57話「ボーイスカウト……凄いな」
講堂に入ると、サバイバルレクリエーションの順位発表とその表彰式の真っ最中だった。
俺は貧血を起こしてトイレの前で倒れていたという事になっていたらしく、講堂にいる先生方に心配されながらそそくさと整列している自分の班の列へと並んだ。
「お、班長復活だね」
「もう動いて大丈夫なのか?」
「大丈夫、無事復活したよ」
班に戻ると、相原さんと石田が俺の無事を喜んでくれた。
「結城くん、えっと……ありがとう」
「本当にありがとうございました」
「ありがとうなのです」
委員長と潤奈ちゃんとアウルちゃんはそれだけ呟いて前を向いた。
まだ言いたい事が沢山あるのだろう。3人ともどこかソワソワしている。しかし、ここで話せる話題では無いため、あれ以上は何も言えなかったみたいだ。
「ん?」
熱い視線を感じるので横をちらりと向いてみると、ソージが羨望の眼差しで俺を見つめていた。そっちの気は無いので見なかった事にする。
「あれ?滝川は?」
「結城くんが居なかったから、代わりに班の代表としてステージに上がってるよ」
委員長の言葉で前を見ると、滝川が講堂のステージ上に登壇している。たしか、上位3チームの代表者だけが前に呼ばれるはずだ。という事は、俺たちの班は3位以内に入った事になる。
「あっ……」
しかし、滝川の横にはファンクラブ連合班の代表者が立っていた。
俺が最後に見た状況だと、ファンクラブ連合は俺たちの班よりも得点の高そうな建造物や道具を沢山作っていた。さらに、後半は寝込んでいた俺抜きでサバイバルレクリエーションを行なっていた事になる。
「負けた……か」
ファンクラブ連合は複数の班が協力し合っていたから、負けても仕方ないだろう。相手は少しズルイやり方だったし、色々と文句を言って賭けは無かったことにしてもらおう。そうしよう。
「最後に、1位はEの1班。おめでとう」
「ありがとうございます!」
滝川が元気よくお礼を言い、賞状を受け取った。
順位発表の結果、3位は知らない班。2位はファンクラブ連合。1位が俺たちEの1班だったようだ。どういうこと!?
「そういえば、結城は知らなかったな。終了時間ギリギリになって、滝川がイノシシを引きずってきたんだ」
「イノシシ!?」
聞くと、川魚や山菜を取るついでに滝川は蔦でできる簡易的な動物用トラップをダメ元で仕掛けまくっていたらしい。
そして、レクリエーション終了間際にトラップの解体をしに回っているとその1つにイノシシが掛かっており、見事捕獲したとの事だった。
前例の無い事態に先生方は困惑、生徒は皆唖然、協力してくれている猟師の方々は驚愕。
結果、狩猟期間外な上に許可もない状態での捕獲だったため、猟師の方々総出でイノシシを帰すことになり、滝川にはやり過ぎだと先生方から説教が下された。しかし、その技能は評価に値するという事で特別に得点が与えられ、俺たちの班がダントツで1位となったのである。
「ボーイスカウト……凄いな」
いや、純粋に滝川が凄いのか。まさか蔦でイノシシを獲るとは思わなかった。
「もう一箇所のトラップにも何かが掛かった跡があったから、もう少し早く見回りに行っていればもう一匹イノシシが獲れていたかもしれない。と言っていたな」
石田からその話を聞きながら、ふと脳裏にある光景が蘇ってきた。
「そのトラップって、どんな形かわかるか?」
「ん?たしか、こんな作りだった筈だ」
石田が手元のプリントに簡単な図を描いて教えてくれた。
間違いない。黒ドレスが転んだ時の蔦は、滝川の仕掛けたトラップだったのか!
「お、幸助復活したか。イェーイ、俺たちが優勝だぜ!」
1位の賞状を掲げながら滝川が……いや、滝川さんが戻ってきた。
「滝川さん、誠にありがとうございます。優勝は貴方のおかげです」
「え、お、おう。存分に敬い給え!」
その後、しばらく滝川に敬語で接したが、気持ち悪がられたのですぐにやめた。
よし、滝川はオカルトネタが好きだから、何か見つけたら感謝の印に教えてあげよう。ん?というか、俺自身がオカルトネタの塊だな。よし、やめよう。何か別の形でお返ししよう。
「滝川、何か困っていることがあればすぐに言えよ。なんでも力になるぜ」
「え、お、おう。どうしたんだ?もう少し休んでたほうがいいんじゃないのか?」
サムズアップしながら本気で語りかけたのだが、本気で心配された。
翌日。サバイバルレクリエーションのあと片付けを行い、宿泊レクリエーションは無事に終了した。
片付けの際に昨日の戦闘跡を見に行ったが、綺麗さっぱり痕跡は消えていた。水上家の術師達が隠蔽したのだろう。凄い手際だ。
「このあと温泉の予定だってさ!」
「温泉?」
「地元の有名な温泉貸し切って、みんなで入りに行くらしいよ」
相原さんと委員長が教えてくれた。そんな予定パンフレットには書いてなかった気がするが……。
「駅前にあるオフィスビルのオーナーによる粋なはからいだと先生方が言っていた。今年だけ特別になってしまうが、断るのも失礼なので全員で行くことになったそうだ」
「露天風呂の仕切りとかどうなってるんだろうな?混浴とかあるのかな?」
「最低です」
「最低なのです」
「ぐはっ!」
滝川はイノシシ捕獲で上がった株を順調に下げている。
それにしても、温泉貸し切りって凄いな。オフィスビルのオーナーさんとやらには感謝しなければ。
『温泉温泉!』
『残念だけど、ウルは入れないぞ』
『ええっ!?』
『いや、そりゃそうだろ』
今回はウルにも相当助けられたし、今度みんなを連れて個室の温泉に連れて行ってあげるか。でも個室温泉っていくらくらいするのだろう。後でお財布と相談だな。
「広っ!凄っ!」
「立派な温泉だな」
滝川と石田が裸で感動している。それくらい温泉は凄かった。
地元でも有名なところらしく、普通に入るだけでもまあまあのお値段がするらしい。ソージが俺の背中を流そうと笑顔で近づいてくるイベントがあったが、そっちの気は無いので丁重にお断りした。もちろん、露天風呂には立派な仕切りがあった。
温泉で予定から2時間ほど遅れた帰りのバスでは、レクリエーションの疲れでみんな爆睡。委員長達は別の疲れが大きかったのだろう。
「ん?」
旭川市内から出る直前、不思議な感覚に襲われた。体を置いてきてしまったような、そんな奇妙な感覚。
「気のせいかな」
すぐに治ったので、きっと気のせいだろう。やはり疲れているみたいだ。みんなと一緒に、俺も一眠りする事にした。