60話「ディエス」
「ねぇねぇ、君達ってあそこのキャバクラの娘達なのかな?」
「そうですよー。お兄さんたち、何か用?」
「私たちもう帰るとこなんだけど〜」
札幌の歓楽街『すすきの』。
その街の人気の少ない道の端では、無口な大男と耳に無数のピアスをつけた茶髪の男性2人が私服に身を包むキャバ嬢2人に何気ない会話を繰り広げていた。
「お兄さんたち、ナンパ?お店来てくれるならお茶ぐらい付き合ってあげてもいいよ」
「ナンパとは、ちょっと違うんだけどね。とりあえず人目のないところ行こうか」
「ちょっ、え、なに?」
「ちょっと、離してよ!」
男達はキャバ嬢2人を人気のない路地裏へ強引に連れ込んだ。
「大丈夫、卑猥なことはしないよ。顔を2、3発殴るだけだ。手元が狂うから大人しくしててね。じゃないと一生の傷が残るかもしれないから」
「や、やめてっ」
「誰か、助けて……」
茶髪男の言葉が終わると同時に大男が拳を振りかぶり、キャバ嬢の1人へ向けて拳が放たれた。
「あー、そこまでっすよ。うちの店の娘達に乱暴はダメっす」
直後。骨の砕ける音と共に男達のすぐ後ろから気怠げな声が聞こえてくる。
「あ?だれだテメェ?ヒーロー気取って登場したみてぇだが、手遅れ……」
「う、がぁ……!!」
「……!?」
茶髪の男は呻き声に反応し横を見ると、右腕をグシャグシャに折られ、その痛みに苦しむ大男の姿があった。
骨の砕ける音は大男の腕が折られた音であり、放たれた拳は女性の顔へ届いてはいなかったのである。
「「ディエスさん!」」
「囮役お疲れ様っす。怖い思いさせて悪かったっすね。あっちに送迎車待機してるんで、それ乗って早く帰るといいっすよ」
「わ、わかりました!」
「ありがとうございますっ!」
ディエスと呼ばれた男の指示に従い、キャバ嬢達は早足で送迎車のいる方向へと駆けて行く。
「あんたらがうちの店の娘達襲ってる連中ですか。大人しく捕まるっすよ。じゃないと、一生の傷が残るかもしれないっす」
逃げていくキャバ嬢の姿をチラリと見やった後、男達は邪魔者のほうへ視線を移す。
ディエスと呼ばれた金色の短髪で彫りの深い顔をしたスーツ姿の大男。
手に武器はなく、取り出そうとするそぶりもない。
「なめやがって、こっちは2人だぞ!」
茶髪の男は懐から取り出したナイフを突き立て、大男は無事な左腕でそばに立てかけてあった看板を持ち上げて叩きつけた。
「……!?」
「うそだろ!?」
直後。男達の表情は驚愕へと変わった。
突き立てたナイフは1ミリも刺さらず刃先が欠けるだけに終わり、叩きつけられた看板は粉々に砕けているにも関わらず、ディエスと呼ばれた金髪の大男は微動だにしていないのである。
「ぼ、防刃チョッキか!?」
「違いますけど……まぁ、その程度じゃ俺は殺せないっすね」
看板の破片をはらいながら、ディエスは攻撃を仕掛けてきた2人を睨み付ける。
「それじゃあ、一生の傷が残るコースって事でいいっすよね」
人気のない路地裏では、骨の砕ける鈍い音が静かに響いた。
◇
「音の原因はこれか」
「ハイ。探索シタ結果、コレガカタカタト震エテイル音デシタ」
「コレが、震えていたのか?」
今俺たちの目の前には、爺ちゃんがコレクションしていた骨董品の刀が一本横たわっている。
掃除中に物置部屋から聞こえてきた不自然な物音。その原因を確かめるために『玩具』の異能で作った土人形をニアに操作してもらい、物置部屋を徹底的に調べてもらった結果が、目の前の刀である。
「状況的に、絶対ヤバイよなぁ……」
刀がカタカタと音を立てていた時点で充分にヤバイが、この刀が置かれていた状況はそれ以上にヤバかった。
近くにしまっていた神様からの手紙が、力を失ったかのようにボロボロに崩れていたのである。
絶対にヤバイ。これ、なんか凄い力持ってるパターンのやつだ。
「うむ……なんらかの力を秘めている事しか分からんな。『擬似・感知』でも何も感じ取れん」
一目見た異能やら術やらを限りなく近い状態で再現できるクロのチート能力で調べてもらったのだが、全然分からないらしい。
詳しく調べるために土人形に刀を抜いてもらおうとしたのだが、錆び付いているのか鞘から抜くこともできない。
「コノ気配、ドコカデ感ジタ気ガスルノデスガ……思イダセマセン」
「カカーカ……」
シロも気配を感じた事はあるが思い出せない言っている。俺は見覚えも無いし全然記憶にない。
その後、シロとニアも解析を試みてくれたが、何も分からないとのことだった。
「直接触るのは、不味いよな」
「なんらかの呪いを持つ魔具かもしれん。触れるのは絶対に避けたほうがいいだろう」
「ソウデスネ。呪イデハナイトシテモ、『妖精種』ノヨウニ触レル事デ何ラカノ効果ガ発動スル道具カモシレマセン」
「カーカ」
シロも同じ意見のようだ。
よし、この刀の事は委員長にでも聞いてみよう。それまでは封印だ。触らぬ神に祟りなしだな。
「ただいまー!」
「たっだいまー!!」
刀の処遇が決定すると同時に、リンとウルが帰ってきた。
「お帰りサボリ魔達。まだ掃除終わってないから、ちゃんと手伝えよ」
「うげっ、もう終わった頃だと思ってたのに!っていうか、何コレ何コレ?」
「かたなー!」
帰ってきて早々にウルとリンが刀に興味を持った。
「それ俺の爺ちゃんがコレクションしてた刀だよ。さっき2階から物音がして、原因を調べたらリン!!?」
「なにー?」
俺が説明を始めた直後、リンが普通に刀を持ち上げた。仕草が自然すぎて止められなかった!
「リン、すぐにそれを放すのだ」
「リンサン、ソレハ危険ナ物カモ知レマセン。スグニ放シテクダサイ」
「カカーカ、カーカ」
「やだー!」
刀の柄を持ったままリンが部屋の中を駆け回った。すると、なんの抵抗もなく鞘から刀が抜けた。
「うっわ!」
「何という気配だ……」
クロも刀身を見て何かを感じたらしい。
黒ドレスと戦った時に感じた異様な気配。あの時の感覚に似ている。この刀は、ヤバイ!
「リン!すぐにその刀を放すん……んんん!?」
リンの持つ刀が、七色に光り出した。
「『四重結界』!」
リンの手から刀を取り上げ、全力の『四重結界』で囲う。万が一爆発したとしてもこれで大丈夫なはずだ。
「光量ニ変化ハアリマセン」
「色の組み合わせはランダムのようだな」
「カー……」
それから10分。刀は七色に光り輝き続けるだけで、何も起こらなかった。
「ウルと同じパターンかよ!」
俺のツッコミが轟く中、刀はサイリウムのように七色の蛍光色を発し続けていた。
まるで、自分は危険な物ではないと訴え続けるかのように。
第4章『一般編』スタートです!
そして、最後の家族も無事に合流できました!