47話「ボーイスカウト」
「一ツ目よ……」
「我の名はイワエトゥンナイと申します。気軽にイワとお呼びください」
「うむ。それではイワよ。ここはどこなのだ?」
現在、クロとシロとリンの3名は市内のとあるオフィスビルの前へと案内されていた。
その理由は、彼らのリーダーに会わせるようクロが要求したためである。
「このビルは我々のリーダーであるワコ様の所有物なのです。なので、貴方がお会いしたいワコ様はここにいらっしゃいますよ。先程連絡を取りましたが、ワコ様も貴方に会いたがっておりました」
「所有物……?」
ワコと呼ばれる彼らのリーダーが会いたがっているという事実よりも、目の前のビルを所有しているという事実にクロは驚いていた。
「チッ、なんでワコの姉御はこんな奴らに会いたがってんだか」
「コロ、嫉妬してる」
「嫉妬は見苦しいですよ」
「してねぇよ!」
襲撃してきた妖達の談笑を聞きながら、クロ達はエレベーターで最上階へと登って行く。
ちなみに、オフィスビルには一般人も大勢出入りしているため、クロとシロはリンに抱えられるヌイグルミのふりをしながら最上階へと向かった。
コロも普通のカラスサイズとなり、ヌイグルミのふりをしつつ、セイに抱えられながら共に向かう。イワはスーツを纏ったスキンヘッドの大男に見た目を化かしているため、何の問題もなくエレベーターへと乗りこむ。
「なんで毎回毎回ヌイグルミのふりなんかしなきゃいけねぇんだよ……」
「コロ、黙って」
「……」
セイとコロのそんな会話を聞きながらも、エレベーターは最上階へと到着する。
「ワコ様がいらっしゃるのはここです。どうぞ」
エレベーターを降りた先にあるオフィスルーム。そこへ入ると、水色の長髪を靡かせる妙齢な女性の姿があった。
「やはりワコとはお主だったか、イワコシンプよ」
クロはその姿を見た途端、懐かしさに口を開く。
その言葉に答えるように、ワコも口を開いた。
「ふふっ。久しぶりね、化け猫」
「ふむ。久しぶりだな、化け狐」
クロとその女性は互いをそう呼び合うと、静かに笑い合う。
「あのー。ワコの姉御、この黒猫と知り合いなんすか?」
「古くからの友人よ。最後に会ったのはもう何百年前になるかしら……」
「札幌と旭川。それぞれの土地で信仰を集めるようになってからは、互いに動かなくなったからのう」
コロの言葉に、ワコと呼ばれる女性と黒猫姿のクロは答える。
「そういえばこのビルはお主の所有物だと先程聞いたが、いつの間にそんな事になっていたのだ?てっきり、昔のように神居古潭の川沿いで暮らしているのかと思ったのだが……」
「いつまでもあんな不便なところに住んでるわけないじゃないの。住みやすい環境を作っていたら、いつのまにかこのビルのオーナーになっていたのよ」
クロたちがいるオフィスビルだけでなく、周辺の建物や土地も自身の所有物だとワコは語った。
悠久の時を生きる妖が本気を出せば、莫大な金の流れを掴むことなど造作も無いのである。
「さてと。昔話に花を咲かせたい所だけど、時間がないわ。説明はあとでするから、すぐに移動するわよ。付いてきて」
「移動?」
「ちょっと厄介な事態になっているのよ」
ワコは有無を言わさず、クロ達を黒光りする要人専用車へと詰め込むのだった。
◇
旭山動物園見学を終えた俺たちは、次の目的地である山奥の青年の家へと到着していた。
青年の家とは、高等部1年の約200人と中等部3年の約120人が充分に泊まれるほど大きな森の中の宿泊施設である。
「みんなジャージに着替えたなー。それじゃあ、今日の残りの時間と明日一日を使って、森の中でサバイバルレクリエーションを行ってもらう。アイヌの博物館で見た展示物とか参考にして色々作れよー。サボりはダメだからな」
「「「「はーい」」」」
大谷先生の号令で、宿泊レクリエーションのメインイベントが始まった。
サバイバルとは言いつつも、このイベントは青年の家の周囲に広がる森の中の素材で生活に必要な道具を工作するというイベントである。
出来上がった道具は先生方が評価し、上位に入賞すると何かしらの景品が貰えるらしい。
道具を作る以外でも、火を起こしたり食料を集めたりすれば評価が上がるそうだ。
「去年優勝した班は、粘土焼いて土器作ったらしいよ」
相原さんが教えてくれた。
各班に支給される道具はノコギリとスコップとナタが1本ずつなので、火を起こすだけでも相当凄い。その上で土器を作れたという事は、アウトドアに慣れている班員がいたのだろう。羨ましいな。
「さてと、まずはどうしようか……」
「おい!お前が班長の結城幸助だな!」
班長として方針を考えようと思った直後、近くにいた複数の班から声が掛かった。
あ、一応俺がこの班の班長なのである。
「このレクリエーションで俺たちと勝負しろ!そして俺たちが勝ったら、結城幸助!貴様はもう2度と、潤叶様に馴れ馴れしくするのはやめろ!」
「そうだそうだ!あと、潤奈さんにも近づくな!」
「アウルちゃんにも近づかないで!」
え?なにこの状況?
勝負を急に挑まれただけでなく、なにも了承していないのに次々と条件を上乗せされている。
よく見ると、勝負を挑んできた高等部の班員は水上さんファンクラブのメンバーのようだ。中等部の班員は、潤奈ちゃんとアウルちゃんのファン達だろう。
偶然にも、挑んできた5つの班は全ての班員が3人のうちの誰かのファンらしい。
酷い因果だ。委員長達も苦い表情をしている。
『プフフッ』
ウルは必至に笑いを堪えている。
「そんなに条件を出してくるのなら、俺たちが勝ったときの条件も提示していいんだよな?例えば『なんでも言う事を聞く!』とかさ」
今の発言は滝川だ。
いきなり訳の分からない勝負を持ちかけられてフリーズしている俺たちを無視し、勝手に話を進めやがった。
「なんでもっていうのは……ちょっと横暴じゃないか?」
「横暴なのはそっちだろ!高等部のマドンナと中等部のアイドル2人に近づけなくなるなんて、学生生活が終わったも同然なんだよ!それとも、お前らにとっては水上さん達に近づけなくなる事なんて大した事じゃないのか?その程度の愛しかないのに勝負を挑んできたのか?」
「くそっ!いいぜ、その条件で勝負だ!」
「私たちもそれで良いわ!万が一あなた達の班が勝ったら、なんでも言う事を聞いてあげるわよ!」
「潤叶様のいらっしゃる班に勝つのは心苦しいですが、本気でいかせていただきますよ!」
え?なにこの状況?
滝川が勝手に話をまとめ、勝負を挑んできた班のやつらは満足気に森の中へと向かっていった。
「た、たきがわああああああああ!」
「大丈夫大丈夫、勝てるって」
「勝てるってって、あっちは5つの班だぞ!?協力されたら5対1じゃないか!」
「たぶん大丈夫だべ」
滝川の謎の自信を聞き、何も言えなくなった。
『大丈夫デス。イザトイウ時ハオ任セクダサイ。異能デ人形ヲツクッテイタダケレバ、3時間デ山小屋ヲ建テテミセマス』
霊力糸を通してニアが提案してくれる。
山小屋は異常すぎるので却下だが、ニアに土器を作ってもらうのはアリかもしれない。
よし、本当に負けそうなときは頼むとしよう。
「結城くん、気にしなくていいからね。今の人達には後からちゃんと言っておくから。私は、負けても仲良くして欲しいもん」
「私もお姉ちゃんと同じ気持ちです。これからも近づいてもらって全然構いません」
「私も同じ気持ちなのです!」
3人も励ましの言葉をくれる。ありがたい。
「みんな、ありがとう。でも負けたくはないから、ちゃんと勝ちにいこう。まずはどうするかな、場所の確保も大切だけど……」
「去年の優勝班参考にして土器作るなら、地面が粘土質で拓けてる場所がいいんじゃないか?木とか蔦は必要に応じて拾ってこればいいと思うし」
俺が班の行動を決めかねていると、滝川が適切な指示を出し始めた。
「あ、白樺の木あるじゃん!皮とっとこ。おっ、ここら辺の枝いい感じに乾いてるな」
滝川が木の皮やら繊維やら枝やらを次々と集めていく。
「ここら辺あんまり草生えてないな……ビンゴ!粘土質の土地だ」
滝川が粘土質の土地を見つけた。
「先に火だな。石で場所作って、乾いた枝をちょちょいと切って、木の繊維と白樺の皮はほぐしておいて……」
鉈で器用に枝を加工し、滝川はものの10分ほどで火を起こした。
「えええええええ!?」
「滝川、そんな才能があったのか!」
俺と石田だけでなく、班員全員が驚いている。
他の班も火起こしに挑戦しているみたいだが、まだどこの班も成功していない。
そもそも、宿泊レクリエーションにおける火起こしの最短記録は開始1時間後らしい。つまり、滝川の記録は歴代最速という事だ。
「滝川って凄かったんだね!私、ただのチャラ男モドキだと思ってた!」
「本当に凄いのです!動物園で鹿肉を食べている印象しかなかったのです!」
「そうですね。先ほどの考え無しで身勝手な発言を聞いて、後先考えない頭の悪い人なのかと思っていましたけど、少し見直しました」
「チャラ男モドキに鹿肉に頭の悪い人!?俺ってそんなイメージだったの!?」
相原さんとアウルちゃんと潤奈ちゃんの素直な感想に、滝川がショックを受けている。
俺も頭の悪い鹿肉チャラ男モドキだと思っていたが、見直した。凄い才能だ。
「でも本当に凄いね。普段なにかやってるの?」
「あー、うん。水上さんはボーイスカウトって知ってる?」
委員長の言葉に、滝川が語り始めた。
滝川のお祖父さんが、ボランティアやアウトドア活動を行う『ボーイスカウト』という団体の偉い人で、とても教育熱心な人だったらしい。
「その活動の一環で、幼い頃からよく山奥に連れていかれてたんだよ……テントも食料もなく、鉈一本だけ持たされてね。基本的に爺ちゃんが食料を獲る係で俺がベースキャンプ作る係だったから、火起こしとか得意なんだよね……」
何かトラウマを思い出したのか、滝川が少し青ざめながらお祖父さんとの想い出を語ってくれた。
凄い団体だな……ボーイスカウト。
「あ、うちの爺ちゃんがおかしかっただけでボーイスカウトがそこまでストイックな団体ってわけじゃないから、勘違いしないでな。とりあえず、サバイバルなら任せてくれ!」
その後も、滝川は蔦でカゴを作り、食べれるキノコや山菜をカゴいっぱいに集め、石斧や石のナイフまで作り始めた。
俺はその工程を習得できたので、滝川の作業を手伝う。
班のみんなも滝川の指示で粘土をこね、お皿や壺を作っていく。
この瞬間、俺たちの班の優勝がほぼ確定したのであった。
「あれ?」
少し前から委員長の姿が見えない気がする。トイレかな?
作者は富士賞なのです。