52話「暴力は良くない!」
昼を過ぎ、サバイバルレクリエーションの制限時間が残り数時間へと迫った頃。
「よし、完成」
滝川が枝や蔦を組み合わせて簡易テントを作り上げた。
「すごっ!」
「すごい!」
俺や委員長を含め、班のみんなは滝川の技能に驚きっぱなしだ。
だが、いつもの滝川なら『もっと崇めよ!讃えよ!』とか言いながら調子に乗りそうな場面にも関わらず、表情は暗い。
「て、テントができてるのです。凄いのです!でも……」
「例の班は、先ほど小屋を作っていました」
偵察と素材集めを行なってくれていたアウルちゃんと潤奈ちゃんが厳しい現状を報告してくれた。
滝川のアウトドア知識のお陰で1日目は俺たちの班の独擅場と化していたのだが……2日目に入ってから雲行きが怪しくなってきたのだ。
「やはり、協力し合ってるみたいだな」
「先生の見えないところで素材集めや道具作りを手伝ってるみたいだね」
続けて、様子を探りに行っていた石田と相原さんも色々と報告してくれた。
どうやら、俺たちと対決中の『水上さん・潤奈ちゃん・アウルちゃんファンクラブ連合』が、裏で協力し合っているようなのだ。
連合のうち4つの班は順調とは言えない成果なのだが、明らかに1つの班だけ進展度合いが違うのである。
「大量の枝や蔦を集めつつ、土器や石器も凄い量を製作していた。素人7人の班でできる作業量を明らかに超えている」
石田が冷静に分析する。
先生方もこの状況に気づいているかもしれないが、明確な証拠がない上に協力してはいけないというルールも無いため何も言えないのだろう。
滝川の知識と技能があっても、さすがに5倍の人員差は埋められない。
「やっぱり私が注意してきます。こんなのズルすぎます」
「私も言ってくるのです。こんなのフェアじゃないのです!」
「2人ともちょっと待って……大丈夫だから」
ご立腹な潤奈ちゃんとアウルちゃんが物申しに向かおうとした直後、滝川が2人を止めた。
「委員長、食べ物も集められれば評価の対象になるんだよね?」
「うん。今回のレクリエーションに協力してくれてる地元の猟師さんが、食べれる野草とかキノコを判別して評価してくれるはずだよ」
「わかった」
委員長にそんなことを聞きながら、滝川はおもむろに立ち上がった。
「滝川、さっきからどうしたんだ?」
「……俺さ、爺ちゃんとのサバイバル大っ嫌いだったんだよ。毎回めちゃくちゃ辛いし、冗談抜きに死にかけた事もあるし」
聞くと、想像していた以上に壮絶な思い出だった。普段陽気な滝川からは想像できないほどの過去を抱えていたらしい。
「でも、だからこそ、サバイバルに関してだけは誰にも負けない自信があったんだ。人数差があったとしても、絶対に負けない自信が……」
滝川はそう呟きながら、覚悟を決めた表情で森の奥を見つめる。
「ちょっと行ってくる」
手に石斧と蔦を持ち、滝川が駆け出した。
「「ストーップ!!」」
「がはっ!」
そんな滝川を、俺と石田がすぐさま取り押さえる。
「ストップストップ!暴力は良くない!」
「そうだぞ!彼らのやり方は気にくわないが、だからと言って暴力に訴えては元も子もない!」
「えっ、なに?暴力?げふっ」
滝川を取り押さえたまま話を聞くと、罠を作って川魚とかを取りに行こうとしただけらしい。
「勘違いしてごめんな」
「すまない」
てっきり、ファンクラブ連合のやつらを縛り上げに行くのかと思った。
「それじゃあ……行ってくる」
「あぁ」
「気をつけてな」
取り押さえられた際についた土汚れをはらいながら、滝川は森の奥へ消えて行った。
「よし、滝川の頑張りを無駄にしないためにも、俺たちもやれる事をやろう!」
「「「「はーい!」」」なのです!」
石器や土器作りにテントの改良などなど、やれる事は沢山ある。でもその前に、トイレ休憩だな。
◇
「わー!煙すごーい!」
「カカーカ!」
車の窓にへばりつきながら、リンとシロは巨大な煙突から吹き出る白い煙を見つめ、目を輝かせていた。
「あれは製紙工場の煙ね。結構目立つから、ある意味旭川の名所の1つみたいな所よ」
黒光りする高級外車を運転するワコは、後部座席ではしゃぐリンとシロに外の景色を説明する。
「この車もお主の所有物なのか?」
そんな中、ふかふかの助手席に沈むように座るクロは運転中のワコに話しかけた。
「もちろん私物よ。ちゃんと免許もあるんだから」
「お主を見ていると、妖の在り方というものを考え直させられるな」
「妖だろうと何だろうと、時と共に在り方なんて変わっていくものよ。あなたも人に仕える道を選んだようにね」
「ふむ、そうだな」
ワコの経営するホテルで夜を明かしたクロ達一行は、幸助と合流するために宿泊レクリエーションを行なっている青年の家へ向けて移動している。
昨日に戦闘を行った未知の強敵、クロム。
単騎でクロ達と対等に渡り合えるほど危険な存在を放っておいて、幸助に危害が及ぶことはなんとしても避けなければならない。そう考え、クロ達は青年の家へと向かっているのであった。
ちなみに、イワは警備隊の指揮をとって旭川市周辺に包囲網を張り、コロは空を飛びながら、セイはネズミや猫の死骸を操りながら市内を捜索しているためこの場には居ない。
「それじゃあ、早くあなた達の主人様と合流しましょう。もうすでにクロムが迫っているかもしれないわ」
「うむ。ニアからの緊急連絡はないから大丈夫だとは思うが、少し心配だな」
幸助自身は知らないが、クロ達の手が必要なほどの危機が幸助に迫った場合、ニアがネットを介してクロ達周辺の電子機器をハッキングし、なんらかの救難信号を出す手はずとなっているのである。
たとえ圏外の地域であったとしても、ニアは霊力糸を伸ばしてアンテナ代わりに使う事ができる。そのため、未開の地や電波の遮断された密室以外の場所であればネットへアクセスできるのである。
「イワの透過やセイの死骸操作も変わった能力だけど、あなたの仲間も相当ね」
「それに関しては何も言えんな」
シロの振動操作、リンの切断、ニアの電脳支配。彼らの能力を知るクロは、微笑みながらそう答えた。
「さてと、そろそろ森に入るわよ。このまま何もなければ30分もしないで着くわね」
「うむ。戦闘に備えて温存していたが、一度『擬似・感知』を使っておくと……ん?」
「カー!?」
能力を発動しようとした直後、クロとシロは高速で接近する何者かの気配を感じ取った。
「ワコ、車を止めろ。誰かが来る」
「わかったわ。『清澄結界』」
ワコは道路脇に車を停め、折り紙程度の大きさの結界を無数に出現させた。
限りなく透明に近いこの結界は、相手に気付かれにくいという性質から行動の阻害や妨害にとても優れた効果を発揮する。そのため、ワコは相手が敵かどうか不明な状況下において先にこの結界を備えておくのが基本戦術となっていた。
「お待ちくださいワコ様!私は敵ではありません!」
「……あら、久しぶりね」
しばらくして、森の中から灰色のローブを纏った女性が飛び出してきた。ワコは知り合いのようだが、クロ達はその女性を知らない為、警戒を解かず慎重に相手の動向を見極める。
「あなたは確か、旭川に常駐している水上家の術師さんだったわね。どうしてここに居るの?」
「少し複雑な事情がありまして……今現在、水上家の術師とイギリスの魔術組織の構成員が共同で森の周囲に警戒網を張っています」
「それは、複雑そうね」
「はい。つきましては、こちらの事情説明とともにワコ様がこちらに来られた理由も伺いたく思い、私がこの場まで伺った次第です」
「そうだったのね。もしかすると、あなた達の事情と私達の目的に共通する部分があるかもしれないから、情報交換はやぶさかではないわ。でもその前に、いくつか質問しても良いかしら?」
姿を変えるクロムの能力を目の当たりにしたワコは、見知った目の前の女性が本人である事を慎重に確認した後、互いの情報交換を行った。
◇
サバイバルレクリエーションで決められた範囲の端では、鬼のような形相で木の枝をこすり合せる葛西蒼司の姿があった。
「めんどくせぇー。火起こしなんて『寒熱』使えば簡単にできるってのによ」
「何横着しようとしてるのよ。そんなことしたら異能者だってバレちゃうでしょ。ほら、さっさと手動かす」
「へいへい」
そばに居るアカリに喝を入れられながら、ソージは乾いた枝をこすり合せる。
「お姉ちゃん、ソージくん。木の枝とか蔦とか集めてきたよ」
「「「ただいまっす」」」
「おう、おかえり」
「雫もみんなも、お疲れ様」
そんな2人のもとへ、雫を先頭に木材や蔦を抱えた班員たちが戻ってきた。
ここは青年の家から少し遠いが、その分資源が豊富で他の班と取り合いになる確率も低いため、ソージたちの班は初日からここを拠点にしていたのである。
班のメンバーは不良や中等部のギャルなど、ソージを筆頭にガラの悪い班員が多い。そのため、アカリが他班とのいざこざを避けるためにあえてここを選んだという理由もあったりする。
「あーあ、結城さんの班はどこ居るんだろうな。ちょっと様子でも見てくっかな」
「あんたが行っても邪魔になるだけよ。ほら、火起こし頑張りなさい」
「火起こし、頑張って」
「ちくしょう……」
アカリと雫の応援を受け、ソージは黙々と木を擦る。
「お姉ちゃん……」
「ん?どうしたの雫?」
「森の奥から、変な感じがする」
そんな中、雫は真っ先に森の奥から近づいてくる異様な気配に気がつく。
「私は何も感じないけど、雫の勘は結構当たるのよね」
「俺も何も感じねぇが、誰かが近づいてくる音はするな。おい、お前らは青年の家に戻って……あぁ?」
雫の勘を信じ、ソージは班のメンバーを逃がそうとする。だが、その判断は少しだけ遅かった。
「おい、お前ら!おい!」
班員の不良2人と中等部の女子2人が、虚ろな目で森の奥を見つめているのだ。
ソージの言葉にも、班員達は一切の反応を示さない。
「なんか、やばいね」
「あぁ、明らかに普通じゃねぇ」
アカリとソージがそう呟いた直後。森の草木が突然動き出し、その異様な存在を歓迎するかのように道を開けた。
「あら、私の存在を感じても正気を保っている子達がいるのね」
「『付与』!」
禍々しい漆黒のドレスを纏った女性。
その姿を目にした瞬間、アカリはソージと雫へ向けて自らの異能を発動した。
「うっ……!」
重度の倦怠感に襲われながらも、アカリはなんとか意識を保つ。
他者の身体機能を向上させる異能『付与』。
ランクCであるアカリの『付与』は、通常であれば対象の1人にしか効果を示さない。しかし、異能組織との戦闘時に限界を超えた付与を成功させたアカリは、日々の訓練によって意識を保ったまま2人同時付与を行えるようになっていたのである。
「アカリ、ありがとな。あとは任せろ」
「お姉ちゃんは休んでて」
だが、意識をかろうじて保てているだけで動ける体力はほとんど残っていない。
そんなアカリを隠すように、ソージは漆黒のドレスを纏う女性の前へと歩みを進めた。
「なるほど、あなた達は異能者だったのね。存在を感じさせるだけでみんな従ってくれたけど、異能者にはそれだけじゃダメみたいね……」
「何をごちゃごちゃ言ってんだ!班の奴らをあんなにしたのはテメェの異能だろ、さっさと解除しやがれ!」
ソージは『寒熱』を発動し、自身の周囲の地面や草木を凍らせながら漆黒のドレスを纏った女性、イオへそう言い放った。
『寒熱』は温度操作の異能であるが、なんの備えもなく熱を放つことは出来ない。周囲の温度を吸収し、一時的に蓄えることで熱を放つことが可能となるのである。
「面白い異能ね。少し肩慣らしでもしようかしら。『彼らを倒しなさい』」
イオは自身の周囲に存在する草木へ命令した。すると、蔦が伸び、枝がしなり、ソージと雫へ向けて一斉に襲いかかったのである。
「植物を操る異能!?」
「雫はアカリとみんなを頼む!……『寒熱』!」
『付与』による強化を受けた雫は呆けている班員を軽々と引きずり、ソージの後方へ退避させていく。最後にアカリを担ぎ上げ、自らも他の班員達と共に退避を完了。
その姿を確認したソージは、熱波を放つことで迫り来る枝や蔦を焼き払った。
「ふーー……『寒熱』」
ふたたび、ソージは周囲を凍らせながら次の攻撃に備えて熱を蓄える。
「他者を強化する異能と熱を蓄えて放出する異能かしら?面白いわね。これならどう?『彼らを倒しなさい』」
イオが足元にそう命令すると、地面が盛り上がり、土でできた無数の腕がソージへと襲いかかる。
「ちっ、『寒熱』!」
ソージは熱波を放った直後に熱を奪い、急激な温度差によって土の腕を次々と破壊していく。
「うふふっ、楽しくなってきたわ」
「くそがっ……!『寒熱』!」
『付与』による強化を受け、ランクB相当の強さを得た『寒熱』。加えて、日々の鍛錬によって習得した温度操作により、イオの攻撃はソージへ届く事はなかった。
しかしーーー
「うふっ、あは、あははははははは!!」
「ぐっ……!」
ーーーイオの猛攻は止まらない。
土は腕となり、小石は礫となり、葉は刃となり、木々は槍となり、次々とソージに襲いかかる。
(なんなんだこの異能は!?)
勢いを増したイオの攻撃を捌ききれず、ソージの身に生傷が増えていく。
「『結合』!」
雫はイオが操る植物と地面を対象に『結合』の異能を発動した。
「あら?急に動きが悪くなったわね」
自身が従える土や草木の動きが格段に遅くなった事に、イオは首をかしげる。
『結合』は認識した対象を結合させるだけでなく、元々の結合力を一時的に高めることも可能。
視界に入る地面や植物を構成する結合力を高める事で、雫はイオの攻撃を阻害したのである。
「異能者を見た事は何度かあるけど、あなた達のような異能は初めて見るわ。本当に面白いわね。うふふっ」
しかし、イオは焦る様子一つなく攻撃を再開する。
速度は格段に下がったが、植物と土石による無数の攻撃がソージへ向けて放たれた。
「クソッ……」
すでに限界を超えていたソージは、なすすべも無く迫り来る無数の攻撃をただ見つめる。
「ソージくん!」
「ソージ!」
雫とアカリの悲痛な叫び声が木霊するが、3人が予期した結果は訪れなかった。
突如出現した水の障壁がソージを包み込み、イオの攻撃を全て防いだのである。
「一体、どういう事だ?」
「それは私のセリフよ。どうして葛西くんと雫さんとアカリさんがあの魔術師と戦っているの?」
状況が理解できないソージの元へ、状況が理解できないまま水の障壁を展開した水上潤叶が現れたのだった。
「お姉ちゃんの同級生ですよね?先輩達も術師なんですか?」
「術とは違う力を感じるのです。不思議なのです」
潤叶に続き、潤奈とアウルもその場に合流する。2人も状況を理解していないため、戸惑いながらソージ達とイオの両方を警戒するように見つめる。
「色々と気になるけど、詳しいことは後で話し合いましょう。それよりも今は、目の前の相手をどうにかする事が先ね」
「それは同感だ」
ソージ達が魔術師と戦っている状況に疑問を感じながらも、潤叶は目の前の敵に集中する事にした。
それに合わせ、潤奈とアウルもイオの対処に集中する。
異能者と術師による共同戦線が、幕を開けたのだった。
誤字報告をしてくださった方々、本当にありがとうございます!
ワンクリックで誤字が修正できるので、本当に助かっております。ありがたやありがたや。