50話「悪手デシタネ」
「この姿は便利でござるな!陰陽術に結界術に異能、あらゆる技能が使い放題でござる!」
幸助の姿に変身した男は地面を溶解させつつ、散炎弾を放ちながらクロ達と距離を取る。
「逃がさないよ!みんな、力を貸して!」
「オラァ!くらえや!」
逃げ道を塞ぐように、セイの操る動物達の死骸が男を取り囲み、そこへコロの翼が剣となって降り注いだ。
「無駄でござる」
迫る剣を軽く見やり、男は冷静に異能を発動する。
『強化』によって神経の伝達速度を強化し、高速で降り注ぐ漆黒の剣を躱した。周囲を取り囲む死骸の群は『飛ぶ斬撃』を手刀で放つことで無力化する。
「主人の姿やだー!」
「カカーカ!」
回避後に生じた僅かな隙を見逃さず、リンとシロも攻撃をしかける。
「『三重結界』でござるよ」
しかし、男はリンとシロの攻撃にも動じず、三重結界によって飛ぶ斬撃と衝撃波の軌道を逸らした。
「ふむ……」
そんな男の姿を、クロは『感知』の異能を再現した『擬似・感知』によって分析する。
「主人の技よりも精度と威力は劣るようだが……主人と同じく霊力の底が見えないようだ」
「私の主人様も同じだったわ。もしも本当に無尽蔵の霊力を保有しているのだとしたら、厄介ね」
クロの横にいたワコも、その光景を冷静に分析する。
そんな2人は、背後から迫っていたもう1人の存在に気がつかなかった。
「中々興味深い話でござるな。それが本当だとすれば、あなた方のご主人とやらは拙者達と同族かもしれないでござる」
「「!!」」
その声と同時に2人は即座に距離を取る。そして、幸助の姿で戦闘を繰り広げる男の姿と背後に迫っていた変身前の男の姿を交互に見やる。
「なぜ2人いるの!?」
「分身を作り出す異能も存在するのでござるよ」
ワコの疑問に、男は得意げに答える。
「そういえば、自己紹介がまだでござったな。拙者の今の名前はクロムでござる。今は、『黄昏と夜明け団』に所属する変身魔術師……という事になっているでござるよ」
「という事になっている?」
クロムと名乗る男の言葉に、クロは疑問を口にする。
「そうでござる。変身魔術師とはあくまでも仮の姿。真の姿は、神に特別な力を授かった選ばれし存在。神の使徒なのでござるよ!」
「嘘をついているそぶりは……無いようだな」
クロムの言葉を聞きながら、クロは『擬似・感知』によって言葉の真偽を確かめていた。
「本当の事を言っているのだとしたらそれこそ意味がわからないわ。あなたのその能力は何?目的は何なの!?」
邪神の心臓を奪い返す隙を伺いながら、ワコはクロムへと問いかけた。
「拙者の能力というか、加護の力は今披露した通りでござる。姿を変えた者の技や能力の全てを使用できるのでござるよ」
「加護……だと?」
「そうでござる。神に愛された者のみが使える別次元の力でござるよ。ちなみに、拙者の加護は『千変の加護』という名前でござる。かっこいいでござろう!」
会話の中で、クロの視線に気づいたワコは静かに首を振る。
『神に愛された者』というワードからワコの主人も加護持ちである可能性を考え、クロは視線でワコに確認を取ったのだ。しかし、ワコもクロ同様『加護』という力の存在は知らなかった。
「あとはー、目的でござったな。拙者達の目的は単純でござる。"楽しむこと"でござるよ」
聞かれるがままに自らの力と目的を淡々と話していくクロムの姿を不気味に感じつつも、クロとワコは話を続ける。
「楽しむこと……だと?」
「そうでござるよ。この邪神の心臓も、今巻き起こっている問題に加えたらもっと面白くなると思って盗ませてもらったのでござる。こうして拙者が手の内を晒すのも、その方が面白くなりそうだからそうしているだけでござる」
「そんなくだらない理由でっ……『千針結界』!」
邪神の心臓を奪われた怒りに任せ、ワコは針のように細い結界を無数に作り出し、クロムへ向けて放った。
「結界の針でござるか、ギリギリ躱せ……うおっ!」
「『擬似・溶解』」
クロはワコの攻撃に合わせ、『溶解』を真似た『擬似・溶解』を発動しクロムの足場を液化させる。そして放たれた結界の着弾を待ちながら、クロは金獅子の姿へと自らを変えた。
「儂が接近戦で仕留める」
「わかったわ」
赤髪の女性に変身し、ワコの攻撃と『擬似・溶解』が無効化されても足は埋まった状態となる。その隙にクロは接近戦へと移行し、仕留めようと考えていた。
「どうやら、ここまででござるな」
しかし、そんな言葉を残しながらクロムは何の抵抗もなく結界の針によって体を貫かれた。
攻撃を防がれると考えていたクロとワコは、あっけない幕引きにただ呆然とその光景を見つめる。
「クロ、見てー倒したー!」
「ワコ様!敵を討ち取りました!」
直後聞こえたリンとイワの声にクロとワコは振り向くと、幸助の姿で戦っていたクロムの分身体が倒され、徐々に土へと変化していく光景が見えた。
「まさかっ!」
正面へ向き直すと、結界に貫かれたクロムの姿も土へと変わっていく。
「くっ、やられたわ!」
この場に存在していた2体のクロム両方が分身体であった事実から、本物はすでに邪神の心臓とともにこの場から離脱していた事を2人は理解する。
「儂の『擬似・感知』にも反応がない。おそらく、何らかの異能や術で姿を隠しているのだろう」
「なるほどね……無駄かもしれないけど、捜索をかけるわ。イワ!提携している警備会社に連絡しなさい。包囲網を張るのよ!」
「はっ!」
イワは懐からスマートフォンを取り出し、ワコが経営している会社の傘下にあたる警備会社へと連絡を入れる。
「うむ……」
神居古潭のほとりに鎮座し、山の神として崇められていたワコ。
そんな当時とは全く異なる経営者としてのワコの姿に戸惑いつつも、クロは『擬似・感知』によって周辺の警戒を続けるのであった。
◇
妖精種。
使用者に最も適した妖精を生み出すこの種には、2つの特徴が存在する。
1つ目は、使用者に最も適した属性の妖精を生み出すという特徴だ。
火の適性がある術師には火の妖精が生まれ、複数の属性に適性のある術師には、同じく複数の属性を併せ持つ妖精が生まれる。
2つ目は、使用者の体質や特性に似た妖精が生まれるという特徴である。
結界術の得意な術師には結界術に関心のある妖精が生まれ、魔力操作の得意な術師には魔力操作に長けた妖精が生まれる。
そして、妖精種から生まれた精霊であるウルには、それらの特徴がより顕著に現れていた。
『いっくよー!"三重結界"!』
神による強化を受けた脅威の習得能力。
その能力は、ウル自身にも受け継がれていたのである。
ウルは幸助が使用する術の全てを、単体で構築することが可能なのだ。
『コレも使えるよー。"散炎弾"!』
ニアはウルが術を使えるという事実に驚きつつも、構築された術式を霊力糸に流し、ゴーレムへと送る。
『次ハ結界ヲオ願イシマス』
『おっけー!"三重結界"!』
マイペースなウルは、自然界から掻き集めた莫大な魔力をニアに注ぎつつ、指示に合わせて三重結界や散炎弾の術式を組み上げていく。
「お前ら、さっきから何やってるんだ?」
幸助の部屋の机の上で。
◇
50体近くいた鋼鉄ゴーレムは、すでに半数以上が只の砂鉄となっていた。
フェルムは目の前の現実を受け入れられず、ただ呆然と立ち尽くす。
「どうして、こんな事に……」
事の始まりは、操作権を奪われた一体の鋼鉄ゴーレムだった。
そのゴーレムは眼を見張るほどの格闘術で複数の鋼鉄ゴーレムを圧倒していたのだが、所詮は同性能のゴーレム。何体もの鋼鉄ゴーレムを失いながらも、フェルムは数の暴力によって徐々に優勢へと戦局を傾けていた。
しかし、戦闘の中盤に差し掛かった直後。信じられない現象が起こったのである。
「なぜゴーレムが……術を使っているの……?」
ゴーレムが突如、結界を張りながら自身の身を守り始めたのである。それだけでなく、戦闘が進むにつれて手からは炎の散弾を飛ばすようになり、飛ぶ斬撃まで放つようになっていった。
「ゴーレムを介した術式の展開、初めて見たのですっ!」
「理論上は可能だけど、実際にできるものなの!?」
その光景にはフェルムだけでなく、アウルと潤奈も驚愕を示していた。
「操作権の剥奪だけでなく……魔力糸を介した術式展開……ありえない」
フェルムはそう呟きながら、対峙している術師の実力に息を飲む。
操作権を奪うという技だけでも、魔力操作に長けた高位の術師である証明になる。
その上で、細い魔力糸を介し、自身の肉体とは異なる操作性と感覚をもつゴーレムの体を用いて術式を発動するなど、気が狂うほどの魔力操作技術がなければできない神業なのである。
「化け物……」
常人の域を超える神業に戸惑いつつも、フェルムは『製鉄の歴史』を再度行使する。
そして、残っていた鋼鉄ゴーレムと周囲の砂鉄は1つの巨大な鉄塊となり、巨大なゴーレムへと姿を変えた。
「本気で……いく!」
フェルムは魔力糸を介し、巨大ゴーレムへと指示を出す。
「潰して!」
フェルムの命令に従い、大型車両ほどもある巨大な拳が鋼鉄ゴーレムへと振りかざされた。
(おそらく、この攻撃は躱される……でも、逃さない)
今までのゴーレムの動きからこの程度では仕留めきれないと理解しているフェルムは、巨大ゴーレムの拳に目を凝らさないと見えないほど細いワイヤーを無数に纏わせていた。
たとえ拳を躱されたとしても、そのワイヤーに絡めることで動きを阻害するためだ。
「これで……なっ!?」
だが、フェルムの予想だにしていなかった結果が訪れる。
「拳に……潰された?」
ここまでの戦闘からこの程度の攻撃では仕留めきれないと考えていたフェルムは、その光景に息を飲む。
鋼鉄ゴーレムは何の抵抗もなく、巨大な鉄の拳に叩き潰されたのだ。
「なんで?」
「どういう、事なのです?」
無抵抗のまま潰された鋼鉄ゴーレムを見つめながら、アウルと潤奈も疑問を口にする。しかし、その疑問はすぐに解消される事となった。
『ソレハ悪手デシタネ』
「!?」
直後。巨大ゴーレムに接続していた魔力糸を介して、フェルムの頭の中に声が響き渡ったのである。
「……まさか!」
悪手という言葉の真意を瞬時に理解したフェルムは、巨大ゴーレムに命令を下そうとするが、すでに遅い。
「操作権の……剥奪……」
巨大ゴーレムの拳が直撃したと同時に、鋼鉄ゴーレムから魔力糸を移行して巨大ゴーレムの操作権を剥奪したのである。
操作権を奪われた巨大ゴーレムは、静かにフェルムを見下ろす。
「私の……負け……」
フェルムはローブに形状を変化させていた砂鉄を集め、徐々に圧縮していく。
「ここは……退かせてもらう……」
フェルムは巨大ゴーレム越しに術者を睨みながら、圧縮する事で高温状態となった鉄を地面に放った。
地面に存在する僅かな水分と赤色するほどの高温状態となった鉄が反応し、爆音とともに小規模の水蒸気爆発を起こす。
溢れ出る水蒸気は巨大ゴーレムの視界を遮り、フェルムの姿を隠す煙幕の役割を果たした。
「水上潤叶……次は負けない」
そんな言葉を残し、フェルムはその場から去っていく。
『?』
なぜ最後に水上潤叶の名前が出たのだろう?
そんな疑問を浮かべながら、ニアは巨大ゴーレム越しにアウルと潤奈の2人を見やる。
(ドウシマショウ……下手ニ説明スルト、逆ニヤヤコシクナリソウデスシ……)
ニアは僅かに悩んだあと駐車場の砂鉄を静かに片付け、その場を去った。