好をしたスキンヘッドの筋肉質な男性の3人が話し合いを繰り広げていた。
「誰かさんとは誰の事ですか?ワシはこれほどまでにすすきのの安全に尽力していると言うのに」
「白々しい嘘はいい加減やめな。この間もウチの店の娘達に怪我させやがって。ヤクザまがいの成金野郎が調子乗ってんじゃないわよ!」
「おお怖い怖い。究極男さんは短気やなぁ」
「『グレート・アルティメット・やよい』よ!変な略し方しないで頂戴!せめて究極女にしなさいよ!」
究極男と略されたスキンヘッドの筋肉質な男性は『グレート・アルティメット・やよい』と言う名で活躍する凄腕実業家である。すすきのにあるゲイバーや女装カフェを複数経営しており、店同士の揉め事の解決や治安維持に協力する事ですすきのの夜を守る役割も担っている人物だ。
また、性別は男だが女性の心を持つ人物でもある。
「紅はんもつるむ相手は選んだ方がええで。こんな男女と組んどったら紅はんの品格が下がりまっせ」
「余計なお世話よ。しっかり選んだ上でやよいちゃんと組んでいるの。蛭害、少なくともあなたよりは遥かに素晴らしい人物よ」
『紅』と呼ばれた和服姿の女性はすすきの一帯の高級レストランや高級キャバクラの経営者であり、やよいと共にすすきののトップに君臨している人物である。
「ちっ。そんな古い考えじゃ従業員も付いてこなくなりまっせ。少し前も紅はんとこのキャバ嬢が辞めはったらしいやないですか」
対して、蛭害と呼ばれた小太りの男はすすきのへ進出し始めて間もないにも関わらず、莫大な財力によってすでに紅とやよいに匹敵するほどの影響力をもつ存在として君臨している経営者だ。
しかし、恐喝や人質といった強引な手で個人経営店を無理やり傘下に収め、紅とやよいの治める店にも様々な妨害を仕掛けることですすきのの治安を乱している張本人でもあった。
「あなたに心配されずとも大丈夫よ。すすきのが平和になれば彼女たちはまた戻ってくるわ」
「ほーう。それならはよ平和な街にせなあきませんなぁ。僕も今まで以上に頑張らんと」
「今まで以上?あんた、舐めんのもいい加減にしなさいよ!」
やよいの怒りに反応し、背後に控えていた屈強な2人の男たちが前に出る。彼らもやよいと同じく、体は男性だが女性の心を持つ者たちだ。
「おーこわこわ。物騒であきませんわ」
蛭害がそう呟くと同時に、蛭害の背後に控えていた護衛の3人も前に出る。
やよいの背後に控えていた2人と蛭害の護衛3人。殺気の混じった視線が交差しあう中、紅は静かに口を開いた。
「ディエス」
「大丈夫っすよ。何か起きる前にすぐ取り押さえるんで」
ディエスの言葉を聞き、睨み合っていた5人の護衛達は一歩下がる。
僅かひと月ほど前から紅のボディーガードとして働き始めたディエスは、蛭害のけしかけたチンピラ数十人をたった1人で制圧し、紅を守りぬいたという常人離れした逸話を生み出していた。
その一件以来、ディエスの実力はすすきの中の猛者たちが知るところとなり、彼らから一目置かれる存在となっているのである。
「ひゃー!たった一言でウチのモンたち下がらせるとは、流石やなぁ」
「はぁ、どうも」
「ディエスはん。紅はんからいくらで雇ってもろてるか知らんけど、ワシはその倍、いや3倍は出すで!どや?ワシのとこで働かんか?」
「あー、無理っすわ。俺、金よりも恩や信用大切にするんで、紅の姉御との契約終わるまでは誰にも雇われるつもりは無いっす」
蛭害は拙い関西弁でディエスを勧誘するが、彼の気持ちは一切動かない。
「ちっ、しゃあないな。勿体無いけど、紅はん共々ディエスはんも潰したるわ」
「蛭害!」
「おーこわこわ。冗談やで冗談。究極おと……間違えたわ、ヤヨイはんも本気で受け取らんでぇな」
怒鳴るヤヨイに対して挑発的な態度で会話を続ける蛭害は、おもむろに立ち上がり出口へと向かった。
「このまま話し合ってても意味無いやろうし、ワシは先帰らせてもらうわ。張り切ってすすきのを平和にせなあかんからなぁ」
ディエスに誘いを断られた蛭害は、部下を連れながら部屋を出て行った。
蛭害の去った部屋の中で、ヤヨイがおもむろに口を開く。
「ごめんね紅ちゃん。私が感情的になったせいで話し合いが終わっちゃって……」
「ヤヨイちゃんのせいじゃないわよ。蛭害は初めから手を引くつもりなんて無かったみたいだし。それよりも今は蛭害の動向を気にする方が先決ね。本格的な抗争が始まる可能性があるわ」
会話の中で蛭害に和解の意思などない事を紅は早々に理解していたため、すでに次の段階への対応を考えていたのである。
「厄介ね。蛭害の部下は数だけは多いわ。私も頼りになりそうな仲間の娘達に声を掛けてるけど、それでも全然足りないもの」
「私も警備会社に頼んで数だけは揃えようと思ったのだけど、すでに蛭害が圧力をかけていて無理だったわ。別の手を考えなければダメみたい」
「あいつ、金だけはあるのよね。ほんっと厄介」
頭を抱える2人を横目に、ディエスは静かに思案する。
(数がいるのは面倒っすね。『強化』使えば正面戦闘で負ける気はしないっすけど、ゲリラ戦に向いてないんすよねぇ……俺くらいの戦闘力の人がもう1人くらいいれば、少しは楽なんすけど……)
そんなディエスの考えを知る由もなく、紅とヤヨイの会議は夜更けまで続くのだった。
◇
「ほんま時間の無駄やったわ。ところでどうやった?わざわざディエスはんにアンタらを会わせるためにこんなつまらん会談に出席したんやで。なにか得られるもんはあったかいな」
会談後。帰りの車の中で不満を口にしていた蛭害は、おもむろに護衛の3人へと問いかけた。
「正直言って、よく分かりませんでした。体の厚さや重心から推定しても防弾チョッキや武器の類いを備えている様子はなく、衣服も特殊繊維製ではありません。にも関わらず、立ち姿は隙だらけでこちらを警戒している様子も一切ない。あれが警戒するほどの人物だと私は思えません」
短い黒髪に黒いスーツの女性が先に口を開き、蛭害の問いに答えた。彼女の名は『ニケラ』。某国の議員や将軍クラスの大物を仕留めた経験もある一流の暗殺者である。
「私も概ね同意見だ。手を見たが綺麗なものだった。普段から武器を握ってないのだろうな。ただの素人か、我々を警戒する必要もないほどの化け物かのどちらかだろう。ま、私は前者だと思うがね」
次に口を開いたのは、サングラスで目元を隠した強面の初老の男性だった。
彼の名は『トウジョウ』。戦いを求めて世界を渡り歩き、各地の戦場で名を挙げているプロの傭兵である。
そんな彼の目から見ても、ディエスの姿は警戒に値する人物には映らなかった。
「僕はお二人と違って武闘派では無いので強いかどうかは分かりませんけど、嘘をついている様子だけはありませんでしたね。我々を抑える実力が本当にあるのか、相当な自信家のどちらかでしょう」
最後に、3人目の護衛である細目の男が口を開いた。彼の名は『ジャスパ』。イリュージョンやメンタルマジックを駆使し、破壊工作や内部抗争の誘発を得意とする裏世界の一流マジシャンである。
そんな彼の目にも、ディエスの姿はこちらの実力を測れない只の自信家にしかみえていないようだった。
「アンタらが言うんならそうなんやろな。紅とその娘を捕らえようとして仕向けたチンピラどもがヘマしただけの話やったんか。過剰に心配して損したわ」
3人の話を聞き、蛭害は不満を口にしながらも安堵の表情となる。
「資金はまだまだ潤沢。手駒もぎょうさんおる上にアンタらの協力もある。あのお方の望み通り、すすきのを拠点に札幌の全てを手に入れられる日もそう遠くないで!」
蛭害は高々にそう宣言し、夜の街へと消えていった。
あけましておめでとうございます!
お待たせして申し訳ございません。
更新再開します!
そして、告知も遅くなり申し訳ございません。コミカライズの第1巻が発売しております!
そちらも読んでいただけると幸いです。
今年も『異世界転生……されてねぇ!』をよろしくお願いいたします。