56話「知らない天井だ」
「……知らない天井だ」
冗談はさておき、目覚めると病室のような部屋にいた。
「安心しろ。ここは青年の家とやらの医務室だ」
「クロ!」
ベッド横の椅子に黒猫モードのクロがいた。クロだけじゃなく、シロとリンとニアとウルも居る。クロ以外のみんなは、横のベッドにごった返して寝ていた。
「どうしてここにいるんだ?」
「色々あってな……」
聞くと、リンのわがままで俺に一目会うために札幌から駆けつけたらしい。だが、色々な出来事に巻き込まれ、ついさっきやっと合流できたとのことだ。
今回の事件を警戒して森の周辺に潜伏していた水上家の術師達から状況を聞いているようで、俺に何があったかはすでに聞いているようだ。
ちなみに、事件の直後は警戒心マックスで慎重に森の中を進んできたため、その術師達は戦いに間に合わなかったらしい。
命懸けで戦っていた側からすると、一体何してんだよ!と思わなくもない。
「そういえば、ジャージが新品になってるんだけど、クロが直してくれたのか?」
「水上家の術師達が用意してくれた物だろう。ここへお主を運びつつ、先生方に怪しまれぬよう色々と辻褄合わせをしたり、儂らをバレないようこの部屋に案内してくれたのも彼らだ」
「そうか」
一体何してんだよ!とか思わなくもなくてごめんなさい。
潤奈ちゃんを通して伝えられそうなら、あとでちゃんとお礼を言っておこう。
「生徒や先生方はどうなったんだ?サバイバルレクリエーションは?」
「皆無事だ。お主が今回の事件の黒幕を倒した直後、術にかかっていた者達は普段通りに戻ったらしい。30分ほどの出来事だったからな、時間が飛んだ事に気付いた者もおらず、サバイバルレクリエーションとやらはそのまま続いたようだ」
「そのまま続いたって……ええっ!?」
時計を見ると午後6時をまわっている。サバイバルレクリエーションの期限はとっくに過ぎていた。
「やばい、どうしよう!」
「む?どうかしたのか?」
「サバイバルレクリエーションって色々な評価で班の順位が決められるんだけど、とある班とその評価で争ってて、ちょっとした賭けをしていたんだよ……」
「賭け?そんな生徒間の口約束などどうとでもなると思うが……そんなことよりも、お主が倒した敵の存在のほうが遥かに凄い事なのだぞ?」
「俺が倒した存在って、あの黒ドレスの人か」
確かに、思い返してみるととんでもない相手だった。大きな龍やアウルちゃんの骸骨巨人を操ったり、周囲の自然物操ったり、最後には光まで操作していた。
習得能力じゃ一切解析できなかったし、今まで戦った相手とは次元が違ったように感じる。
「それでも、だからこそ、今はサバイバルレクリエーションの方が大切だ。命を懸けて守り抜いたものを、ちゃんと実感したい」
なんかカッコいいことを言ってしまった。
「なるほど、確かにそうだな。お主の言う通りだ」
クロは迷わず同意してくれた。少し恥ずかしい。
まぁ、平和ボケした考えかもしれないけど、倒した相手がどんな存在かよりも、平穏な日常の方が俺にとっては大切なのだ。
「そういうことならば、早くサバイバルレクリエーションとやらへ戻ると良い。リンもお主に会えて満足したようだからな。儂らは後処理を少し手伝ってから帰るとする」
「後処理?」
「ちょっとした探し物や今回の犯人達の移送の手伝いなどだな。儂らが居なくても大丈夫だと思うが、念のためにな。明日には帰れるはずだ」
「俺も明日帰る予定だから、家で会えるな。気をつけて帰ってこいよ」
「お主もな」
熟睡しているリンとシロをひと撫でし、寝ているニアとウルを起こさないよう優しくジャージのポケットに入れて部屋を出る。
っていうか、ニアって寝るんだな。
「あ、そういえば俺が倒した黒ドレスさんって無事だったのか?」
「うむ、無事だったようだぞ」
「そうか、良かった。それじゃあな」
みんなが居ると思われる講堂まで、そのまま小走りで向かった。
「お主は、優しすぎる……」
クロが何か言っているような気がしたが、気のせいだろう。
◇
「面白く……ないでござるなぁ」
『水上家』と『黄昏と夜明け団』の術師達に連行されるイオとフェルムの姿を、木の上から見下ろしながらクロムは呟く。
「イオ殿の洗脳は解けてしまったようでござるし、妖精種は失われて、邪神の心臓も行方不明。黄昏と夜明け団へ拙者が戻る事はもう出来ない。ま、そんな些細な事はどうでもいいでござるか」
クロムが列挙した事柄は、『黄昏と夜明け団』や『水上家』、邪神の封印を管理していたワコ達にとってはとても重要な事項である。だが、彼はそれらの事実に何の問題も感じていなかった。
それよりも彼を不快にさせる事実。それはーーー
「ーーー拙者には邪神の力を得たイオ殿の『命令』が効いた。なのに、結城幸助には効かなかった……」
『黙りなさい』というイオの命令に抗えず、クロムは声を発する事が出来ない状態となっていた。そのため、姿を隠して静かに幸助とイオの戦いを観察していたのである。
その際、幸助がイオの命令に抵抗していた事実を目撃し、クロムは不快感を募らせていた。
「彼は拙者達と同じ加護持ち、神の使徒だと思ったのでござるが……邪神の力に抵抗できていた。拙者の考えは間違っていたのかもしれないでござるな」
なんらかの偶然で抵抗できただけかもしれない。だが、本当に神の力に抵抗できる未知の存在だとすれば、敵対した際に大きな障害となる可能性がある。それどころか、自分達よりも上の存在、神の使徒を超える力を有している可能性すらある。
そこまで考えたクロムは視線を外し、気持ちを切り替えた。
「ま、拙者達の目的の邪魔になるようであれば、その時に全力でお相手すればいいだけでござるな」
夕日を見つめながらそう呟いたクロムは、闇を深めていく森の中へ静かに消えていったのだった。