58話「ガチの精霊」
「うべぇ〜……」
宿泊レクリエーションの翌日は振替休日と土日を合わせた連休がある。
それをいい事に、俺は腐りに腐っていた。
居間に布団を敷き、テレビを見ながらゴロゴロ、お菓子を摘みながらゴロゴロ、ゴロゴロゴロゴロ……。
「驚くほどダラけているな」
「大目に見てくれ、今回は本当に疲れたんだ……」
体の疲れはもう取れたが、心はまだ回復していない。一歩間違えば今回は本当に死んでいたのだ。そう簡単に気持ちを切り替えられる問題ではない。
あと、なぜか胸焼けも続いている。治ってはきてはいるが、ムカムカ感がちょっと辛い。
「シロとニアに調べてもらったけど、問題なかったしなぁ〜。やっぱりストレスだろうなぁ」
黒ドレスとの戦闘後に石ころかなにかを飲み込んだ気がしたのだが、シロの音波探知とニアの霊力糸胃カメラで検査してもらってもなにも見つからなかった。あれは気のせいだったのだろう。そして、この不快感はストレスだろう。
「うべぇ〜」
「うベー」
そんな事を考えていると、リンもいつのまにかゴロゴロ同盟に参加していた。ようこそリン。歓迎しよう。ゴロゴロゴロゴロ……。
「ふ〜」
それにしても、改めて考えると今回の戦いは反省点が多かった。相手の手の内をしっかりと見極める前に『神の小刀』を使用したのは間違いだったな。
何とかなるだろうと、心のどこかで油断していた。
反省だ。反省しつつ、勝ち取ったこの休日を謳歌しよう。ポテチうまー。
「そういえば、シロとニアとウルはどこ行ったんだ?」
「二階にある寝室へ入っていくのを見たぞ。何やら楽しげだったな」
「なんだろう、シロとニアがいるなら悪巧みでは無いと思うけど……気になるな」
覗きたいが、それも悪いしなぁ。あとめんどい。今日は居間から動きたくない。
「放っておいて動画漁りでもしようかな。最近はVチューバーっていうのが人気らしいから、それでも見るかな」
「なんだそれは?」
クロも気になるのか、俺の操作しているパソコンの画面を覗き込んできた。
「これは、誰かが作ったアニメか?」
「ちょっと違うな。一般人が操っているCG映像らしいぞ。着ぐるみ、みたいな感じかな」
「ほー、面白い事を考えるものだな」
意外にもクロがVチューバーに興味を持っている。
「最近、旧友の生き方に刺激を受けてな。自身の在り方を見つめ直す上で、世の在り方を積極的に学ぼうとかと思ったのだ」
聞くと、久し振りに会った友達の妖が実業家になっており、それを見て色々な心境の変化があったらしい。
歴史や妖事情には詳しそうだが、若者文化は俺の方が詳しいだろう。興味があるなら是非とも教えたいな。オタク文化を中心に。
「アエグレ・マルメロスとカイニットのフレジエ、イルフロントントゥをそえて……」
リンを見ると、聞いたことのない食材ばかり使う個性的な料理番組を食い入るように見つめていた。こちらの文化には一切興味がないらしい。というか何その料理名?ちょっと興味あるんだけど。
「『踊ってみた』というのは、踊りの動画という意味か」
「そうそう、何かをする動画は『〜してみた』っていう題名をつける人が多いみたいだな。おっ、Vチューバーの踊ってみたとかあるのか、もうなんでもありだな」
試しに見てみると、相当なクオリティだった。完全にPVじゃん。プロの仕事だ。
「む?これは……」
「どうしたクロ……んん!!?」
動画のリンクには他の人気Vチューバーの踊ってみた動画のサムネイルが上がっているのだが、そのうちの1つに見覚えのある姿があった。
「これ、ウルか!?」
「再生数は、10万を超えているな」
動画を再生して見ると、やはりウルだった。ウルが飛んだり跳ねたりしながら曲に合わせて踊っているのである。踊りは決して上手いとは言えないが、動画編集と曲選びにセンスを感じるので見応えがある。
というか、ウルってカメラに映るのか。
「投稿者名は……『ガチの精霊』か、まぁ、実際そうだしな」
コメントを見ると結構な人気があるようだ。
『最近のCGすごっ!まるで本物みたい!』
『この曲名なんて言うんですか?』
『動画の編集技術エグいな、絶対プロの犯行だろ』
さまざまな感想が書き込まれている。
動画はまだ3本しか投稿されていないが、相当注目されているらしい。というか、ウルのことをみんな最新のCGだと思っているようだ。
「これは、どうするべきなんだろう……」
おそらく、撮影と編集はニア、選曲はシロ、企画と出演はウルといった感じだろう。
ネットの世界は怖いが、せっかくできた趣味を否定したくはないし、何か問題が起こってもニアが上手いこと解決してくれそうな気がする。
なにより、ウル達が楽しんでいるのならそれに越した事はない。
「よし、俺たちは何も知らない、見ていない。そういう事にしよう」
「そうだな、趣味は人それぞれだ」
クロも似たような考えに至ったのか、俺の答えに納得してくれた。
「趣味か……」
この日以降、クロが意味深に「趣味……」と呟くようになった。何か趣味を持ちたいのだろう。
もしもアニメや漫画に興味があるようなら笑顔で迎え入れようと思う。
そうなったら、雫さんも誘って3人でアニ◯イトとか行くのも面白そうだな。でもそうなると、雫さんにクロを紹介しなきゃいけないのか。あれ?雫さんって、俺の事情をソージから聞いてるだろうから、クロのことも知っているのかな?
なんかややこしいな。今度ソージ達と異能の件について色々と話し合う予定だから、そこら辺の事も確認してみるかな。
そんな事を考えながら、平穏な休日の1日目はあっという間に過ぎていった。
うえっ、胸焼け辛い……。