4話「お前、喋れるのか!?」
「ふう、終了っと」
休みを丸一日使い、引越しの荷解きと新居の掃除がやっと終わった。
「それにしても、広いよなぁ……」
家の中を見回りながら、改めてそう思う。
都会の学校に入りたいがために勉強を頑張り、中々の偏差値を誇る札幌の高校に入学できたお祝いとして、祖父母が昔住んでいた家に住んで良いと言われたのだ。そのため、この家に住むこととなったのだが、二階建てで30坪ほどもある。
1人で住むには広すぎる。
そして、悩みはそれだけではない。
「はぁ……やっぱり見える」
見えるのだ。目を凝らすと、さらによく見える。
たくさんの白い玉のようなものが、フワフワと飛行している。
気付いたのは2日ほど前のことだった。
神様が『身体能力は強化しておく』と言っていたのを思い出し、視力がどれだけ良くなったのかを試していたところ、白い玉が飛んでいるのが見えた。
他にも、半透明の人や小さいおっさんなんかも見える。たぶん、幽霊とかそういう類の存在なのだろう。
単純に視力もいいのだが、そこまでは見えないで欲しかった。おかげでここ2日寝不足だ。
「どうしよう、除霊とか頼もうかな」
そんな事を考えていると、白い玉が玄関から出て行くのが見えた。他の玉もそれに続いている。
「なんだ?」
疑問に思いつつ扉を開けると、1匹の黒猫が倒れていた。怪我を負っているようだ。
その黒猫の周辺を、光の玉が忙しなく飛び回っている。
「放っては、おけないよなぁ」
家の中へ入れ、軽く体を拭いてやり、傷口の汚れも水で洗い流して包帯を巻いておいた。正しい処置なのかはわからないが、しないよりはマシだろう。
そこまで深い傷でもないようだし、ひとまず大丈夫なはずだ。
◇
都内に建つとある寺院。そこの地下に存在する会議室では、1人の青年が声を荒げていた。
「猫神を捕らえられなかっただと!?お前ら、一体何をしているんだ!」
怒りをぶつける男の名は、火野山業。
日本を守護する五大陰陽一族。その一角を司る、火野山家の現当主である。
「誠に申し訳ありません。総勢50名の陰陽術師を向かわせたのですが、猫神様は予想以上の力を有しておりました。殆どが重傷、残りの者達にも無傷の者はおりません」
怒声を浴びせられながらも、火野山の部下である男、三鶴城幽炎は現状を淡々と伝える。
「しかしながら、報告では猫神様にも深手を負わせたとの事でした。ですので、周辺の神社仏閣に人員を配置し、傷を癒しに来るであろう猫神様を待ち伏せさせています」
「ちっ、まぁ良い。土地神であるあの猫が居なくなれば、あの土地は悪霊の巣窟となるはずだ。そうなれば、水上一族の権威は失墜する。ふはははは!そして、潤叶は俺に頼らざるをえなくなる!」
青年の言葉を不快に思いながらも、部下である三鶴城は表情を変えずに傾聴する。
「だが、あの猫は従魔として是非とも欲しい。何としても探し出せ!」
「…かしこまりました」
三鶴城は眉を顰めながらも、猫神捕獲に向けた新たな策を練るのであった。
◇
「お、目が覚めたか」
保護してから数時間、黒猫が目を覚ました。あたりをキョロキョロと見回し、俺へと視線を向けている。
「怖がらなくてもいいぞ、ここは安全だ。ほら、ミルクだぞー」
人用のではない。近所のスーパーで買ってきた猫用のミルクだ。
「ちょうど喉が渇いていたところだ、助かる」
そう言い、黒猫は平皿に入れられたミルクを舐めはじ……くぁwせdrftgyふじこlp!!
「お前、喋れるのか!?」
「む、つい普通に話してしまった。驚かせてすまないな」
ほへー。まぁでも、幽霊とか神様とかいるなら、話せる動物がいてもおかしくないか。
「話せる動物もいるんだな」
「あまり驚かないのだな」
「ああ、もっと不思議な体験をした事があるからな」
神様に蘇生させてもらったとかね。
「なるほど。若いのに苦労をしているのだな」
「あ、うん」
なんか、貫禄を感じる。こいつ何歳だよ。
「ひとまず、助けてくれた事には感謝する。この恩に報いたいところだが、ここに居ては其方にも迷惑がかかる故、お暇させてもらう。すまない」
そう言って黒猫は外へ出て行こうとした。まだ体力が回復しきってないのか、フラフラしている。
「まてまてまて、そんな体で外とか危ないだろ。まだここに居て良いぞ」
「しかし…」
「せっかく助けたのに、外でてすぐに死なれたりするほうが迷惑だ。せめて傷が治るまでゆっくりしてけ」
「む……そうだな。其方の善意を無下にするところだった。其方が構わないのであれば、もう少し邪魔させて貰いたい」
「おう、一人暮らしには広すぎると思ってたんだ。気に入れば、いつまででも居て良いからな」
ここにいる事に決めた黒猫は、先程まで寝かせていた座布団の上に戻った。そして安心したのか、倒れるようにしてまた眠りについた。
もうだいぶ遅い時間だ。バスタオルを毛布がわりに掛けてやり、俺も自分の部屋で寝るとする。
誰かと一緒にいる安心感からか、この日は久しぶりに熟睡できた。