48話「神居古潭の英雄」
宿泊レクリエーションのイベントが行われている森の奥では、気配遮断の術式が施されたローブに身を包む女性陰陽術師と話す水上潤叶の姿があった。
「報告は以上です」
「なるほど。『黄昏と夜明け団』の魔術師が3名、『妖精種』を探して旭川に潜入しているというわけですね」
「はい。今ある情報を整理すると、そういう事になります」
潤叶へ報告を行う女性陰陽術師は、旭川周辺の調査と管理を担当している水上家の術師である。
「潜入している魔術師のうち2名の動向は追えていますが、残り1人の行方が分かりません。潤叶様もご注意ください」
「分かりました。それと、情報の収集ありがとうございます。引き続き潜入している魔術師の動向を追ってください。妖精種は私がなんとかします」
「かしこまりました」
そう言い残すと、女性陰陽術師は森の中へと走り去っていった。
「ふぅ、ややこしい事件だけど……頑張らなきゃ」
潤叶は今回の事件を頭の中で整理し、自身が取るべき行動を考える。
今回の事件はイギリスに存在する魔術組織、『黄昏と夜明け団』の内部分裂が事の発端となっていた。
人類の危機や衰退を陰ながら防ぎ、新たな発展と繁栄を願う穏和派。
人に害なす神や罪人を滅し、新たな人類の進化と可能性を願う強硬派。
『黄昏と夜明け団』という組織名に対する認識の違いによって生まれた2つの派閥の争いが、今回の事件の根幹となっている。
「強硬派が穏和派から『妖精種』を盗んで、取引の最中に強硬派も『妖精種』を誰かに奪われて、両方の派閥が『妖精種』を探し回っているというわけね……」
水上家はアウルの所属する穏和派と懇意にしているため、穏和派の一員として今回の妖精種捜索を手伝っている。
そのため、宿泊レクリエーションの最中も潤叶は旭川周辺の術師や妖達と連絡を密に取り合い、強硬派の動向を探っていたのだ。
「はぁ……疲れた」
しかし、潤叶の苦労は他に2つも存在した。
「潤奈とアウルちゃんに経験を積ませるためとは言え……私の苦労も考えて欲しいよ……」
苦労1つ目は、潤奈とアウルに経験を積ませるため、2人に今回の事件を解決させるよう動いて欲しいと言いつけられている事。
水上家現当主である龍海の意向とアウルの父親である『黄昏と夜明け団』団長の強い要望により、潤叶の率いる術師や妖達はいざという時を除いて今回の事件に手を出さないよう頼まれていたのである。
「いざという時の見極めって、難しすぎるよ。というか、どうして結城くんが関わっているんだろう……?」
苦労2つ目は、結城幸助がなぜか事件に関わっているという事。
潤叶や水上家の術師達も表立っては手伝いを断っていたため、潤奈とアウルは2人だけで事件を解決しようと動いていた。そのせいで、幸助が事件に関わっている理由は潤奈とアウルの間でしか共有されていないのである。
幸助がウルを生み出した事で事件の発端ともなった妖精種が既に存在しないことなど、潤叶は知る由もなかった。
「理由を突き止めるために式神を飛ばしたけど、何故か制御不能になっちゃうし……」
何故幸助が関わっているのかを調べるため、潤叶は幸助達の会話を偵察用の式神によって盗み聞きをしようとしていた。
だが、差し向けた雀型の式神が途中で制御を失いどこかへ飛んでいくという謎の事態に見舞われ、関わっている理由を突き止められずにいたのである。
「制御を失う直前に『コノ式神、オ借リシマス』って聞こえた気がするけど……気のせいだよね。やっぱり疲れてるんだなぁ……」
動物園で見た動物達を思い出し、潤叶は気持ちを落ち着かせる。
そして、クリアになった思考をフルに発揮し、次に取るべき行動を決定した。
「よし!アウルちゃんの動向をできる限り観察しながら結城くんの動向も探って、関わっている理由も調べよう」
妖精種が放つ独特の気配は、アウルが使役する妖精にしか感じ取れない事を潤叶は知っている。
そのため、アウルの動向を観察する事で妖精種の場所が分かるという事も理解しているのである。
「その前に、まずは土器作りも頑張らなきゃ」
術師や妖達への指示出し。潤奈とアウルのサポート。妖精種の捜索と幸助の動向観察。そして、学校行事と委員長としての仕事。
水上潤叶。人知れず今回の事件で最も苦労を重ねていた人物は、彼女だったのである。
◇
「到着したわ。ここに用があったの」
クロ達一行は市内のとある山奥へと連れてこられていた。
一見すると木々が広がる何の変哲もない森だが、クロとシロとリンの目には別の情景が映しだされていた。
「すごーい!きれー」
「カー」
「うむ、凄い数の結界だ」
目の前の森には幾重にも結界が張り巡らされていたのである。
外側には人避けと隠蔽の効果をもつ結界が何層にも重ねられ、内側には防御と自動修復機能を持つ結界が何層も張られている。
並みの術師では見つけることすらかなわないほど巧妙に隠蔽され、たとえ見つけたとしても突破は不可能なほどの強度を備えた多重の結界。
「結界を張り直しては付け加えてを何百年も繰り返してきたからね。結界同士が影響しあったり地脈の影響も受けたりして、私も制御できないほど強力な結界地帯になってしまったのよ……」
目の前の光景を作り出した張本人であるワコは、困った表情で答える。
「制御できないとは言え、これほどの結界を張れる者は見たことが……いや、1人いたか」
「カー」
「あるじの結界もすごいよー!」
上級の術師数人がかりでも作成の難しい『三重結界』を易々と使用する主人の姿を、クロ達は思い浮かべる。
「猫神ではなくクロという名を得たと聞いて想像はしていたけど、あなたも人に仕える道を選んだのね」
ワコは悲しげな表情で、かつて共に過ごした主人の顔を思い出しながら呟いた。
「ワコ様……」
「姉御……」
「……」
イワとコロとセイもワコの言葉に同調し、哀しげな表情となる。
ワコ、イワ、コロ、セイ。
彼らはかつて、アイヌの青年を主人として慕い仕えていた過去を持つ妖なのである。
「歳ね、少しノスタルジーに浸っちゃったわ。そんな話をしようと思ったんじゃなくて、この結界が守っているものについて話したかったのよ」
「結界が守るもの?」
「ここにはね、私たちの主人が倒した邪神の胴体が封印されているのよ」
「邪神の、胴体だと?」
「そうよ。私やあなたのような中途半端な存在じゃない。真に神へと存在を昇華させた存在。その胴体よ」
「そんな危険なものが封印されているのか!?」
猫神と崇められ、神の領域を感じるからこそ分かる神という存在の絶対性。そして、それが悪用された際の危険性。
胴体が封印されているというワコの言葉に、クロは尋常ならざる危機感を感じていた。
「頭はないから動いたりはしないわ。でも、悪用されれば危険なのは変わりないわね」
ワコもその危険性を重々承知した上で、言葉を続ける。
「ついさっき、何者かが結界に干渉した反応があったのよ。その直後にあなた達が神居古潭に現れたから、陽動作戦か何かだと思ってイワ達を向かわせたの」
「先程襲われたのはそのせいだったのか」
「カー」
「そうよ。御免なさいね」
ワコの言葉に、クロとシロは納得を示す。
「この場所を知らなかったということは、結界に干渉した者はあなたの仲間じゃないのよね?」
「うむ。全く身に覚えがない。おそらく、ワシらの主人達でもないはずだ」
周囲には幸助やニア、ウルの気配も匂いもしないため、幸助が偶然結界に干渉した可能性をクロは否定する。
「なるほどね。ということは、あなた達が神居古潭に現れたタイミングで偶然誰かが……」
「カー!!」
ワコの言葉が終わる直前、シロは見知らぬ気配に気づき叫ぶ。
直後、ガラスの砕けたような音が響き渡り、赤髪の老婆が穴の空いた結界内から現れたのである。
「ん?あなたたちは誰でござるか?」
赤髪の老婆は周囲を見渡し、首を傾げながら疑問を口にした。
「それはこちらのセリフよ!一体どうやってこの結界を破っ……!!?」
言葉を言い終える直前、赤髪の老婆がもつ黒い球体に気づいたワコは驚愕する。
「そ、それを返しなさい!!」
「嫌でござるよ。剥ぎ取るの大変だったのでござる」
赤黒い血管のようなものを走らせ、脈動しながら収縮と拡張を繰り返す黒い球体。
クロも少し遅れて、赤髪の老婆がもつ球体の正体に気づいた。
「それは、邪神の心臓か!」
「そうでござるよ。胴体に比べてだいぶ小さいのでござるな。ハートの小さい神様だったのでござるかな?」
笑いながらそう呟く赤髪の老婆は次第にその姿を変えていき、キャップ付きのニット帽を被る男性の姿となった。
「なっ……!?」
「その気配は……!?」
その男の姿を見た瞬間、クロとワコは奇妙な感覚にとらわれる。
神を助け、その身に神の力を宿して蘇った青年。結城幸助。
山の神から力を授かり、邪神を倒した神居古潭の英雄であるワコ達の主人。
そんな彼らの気配と、目の前の男性の気配が重なるのである。
「ワコ様、どうされました?」
「クロ、顔色わるいよー?」
心配するイワとリンの言葉を聞きながらも、クロとワコはニット帽の男から視線を外さない。
「かの有名な猫神様と元九尾様と愉快な仲間たちでござるか。これは……ちょっとだけ分が悪いでござるな」
「ちょっとだけだと?テメェが誰だかしらねぇが、舐めんじゃねぇぞ!」
邪神の心臓をもつ男を敵と判断したコロは、漆黒の剣を男へ向けて飛ばす。
「羽を武器に化けさせる能力でござるか。でも、この姿なら効かないでござるよ」
男が先ほどと同じ赤髪の老婆へと変わった瞬間。飛ばした剣が黒い羽へと戻った。
「この姿はフレアと言う名の異能者でござる。『無効』という異能を持っていて、範囲内の術も異能もすべて無効化できるのでござるよ」
「なるほど、その異能で私の結界を破って中へ侵入できたというわけね」
自動的に修復されつつある結界の穴を横目で見ながら、ワコは自らの結界が破られた理由を冷静に分析する。
「正解でござる。この異能はとても便利でござるよ」
「能力が効かないのなら、直接殴ればいいだけのこと」
地面を透過しながら背後へ忍び寄っていたイワは、赤髪の老婆へと拳を振るう。
しかし、赤髪の老婆は金髪の大男へと姿を変え、イワの拳を易々と受け止めた。
「この姿は確か……ディエスとか言う『強化』の異能者でござる。やっぱり異能は便利でござるな」
「姿を真似た者の異能を使えるのか!」
「異能だけじゃないでござるよ、術も真似できるでござる。『爆炎拳』」
クロの言葉に答えながら、男はスキンヘッドの老人へと姿を変え、拳から爆炎を放ちイワを吹き飛ばした。
「イワ、大丈夫!?」
「大丈夫です。致命傷は避けました」
心配するワコの言葉に、焼け爛れた右腕をおさえながらイワは答える。
「その姿は、火野山家の前当主か!」
「正解でござるよ。それでは、この姿はどうでござるかな?」
そう呟き、男の姿は結城幸助へと変わった。
投稿少し遅れました。申し訳ございません。